顔見りゃ苦労を忘れるほどの
今時のお武家様はどこもそうでしょうが、俺の嫁ぎ先には多額の借金がありました。俺だって大奥でも色々見聞きしていましたから、むろんそんなことは嫁ぐ前から想定内でしたよ。俺のような成り上がりの商家の女が多少名のある武家に嫁に行けたのだって、こいつなら実家からの援助が見込めそうだと向こうが期待したからです。奉公先で行儀作法を叩き込まれたからには武家でもやっていけるだろう、なんていうのはあくまで名目――そのあたりはこちらも納得ずくではあったんです。
――が、借金するにしても、借り方というものがあるとは思いませんか?
御前は無論ご存じでしょうが、今日日、金を借りるとなったら結構な利息をとられます。お上が定めた年の利率の上限が一割五分そこら、高利貸しならもっとぼったくる。貸す方にしたら斯くも気楽な儲け話もないわけですが、借りる方は惨めなものです。
俺が前の家に嫁いだのは三年前の秋の暮れでした。そこから年末にかけて、つけ払いやらあちこちから借りている金の今年の返済期日やらが近づくにつれて、連れ合いと姑の顔色がどんどん悪くなっていくわけです。
――決してこちらが商家の女だてらに金勘定のことに口を突っ込んだわけではないんですよ? ただ、姑は金策にえらく苦労していて、俺に恐ろしい節約を強いたあげくに、実家に言っていくらか助けてもらえないか、と新婚早々要求してきたんです。工面すれば少しは借金の元本が減らせるのなら多少手伝ってもよかろうと俺は思って、どのくらいあれば元本が減って楽になるでしょうか、と、証文の写しを持っているはずの夫に尋ねました――いやはや、今思えば甘い限りですが、新婚の連れ合いとどうにかうまくやっていきたいという悲しい女心ですよ。
そうしたら、あろうことか連れ合いはこちらを馬鹿にしてきた――お前は何もわかっていないのだから口を出してはならん、そもそもそう簡単に元本を返せるわけがないだろう、というんです。
だったら俺と姑が苦労して工面している金は何の何なのだと訊いたら、すべて利子だと――なんでも、借金返済というのは利子が先引きである、うちはこの通り名の知れた家だからそれぞれの金貸しのほうも敬意を払って、無理のないように毎年同じ少額しか返さなくていい約束にしてくれている、というんですね。今年は今年の利子の一部を返せば良い、お前の実家のような商売の家がどうか知らないが、うちはそれだけ信用があるのだから、元金の返済なんか考えなくて良いと――いやはや、本当なら減っていくはずの借金を一文も減らさずに毎年毎年少しずつ利子を渡してくれるなんて、俺が高利貸しなら喜んでおべっかの一つも使うでしょうとも。
最も凄まじい借金の一つは、年の利率にして三割六分も取られる契約でした。証文の写しを見た限り、四年前に舅が急に亡くなって葬式代を急ぎで工面したときにどうしても七両ばかり足りなかったもので、いつもは付き合いのない高利貸しからやむなく借りたとか――年々一両を返せば良い、という約束だから心配いらないと連れ合いは言いましたがね、七両の三割五分は二両半、つまり毎年一両返しても年々一両半は残額が増えるわけで、そもそも先方には完済させる気が欠片もないわけです。延滞金や借り換えで額面がかさんだすえ、その年の時点で、返済すべき残額はなんと、十五両――わずか四年間で元の倍以上になっていました。
そりゃ、仮にこれが七百両の大金を借りていて、一年一両返せばそれで良いというなら俺だってその通りにさせておきますとも。そんな悠長な貸し方をしている家が七百年後まで保つとは思えませんから。ですが、たった七両――普通に借りていれば、せいぜい八年そこらで八、九両ちょっと返せばいい金のために未来永劫一両を払うなんて、やっていられません! ――なんですか? どうやって証文の写しを見たか? ンー、まぁ、そこは、別に我々は家族だったわけですから――ああ御前、そんな顔をしないでくださいよ。ここではどの帳簿も見せてもらえていますから、勝手に覗くようなことは誓ってしませんとも!
