手のほどこしようがない
『手のほどこしようがない』
カブルーを好きなリンが仕事に振りまわされライシルの背中を押しキスにけりをつける。
【注意】
・カブリン、ライシル
・原作、デイドリ、バイブル読んだ人向け
・リンは薬師として城で働いている
・登場人物はリンに好感を抱く
・異性愛規範強い
・ハラスメント
・他人の恋愛に介入
・トラウマ
・同意のないキス
書いた人間の好きなカップリング
カブリンほかカブルー関係色々、ライシル、ライシュロ、シュロファリ、ファリシルほか
『手のほどこしようがない』
【事故】(リド、マルシル、ライオス)
【苦手なエルフ】(カブルー、ミスルン、マルシル)
【キス】(ミスルン、マルシル、カブルー)
すべてリン視点。
【事故】
海の底からせり上がってきた土地は風が吹くと乾いた土埃を舞い上げて人々の目や喉を傷つけた。リンはマルシルからの要請で、センシがきれいに磨き上げ去って行った調理場でハーブとスパイスを煮立てた。目をすすぐための薬液、うがい用の水薬、咳止めのシロップ。西のエルフがよこした調味料と蜂蜜が残っていたのは幸運だった。
新王ライオスの補佐を勤めるカブルーのそばにいられたら。リンは城下町が整い次第仕事を探すつもりだったが、町どころか城も混乱していた。行きがかり上リンも手伝っていたものの掃除や片付けがいつまで続くのかとやきもきしていた。かと言って、一抜けたと就職活動を始めるのもためらわれた。
「メリニに残って薬師になってくれない? 落ち着くまででもいいから!」
今や顧問魔術師のマルシルの申し出にリンはうなずいた。人手不足なこともあって、カブルーの知り合いならばとあっという間に仕事が決まった。
カブルーとリンはいわゆる幼なじみの関係だ。カブルーは頭もよく戦闘術にも交渉術にも長け、世の中を舐めているところがあり、リンに心配をかけてばかりの片思いの相手。人当たりはいいしリーダーの資質もあり世間の評価ではリンはいつもカブルーのおまけ。そうでなければたまたま知り合った冒険者が王様になったからって城に仕えることにはならない。ライオスはリンの名前も知らなかったし、今だって覚えているかどうかあやしい。世を拗ねているところがあるリンはせいぜいカブルーに迷惑をかけないようにしなくちゃとわきまえた。
リンは大急ぎで診療所の掃除をし、風を通し炉に火を起こした。古い医療用器具と貴重そうな本草書を何冊も見つけた。カーカブルードに移ると言っていたホルムに連絡を取り足りない器具や薬草を仕入れるルートを確保した。
それらが届く前に事故は起きた。
移住を希望する人たちを中心に調査隊が結成された。元々大きな川や池があったのか、乾いたように思われた道に突如として深く落ちこんでぬかるんだ場所があらわれるのが厄介だった。
とある調査隊の半数が泥の沼に足を取られた。オークの警備隊をもってしても救出は困難をきわめ、診療所の外に立てられたテントに傷病者が続々運びこまれる。治癒魔法が駆使され即効性のある薬草も施されたため怪我そのものは治された。しかし沼で窒息する寸前だった恐怖が蔓延し、けが人たちの気持ちは萎えていた。気力が衰えると回復力は鈍る。
様々な薬種の調合と処方により治癒・回復魔法の及ばない領分を補うのが薬師だ。リンはけが人に強壮薬を飲ませるのがよいと判断したが材料も器具もないに等しい。貯蔵庫や古い倉庫を駆けずりまわって見つかったのは例のスパイスと酒。酒に弱いリンは適量を見極める自信がなかった。
(ハーフフットにはどれくらい飲ませるべき? ミックはあまり飲まなかったのよね。トールマンの酒ってオークにも効果があるわけ?)
