顔見りゃ苦労を忘れるほどの

三人の小さい娘を抱えて男やもめになってしまった則宗が、苦労して再婚相手を探したすえに道誉♀を後添えにもらったものの、彼女の経歴詐称が発覚して……という話です。江戸時代ものです。

【注意】
・女体化です。道誉、山鳥毛、姫鶴、南泉が先天性女体化。
・江戸時代ものです。基本はみんな江戸時代的価値観で喋っているのでご注意ください。場所は京都です。
・年齢操作あり。道誉が三十路、山鳥毛、姫鶴、南泉はまだ幼児です。
・則宗にモブ前妻がいた描写があります。彼女は喋りません。
・江戸時代の武家の借金事情は、ネットで調べた情報をもとに考えた完全なる妄想です。
・ところどころでモブが出てきます。もともと則宗はモブ女性と結婚しており、三人の娘は彼女との間の子です。
・貨幣価値については、こちらの記事(https://allabout.co.jp/gm/gc/427311/)などを参考に、一両イコール八万円くらいのレートで考えています。話中に出てくる「十五両」は百二十万円くらいですね。
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 今になって思うと冗談のようだが、出会った当初の道誉は今よりもかなりおとなしかった。
 とはいえ、見合いの席で女だてらに僕を好奇の目でじっと見つめてから、そういえば女がそんなことをしてはまずいのだった、とでも思い出したみたいにぱっと目を伏せたりはしていたが――まあ、こっちは再婚だし、生娘みたいに振るまえなんて言うつもりもない。第一、あの時の僕は、相手を選り好みしている場合ではなかったのだ。

 刃物屋商売だから縁も切れてしまうのか知らないが、僕の再婚相手探しはかなり難航した。
 前の妻が流行り病で倒れたのは祇園祭の頃で、亡くなったのはそれからほんの一週間後だった。親同士が決めた縁談とはいえ、それなりに幸せに暮らしてきて、可愛い娘が三人も生まれたってのに――そう、ひとたび男やもめになってみると、それも大いに問題だった。ただでさえ店のことで忙しい僕が、男手ひとつで三人の女の子をまともに育てられる気がしない。
 一番上の山鳥毛はかろうじて物心ついているが、それだってまだ七つだ。自分たちの行いが悪かったせいで母親が死んだのではないかと子供の理屈で考えているらしく、夏からずっと落ち込んでいる。いたずら盛りの姫鶴は四歳で、母親を恋しがって子守はおろか僕にまで反抗的で困る。末の南泉はやっと二つにしかならない頑是なさで、だいぶ人見知りする年頃だ。
 女中や子守りを雇うくらいの余裕はあるにせよ、住み込みの使用人を雇えばそれはそれで、そいつらに飯を食わせて仕事を教える手間がいる。朝に夕に子供たちと使用人の世話を焼いてくれていた連れ合いが急にいなくなって、僕は身体がいくつあっても足りないような思いをしていた。娘たちの今後のためにも店の先行きのためにも、後添えがどうしても要る。

 道誉は初婚で、年の頃は二十五を過ぎたばかりである、と向こうの家は言った――初婚にしてはトウが立った年齢ではあるし、実際に会ってみれば本当はもう一つ二つ年上なんじゃないかと疑われるあだっぽさがあったが、僕は別段気にしなかった。
 不品行で婚家を追い出された出戻り娘とかならともかく、この女がなかなか嫁に出なかったのにはれっきとした事情がある。もともと道誉は遠縁の親戚のつてで公家の家に奉公していたが、あるとき女主人が将軍家の御台所の御話相手を務めることになったので、彼女について江戸に下り、流行病で主が亡くなるまで長く大奥に務めていた、というのだ。