お侍の家のことですから、扶持米が増える予定はまずありません。ただでさえ慢性的に金が足りてないところに、急な出費があればまた別のところから借金をするわけで、返す利子も徐々に増えるばかり――。うちの実家も無限に金があるわけではありませんから、流石にそんなに漫然と金を借りているやつにまとまった援助なんてしてくれるはずがありません。
一体今後どうしていく気なのかと連れ合いを問い詰めようとしたんですが、俺の姑というのが大変厳しい人でしてね。金貸しとの付き合いは男の領分であって、女があまり出過ぎた口を利くものではない、と、どこからか出てきて俺に説教しはじめたものですから、その間にあいつはどこぞに逃げてしまって、話はいったんそれきりになりました。
正直言って、先ほど言ったような情けない契約をうっかり飲んでしまうような人間が、男に生まれたばっかりに一家の借金の舵取りの責任を負わせられているのだと思うとあまりにも哀れで、俺は武門の家の掟の過酷さに涙が出そうでしたが、そうはいっても判をついて約束してしまったものは俺にだってどうしようもありません。
ところで俺は、昔の奉公先で稼いだ金を実家でちょっと殖やして、へそくりとして持参していました。まあ、さすがに婚家のあらゆる借金を全額返済するのは無理ですが、とりわけとんでもない暴利を貪っている金貸しから借りてる分をいったん清算しても十分なくらいの金はあったんです。俺がここに嫁に来たからには、とにかく急いで始末をつけないとまずいと思いましてね。
――お前さんのことだから恩を着せられるかぎり着せようとしたんだろうって? いや、こちらとしては嫁ぎ先にできるかぎり譲歩したつもりだったんです!
もちろん、本当はこちらだって「いったん立て替えてあげますから、今後は利率一割でこちらに返済してください」とでも言いたかったですよ。なんといっても、こちらが稼いだ金ですし、三割六分よりはどう考えてもそのほうがマシですから――ですが、先方が嫁ごときのそんな申し出を受け入れられるわけがないのはそのころにはこちらだって承知していました。差し出がましい嫁だと思われれば、よくて折檻、悪くて放逐です。
どうせいずれ姑が死んだら家計のことはこちらの天下なわけです。ここはぐっとこらえて、御家のためにと健気に金を差し出して恩を売ろう――そのような算段のもと、俺はかつての給金から十五両を夫と姑に差し出して、涙ながらに「三割六分の利子は高すぎます。そのように足元を見てくる高利貸しと付き合いを続けるのは御家のためになりませんから、これでまとめて返済してください」と訴えたんです。全く、うるわしい心がけでしょう?
無論のこと御義母様は、そのような大金が用意できるのであれば何故もっと早くに出さなかったのか、と仰いましたがね。これがあるだけ全部なのか、と――ですが、御義母様が鬼の形相で詰め寄ってきたって別に実害はありません。そもそも向こうは、俺が出してきたのが俺の給金なのか、俺が実家から持参した化粧代なのか、あるいは俺の実家の金なのかもよくわかっていないわけですから、泣いてうやむやにしておけばいいだけの話です。
それに彼女は、まとめて今返済しないと後々余計に損をする、というのはわかっていましたからね。十五両あれば他の支払いも楽になるところではありましたが、そこはぐっと堪えて、お父様のお葬式のお金のことはずっと気になっていた、これですっかり返してきなさい、とあいつに言ってくれたわけです。
ですが、当の夫、あのぼんくらが――はっきり言って山鳥毛とお姫のほうがアレより遥かにしっかりしていると思いますよ。角の八百屋までのお使いを頼まれたら、あの二人はちゃんと寄り道しないで行って、品物とおつりを持って帰ってこられるでしょう?
その点、あいつは――金を返しに行く道で、あいつは腐れ縁の友達何人かに会って、あろうことか、俺の渡した十五両でもって、そいつらと祇園でばーっと遊んでしまったんです!