他に何も見つからなければスパイスを入れたホットワインを試すしかない、心もとないありさまだった。
「なめらかになるまですりつぶせ」
リドの指示に従い、リンは乳鉢に入った木の実や生き物の脚らしきものを力をこめてすりつぶした。ヌメヌメした液体で少しずつのばしていく。
メリニの窮状を知ったリドが貴重な薬を提供してくれるという。このありがたい申し出にリンは材料を詮索してリドの機嫌を損ねることのないよう気をつけた。以前オークに拘束された経験から、彼らはリーダーの許可がなければむやみに危害を加えることはないと知っていた。もっとも当時は魔狼に食われる恐怖に怯えて諸々の原因となった偉そうなエルフと罵り合っていたが。
オークのリーダーのゾンはライオスとの友好的な関係を望んでおり、警備隊の隊長に任じられ血気盛んな同族を取りまとめている。妹であるリドは血気盛んな方だったが兄を尊敬し命令にもよく従っている。リンもまたリドの指示に大人しく従った。
(この薬はちょっとキツそうだけど、トールマンとエルフに飲ませたことあるって言ってたし、私が飲むんじゃないし)
リンがついそう考えてしまう何とも複雑なにおいが乳鉢からただよっていた。しかしリンはこれと同じような材料で薬を作るのを実際に見たことがあった。誤用と濫用を避けるため伏せられているが、毒も適切な量を正しく用いれば薬として役に立つ。気付けや心臓への致命的な打撃からの回復。オークの薬もその仕組みを利用しているはず。薬は大量に必要だった。リンは次から次に鉢の中のねばねばと格闘する。
「だから、薬を飲ませるのは私たちでやるからリドはオークたちの看病に専念してくれればいいって言ってるの」
「我々を信用しないのか?」
けが人の様子を見にきたマルシルが難色を示している。センシとチルチャックを介して深まったリドとマルシルの親交を知らないリンはひたすら困惑した。
(やだもう勘弁してよ。オークとこじれたらまずいんじゃないの)
「その薬が効くのは私自身よく知ってる。もちろん私たちはリドのこともオークたちも信用してる。でもそうじゃなくて、えっと、治療師と患者の関係っていうか」
マルシルは自信なさそうに言うばかりで、説得の材料に欠けていた。そこへけが人を見舞いにきたライオスが顔を出した。
「君たちのおかげで死者を出さずにすんで本当によかった。その上、オークの薬もわけてもらえるなんて感謝してもしきれない。後で正式に使者を送るとカブルーが言っていた。それにしてもみんな沼には気をつけていたとは思うんだがこれほど大規模な事故になるとはなあ」
だらだらと続きそうな話をさえぎってマルシルがライオスに訴えた。
「リドが薬をみんなに飲ませるって言うんだけど、私はあのやり方はさせられない」
(さっきから一体何が問題なの?)
無言で乳棒をごりごり動かしながら、リンは首をかしげる。ライオスも戸惑っているようだ。
「えっ? ああ、そうか、じゃあ何か別の方法を考えないと。うーん、だったら俺が飲ませるっていうのは?」
「なぜそうなる。オークの薬をどう扱うか勝手に決めるのがメリニのやり方か?」
リドが思いきり顔をしかめて口元に牙をのぞかせたのでリンはヒヤッとした。
(この薬をけが人に飲ませるのに同意したのは早まった? でも見た目はこんなだけど毒じゃないのに。それにふたりともろくな説明しないじゃない)
リンは眉根をぎゅっと寄せた。薬師のリンの失態は就任早々の失職につながるだろうか。また推薦したカブルーへの評価が損なわれることになるだろうかと不安がよぎる。頼りになるカブルー、彼ならきっと巧みに双方の意見を聞き出して場をおさめてくれるのに。でも彼は今ここにいない。煮えきらないマルシルとライオスの態度にもだんだん腹が立ってきた。
「ねえ、この薬なら大丈夫よ。トールマンには少しキツいだろうけど体に悪いわけじゃないから」
マルシルとライオスはその時初めてリンの存在に気づいたかのようにはっと振り返った。リドも何事かとこちらを見つめ、リンは彼らの視線の強さにたじろいだ。王と顧問魔術師、それに警備隊の要職を務める三人を説得しなければならないのに、材料を確認していなかったので続く言葉が出てこない。