 それだけ一人の主に奉公し続けられたんなら、しっかりした人間だろう。あいつの実家の人間は、「だいぶ気が強いほうだが大丈夫か」と恐る恐る伺いを立ててきたので、いくら中年増とはいえ三人も娘がいる年上の男やもめを相手に選んだのは性格が理由だろうとは知れたが、気性がはっきりしているくらいのほうがこちらとしては気が楽だ。
 実家はうちの縁戚の大きい商家とあって身元も定かだし、奉公先で礼儀作法も身につけているだろうから、うちの娘たちの躾けもきっちりやってくれるはず――そして、それよりなにより、あの姫鶴が彼女に懐いたのだ。
 これは相当でかい話だった。母親が死んでからというもの、姫鶴は子守女中はおろか僕の言うこともさっぱり聞かなくなり、気むずかしくなる一方だった。僕が再婚相手を探すようになってからは余計にそれが加速した。
 無論僕も娘たちと見合い相手の顔合わせのたびに「とくに二番目の娘はなかなか人になつかないところがあるから……」とあらかじめ説明して、無理に母親代わりをする気合いで挑まなくていい、と仲人越しに念押ししてはいた。
 だが、気立ての優しいお嬢さんがたは総じて、聞き分けの良かった自分の子供時代を基準にこどもというものを考える。まさか女の子であれほどのじゃじゃ馬がいるとは想像もしていないわけだ。
 無理もない話ではあるが、彼女たちが何の気なしに「新しい母さまと思って甘えてくれていいのですよ」などと、心からの親切で言ってくれるので、毎度の顔合わせは阿鼻叫喚になっていた。死んだ母親のことを未だに恋しがっている幼いあいつらに「母さま」の四文字は禁句に近い。
 とりわけ姫鶴は、南泉と違って母親の顔をはっきり覚えていて、かつ、山鳥毛と違って大人の都合を一切理解していない年頃だ。僕が新しい母親を連れてきた、という事態が許せないらしく、こんなの違う、母さまをかえせ、母さまに会わせろ、と言い張って大暴れする。ひとたび癇癪を起こしてしまうと、僕――あいつからすれば、優しかった前の母さまをどこかに厄介払いした極悪人なのかもしれない――がどんなになだめすかそうが、落ち着きなさいと叱ろうが、騒ぎ疲れて寝てしまうまで手のつけようがない。
 そうなったが最後、ただでさえ母親の死に対して無い責任を感じている山鳥毛もせきあえず涙ぐみだすし、姉たちの様子に動転した南泉もそれに続く。あんまりな空気に見合い相手まで泣きだして、ここでやっていく自信を無くした、と破談にされたことも一度二度ではない。
 道誉の時だって、顔合わせの初めは姫鶴はふくれっ面で、畳の上に大の字になってまで食事を拒否して僕に叱られていた――が、急な来客があって僕が一寸席を空けた隙にどうしてかすっかりおとなしくなっていたのだ。僕が戻ったら、あいつは道誉の膝に座って道誉の箸から飯を食わされていた。僕は本当に目を疑った。
 確かに、僕が釘を刺したからか道誉は母親を自称してはいなかった――元々遠縁だし、長く江戸にいた叔母とでも思ってほしいとかなんとか言っていたくらいだ――が、無理に母親の地位を乗っ取ろうとしなかったというだけであそこまで懐くとも思えない。いったいどんな手を使って姫鶴を躾けたのか――そこだけは謎ではあったが、とはいえ姫鶴はあいつを恐れているわけでもなく、「道誉くん、もう遊びに来ないのぉ?」とか訊いてくるし、山鳥毛も南泉もどちらかといえば新しい女家族を歓迎している様子だ。
 よくわからんがまあ、最初の結婚のときだって大して相手のことは知らなかったがどうにかなったのだ。わからんなりにどうとでもなるだろう、と僕は楽天的に考えていた。
 こちらは再婚なので内々の祝言になるが、それでよければ是非にも来てほしい、と先方に伝えてもらうと、もらってくれるならば喜んで、と返事があって、かなり迅速に嫁に来てくれた。
 この段階でも道誉はまだ比較的おとなしくて、うちにとっては有り難い嫁さんだった。子供たちのこともよく気に掛けて遊んでやってくれるし、家中のことにもよく気がついて、奉公人もあっという間に掌握してしまった。