思い出すだけでも動悸がしますよ。あいつが言うには、最初はちゃんと返しに行くつもりだったらしいんです。このままいくとたった七両のために子々孫々未来永劫年末に一両を払い続ける羽目になる、と俺と姑に説得されたあいつは、とにかく損をしているというのは一応理解したらしく、年内に急いで返しに行くと言って出かけました。ただ、家を出て歩いていたらたまたま、昔から世話になっている古い友達と行き会ったもので、ついうっかり口が滑って、金を返しに行くところだと話してしまったんだと――知り合いが懐に十五両も入れているとわかれば、悪い仲間が放っておく訳がないでしょう?
あいつの財布が温かいと知った仲間の奴らは示し合わせて、うちのに一杯二杯奢ってやったらしいんです。金持ちな嫁さんをもらえてよかったなあ、そういや結婚祝いもできてなかったっけ――最近付き合いが悪いじゃないか、奥方の気が強いんじゃ気が休まらんやろし、寒いから景気づけして行き、とかいって。
酒も入って気も大きくなって、これから返す金とはいえ財布も重たい。そのうちあいつはお大尽気分になってきた――なにもこんな寒い夜に使い走りさせなくたっていいじゃないか、うちはずっとこのやり方でやってきたっていうのにあの女、訳知り顔で指図して、何様のつもりなのか――そのように考えたあいつは、一度に十五両を全額返済する必要があると思うか友達に訊きました。友達は無論、そんなことはあるまい、さすがに奥方が脅し過ぎだと口をそろえて応えました。利率だの何だのきっと御実家が知恵をつけているんだろう、返済方針にまで詳しく口を出すなんて嫁の領分を超えている、すでにお母上が言いなりになりつつあるのであれば君が毅然とした態度を取らないと後々の為にならないぞ、と説得した訳です。仮に全額一括返済が得だとしても、得だからって商家からきた嫁の提案に飛びつくようでは良くないだろう、と――。
やはり持つべき者は厳しく言ってくれる友達だ、とすっかり納得したあいつは、連れ合いなんぞの思い通りにならないという意思表示の手始めに断固、十五両を自分の好きにすることに決めてしまいました。借金が気がかりでないわけではないけれども、とりあえず今年はいつものように一両返してから、来年一年間掛けて、本当に全額返すべきかよくよく吟味しよう、と――それでなぜその金を使うのかは俺には理解不能ですが、とにかくあいつは友達に相談に乗ってくれたことに感謝して、今夜は奢ると言いました。
友達連中はそうこなくっちゃと拍手喝采で、せっかくならぱーっと使えば良いと言って、つてがある奴が素晴らしい店に案内してくれたそうです。いつもはとても会えないような、祇園の綺麗どころのいる店に――むろん、全額、うちのやつのおごりでね。全く、この世に男の友情ほど温かく美しいものもなかなかないと俺は思いますよ。
あいつらは七人ばかりで連れ立って思う存分遊んで、夢のような夜を過ごした――いや、俺は正確にこの時あいつがどんな気分だったかは知りません。もしかしたら最初はまさかあそこまで散財するつもりはなかったのかもしれませんが、天女様のような女人に囲まれてのぼせ上がったのは間違いありません。払わなくてもいい心付けのために、俺の哀れな十五両のうち、七両を瞬時に使い果たしてしまったんですから!
むろん御前はご存じでしょうが、一晩で一人当たり一両を心付けにするというのは、祇園でもその場で噂になるくらいの派手な金遣いで――行かれないんですか? 本当に? それはそれは、失礼しました。
……そのうえ、ああいう店では、心付けとは別にお会計を後日茶屋に払いに行くわけですから、さらに金がかかるわけです。とはいえそっちは友達が予め一人頭一両で手配してくれていましたから、俺の金があれば何も問題ありません。余った一両で今年分の利子を返済すれば、高利貸しだってうるさくは言ってこない――それくらいの足し算引き算はあいつもできたわけです。
その日は雪がちらつく寒い日でした。夜中になってもあいつが帰ってこないので、俺と姑は、首尾よく行かなかったのか、金を盗られたんじゃあるまいか、とかなんとか二人して心配していました。
亥の刻を過ぎたころだったでしょうか、四、五人の男が揃って我が家の戸を叩いて、口々にこう言いました。
――今すぐ金を返してください。お宅のご主人は先ほどから祇園の何々なる妓楼でお友達と大変などんちゃん騒ぎをしてらっしゃるという話ですが、そんなに金周りがいいなら我々に払うべき金くらい出せるでしょう、と――。
他でもない高利貸しの方々から、うちがツケをさんざん溜めている米屋や何かまで、寄ってたかってそう訴えてくるわけです。いやはや、商売人の間の噂の伝わる速さときたら、驚嘆すべきものがありますよ。
――だから、そう、俺が三行半をつきつけられて追い出された、というのは真っ赤な嘘です。俺が御義母様と客人を連れて祇園に飛んでいって、あいつに三行半を書かせたんですから!