(こんなことになるなら聞いておけばよかった。でもこの薬は危険じゃないって示せる方法はある)
重い鉢を掴んで持ち上げ、口をつける。もわっとしたにおいが鼻の奥を刺激し涙がにじんだが、飲み下すコツは知っている。
「あっ、駄目」
「大丈夫だから」
マルシルの制止を振り切ってリンはどろっとした薬を自らの口に流しこんだ。次の瞬間、舌と喉が痺れて目がまわった。口から薬をあふれさせて膝から崩れ落ち、リンの意識はそこで途切れた。
リンはテントの中、折りたたまれた毛布の上に寝かせられていた。湿った地面が体温を奪っていく。これじゃ治るものも治らない。けが人たちが暖かく乾いた状態になっているか確認しなければ。
「リドに嫌な思いしてほしくなかったから、口移しで飲ませるのはよくないと思ったの。治療師とけが人の恋愛ってほんっとに多いって聞くし。それも治療された側の片思いというか一方的な執着というか、ね」
マルシルがぼそぼそと説明していた。それでは、リドにさせられないと言っていたのは口移しでということか。
(焦った結果がこれって最低。でも治療師が舐められやすいのは本当)
「マルシルが心配するならきっと問題があるだろうから止めなくてはならないと思った。正直に言うと、ゾンを怒らせたくなかった。マルシルの肩を持って、君たちから詳しいことを聞かずに代案を出そうとしたのはよくなかった」
ライオスのいいわけはくどくど長ったらしい。
(前から思ってたけど、王様が何から何まで正直に言うこともないんじゃない?)
「バカバカしい。お前たちが余計な気をまわしたせいでこのトールマンの女は必要のない薬を飲んだ。まったく手のほどこしようがないな」
迷宮で下層に転落してさまよいオークたちに捕まった時、リンは足長の女と呼ばれていた。リドの変化は衝突を回避するためのものだ。
(筋肉はすごいけど背が低くて顔立ちも幼く見える。でもそのへんのトールマンの何倍も強いし、確か成人してるのよね、彼女)
三人の会話を聞きながらリンはぼんやりする頭で考えをめぐらせた。医療や手当てを担う女性は種族を問わず付け入られやすい。当然、薬師もそうだ。ここで働き始めてからのわずかな間にリンはあからさまな見下しや馴れ馴れしさにうんざりさせられていた。そのこともあって、自分の意見を言う機会を与えられないリドの姿に昔の自分を――詰め寄られ萎縮している場面を思い出し、見当違いの行動に出てしまった。
(薬師なんだから堂々と話を聞けばよかった。そしたらちゃんと説得できた)
リンは小さく咳ばらいをした。
「腸詰めの要領でやればいいのよ」
「リン! 目が覚めたの?」
「腸詰めの要領とは?」
「お前、何を考えてあんなことをした?」
リンはピリつく喉で懸命に説明した。
「この薬は粘性があるのに刺激が強いから必要な量を飲みくだすのは難しいでしょ? 診療所に管のついた筒状の袋があるの。薬を詰めて管を口に入れて、ひき肉を腸に押しこむみたいに飲ませられるはず。人数も多いし、分担しましょ」
置いてあった器具は念のためすべて消毒しておいたからすぐに使える。
「へーっ、そういうやり方があるんだ。……って、そうじゃなくて! いきなり自分の体で試すなんて無茶しないで」
「なるほど、給餌器の仕組みか。家畜への投薬にも使えそうだな」
「話は済んだな。オーク以外の連中の面倒はお前たちが見ろ。私は自分の仕事をする」
患者を待たせているのにどこかのんきなふたりを尻目にやれやれとテントを出ていく背中にリンは声をかけた。
「薬をありがとう。色々迷惑をかけたわね」
「ライオスへの貸しにしておく」
リドは片手をあげ、つられて腰に巻かれた毛皮がふわっとはずんだ。リンはマルシルの手を借りて立ち上がった。長い前髪が頬に落ちるのを指先ですくって耳にかける。口のはしに残っていた薬を舐め取るとピリッと刺激が走った。できるだけ早く可哀想なけが人たちに薬を飲ませてやらなければ。
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