 家のことをしっかり切り盛りしてくれるなら、それだけでも僕には十分すぎるくらいだったが、加えて、あいつは商売に関してもなかなか才能があった――客人に茶を出すついでにちょっと挨拶しただけで、取引相手の顔と名前はおろか、ちょっとした好みや趣味までどんどん覚え、僕や丁稚の日光が軽く口にしただけの屋号も間柄も何も全部頭に入れてくる。店頭に立ってもらえば、弁が立つうえ愛想もいいし、計算だって恐ろしく速い。
 嫁いできて一月経つころには、あいつは前からずっといたような顔で売り上げを伸ばし、取引相手の御内儀や何かから聞いてきた話を論拠に、仕入れ先との付き合いや今後の方針についてあれこれ僕に意見してくるくらいになった。
 まあ、ちょっとばかし大柄すぎるところはあるし、かなり勝ち気な性格なのは明白だが、僕だって別にたいした聖人君子じゃなし、それくらいでちょうど良い。
 僕が満足しているのを察してか、あいつはだんだん気を許した様子で、寝物語にあれこれ打ち明けてくれるようにもなった。
「――実は、縁談が来たときに一度、店構えを見に店まで来たんです」
覚えていないな、と言うと、客としてきたのではなく、夕方遅く、店が閉じた頃に様子を覗きに来たのだ、という。
「ちょうど御前が店の奥で日光くんと話しているところでね。何の話だったかまでは知りませんが、日光くんが勘定場の何かで失敗したことを報告しているところでした。拳骨のひとつも食らわせるかと思ったら、諭してやっているようで――『確かにお前さんの言うとおり、それだと二度手間になっちまうから、次にそういうことがあったら先に僕の方にも言ってくれ』とかなんとか、話を聞いてやっていらしたんです。そのあとでお姫か誰かが来たら、そちらも構ってやりながら帳簿か何か片付けていらしたので、感心しましたよ、本当に」
日光の坊主はできが良いからな、と僕は返した。田舎から出てきた遠縁の子供だが、丁稚のなかでも利発だ。というかそもそも、失敗したときに嘘をつかずにやらかしについて説明してくれるやつが稀である。言ってくれればどうにかなることもあるが、内緒にされるとどうにも――そう言うとあいつは「それはそうかもしれませんが、御前だって一日が終わって疲れてる頃でしょうに、なかなかあんな風に親身に応対できませんよ」と言った。妻子はむろん使用人だって身内なのだから、気分次第で当たり散らすなんてどうかしているだろうに――「やはり御前はそう仰いますよね」とあいつは満足そうに言った。
「顔合わせでお姫たちと話したとき、きっと御前は家の人間に特別優しいんだろうと思いました。だからこの家にしようと決めたんです」
そう言ってあいつは行灯の火を消し、こちらに馬乗りになってきた。
 僕が特別優しいかはともかく、なんだかんだ、良い嫁さんをもらえて助かった、と浮かれていたのは否めない――いくら女盛りにしても、初めてにしてはやけに手管に長けていたのにたいして疑問にも思わず、「御前が優しいからですよ」と笑って言うのをまんざらでもなく受け入れていた。

 だいぶ話が違う、と判明したのはそれからしばらく経ったある日のことだ。
 古くからあいつの実家の店と付き合いがあったとかいう坊さんがたまたま、あいつがお嬢さん方を習い事に送っていくところを見かけて、大変に喜んでうちの店に立ち寄った――そして、店に入るやわざわざ僕を捕まえて挨拶し、「前の嫁ぎ先では苦労していたようだが、あんなに元気になって」と礼を言ったのだ。前の嫁ぎ先――? 完全に初耳だったので、僕はなるべく何気ない顔で相づちを打って彼の話を聞いた。