やきもち焼きのご新造ぶって店に無理矢理乗り込んでみたら、有り難いことにまさにお床入りの最中でね。脱いであったあいつの着物を探ったら案の定、まだ八両ばかり入っている――むろん俺の金ですから返していただいたのち、御義母様とお客人を部屋に呼び入れて「話し合いをしましょう」と御提案したんですが、御義母様は卒倒していらっしゃるし、あいつはあいつでどうしてか錯乱してしまいましてね。御母上をこのような場所に連れてくるなと怒鳴って俺に枕を投げつけてきました。どちらの台詞だ、と八両を握りこんではたき返したら、お前のような女はどこにでも出て行けと言って一筆書いてくれたんです。いやはや、親を思う孝心というのはどのような人間にもあるものですね――本当に、どのような人間にも。
荷物をまとめて実家に戻って、祇園の花の露と消えた俺の哀れな七両を想って泣き暮れていたものの、次の日には向こうの御義母様が「頼むから帰って来てくれ」と言ってくるし、親兄弟は俺を使って武家との縁を結んでおきたいわけですから、「さすがに御夫君も心を入れ替えているんじゃないかね」とかなんとか諭してきて埒があかない。百歩譲って心が入れ替わっているとしても、頭の中身が入れ替わる訳じゃないんですから、耐えられませんよ!
どうしようもないので自分で江戸に下って、縁切り寺の東慶寺で満二年、駆け込んでくる女人の話を聞いたり、入り用な金を貸してやったりして有意義に過ごしました。七、八両もあれば子連れの怪我人でも半年は暮らして行かれますからね。
――どうしてこの話が御前が知るような噂にならなかったのかはもうおわかりでしょう。俺は隠し立てなんてするつもりは毛頭なかったんです。ただ、先方が――考えてもみていただきたいわけですが、父親の葬式代に借りた金をこれで返済してきてくれ、と新妻が健気にも差し出したなけなしの金を使って祇園で友達とどんちゃん騒ぎした、なんて噂になったら、武家の端くれとしてよろしくないでしょう?
無論うちの家としても、俺の行動は褒められたものではありませんでした。何せ、苦労して公家、大奥と奉公させて箔をつけてやって武家筋に嫁がせた女が、毎日殴られていたわけでもなんでもないのに、たった一夜の女遊びで大騒ぎしたあげくにわずか二ヶ月半で出奔した――そういう風にも言えてしまうわけですから、これはこれで相当体裁が悪い。
だから、この春に俺が都に戻ってきたときには、結婚自体なかったことにしよう、ということで家同士の間では話が付いていました。俺は御義母様の年の離れたお友達で、病気お見舞いのために何度かお屋敷に通って、楽しくお話をしていた――俺は聞いていないから知りませんが、うちの親兄弟のことですから、大方そういう話になっていると思います。こちらとしてもあんな男と結婚していたなんて恥どころではないですから、それでかまわなかったんですが――。
次に結婚するんなら商売をしてる家がいいと思って、それで相手を探してもらったんです。町人相手の商売の家で、子煩悩で優しくて、一代で店を大きくしたような人が良い。金勘定も出来ない浮気野郎はもう御免ですから。
……話はこれで全部です。何も隠していません。だから御前――離縁しないでくれませんか?
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