 向こうが祝儀代わりの包丁を三本ほども買わされて帰っていく頃には、三つのことがわかっていた。あいつは三年前、大奥から下がってすぐにどこぞの武家に嫁いだこと、そのときはわずか三ヶ月ももたず離縁されたこと、年齢はもう三十路になるので、まともな再婚先が見つかるか周りは相当心配していたこと――。
 帰ってきたあいつを捕まえて、少し話がある、と僕は言った。商売についての話だと疑ってもいない顔であいつは頷き、女中に習い事の迎えを頼んだのち、僕の部屋へとついてきた。
「――お前さん、何か僕に嘘をついてないか?」
あいつはしばらく完全にしらばっくれていたが、僕が年齢偽装について問い詰めると、話自体は否定できないと観念したのか、次の正月に三十路になるのは認めた。「うちの人間がそんなに鯖を読んでいたとは――許してやってください」と他人に罪をなすりつけようとしている。謝るか言い訳するかどっちかにしてくれ、と僕は言った。
「しかも初婚じゃないんだろう? そのへんはお前さん、自分で訂正してくれたってもいいじゃないか。別にこっちだっていい年なんだから、お前さんのほうから早めに言ってくれてりゃ気にしなかったさ」
初夜に僕が阿呆みたいに気を遣って怖がらせないようにしてた時にどう思ってたんだ、と尋ねると、こんなに優しい旦那様と巡り会えるなんてと感激していましたよ、と悪びれずに言う。僕はため息をこらえきれなかった。
「――いいかい、商売で一番大事なのは信用だ。こっちは全部本当のことを言って交渉したのに、そっちだけ好きに条件を偽るとは――かみさんが信用ならないんじゃ、僕としては困るんだが」
「実家の者が勝手なことをお伝えしたのなら謝りますが――」
この期に及んでまだ人のせいにしようとは恐れ入る、と僕は返した。
「まあ、本当に三ヶ月で向こうの家から叩き出されたんだったら、お前さんの実家も言うに言えんだろうが……」
娘を持つ身として同情するよ、と言ううちに道誉はだんだん青くなって、「どこでどんな話をお聞きになったんですか?!」と焦ったように膝立ちになった。
「なんだい、それだけは違うってのか?」
「違うというか――言うに言われぬ事情がありましてね、いや、まさか御前のお耳に入ろうとは……」
火のない所に煙は立たぬっていうじゃないかい、と圧をかけると、「つい昨日もあんなにたっぷり優しくしてくれたのに、よその人間の言い分を信じるんですか?」と実に哀れっぽく身をよじって僕の膝に触れてくる。とりあえず色香でどうにかしようとしてくるあたりがまたあやしい。
「そりゃ薄情ってもんじゃないか? 件のお客人はお前さんのことをえらく心配してくれてたぞ。良い嫁ぎ先が見つかって良かったと――」
かなり本気で、新しい家で幸せそうにしていてよかった、と思っている様子だった。だからこそ、僕としても信用せざるを得なかったのだ。
「――ですけど、この人しかいないと思った人を相手に、前の嫁ぎ先の悪口なんて言えるわけがないでしょう!」
あいつは僕の膝に突っ伏す勢いで泣き出した。着物を汚さないように素早く懐紙を出して目元を押さえている周到さからして、嘘泣きの可能性が非常に高い。僕は鼻白みつつ「僕が聞いたのは、お前さんは三十路で結婚は二回目、武家筋の嫁ぎ先から三ヶ月持たずに追い出された、と――どこまで本当なんだ?」と尋ねた。
あいつは否定も肯定もせず、「……正直に話したら、離縁しないでくれますか?」と質問で返してきた。さすがに内容によるよ、と僕は答えた。
「うちのお嬢さんがたに悪影響そうな話だったら、僕としても考えなきゃならんが――」
道誉は目を輝かせてあっさり泣き止み、そんなことはありませんとも、と力を込めて言った。
「むしろ、御前の娘さん達にも聴かせたいくらいです、後学のためにね」
そう言って道誉は懐紙をしまって座り直し、滔々と話し始めた。

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