性夜にて
さて僕はご紹介に預かった件のコンドームである。業界最薄と極限の耐久性を実現した、メーカーが社運を賭けて送り出す自信の一品である。僕は避妊具という己の在り方に誇りと自信を持っていたので、工場から出荷されたその瞬間から自分のコンドーム生に思いを馳せ、どんな風に使われるかシミュレーションしてきた。もう子供はいいかなーという夫婦のスペシャルな一夜かもしれないし、ゲイカップルの聖夜にお邪魔するかもしれない。いやいやもしかしたら学校の性教育の現場で練習台になるかも。そのときはこのコンドーム、一肌脱いで青少年の成長の礎になるつもりである。
しかしながら実際は刀剣男士にご購入いただきこの本丸にやって来た。そう、ありあまる体力と持久力から避妊具界隈でも使われたらビリビリに千切れると噂の刀剣男士である。だがそれがなんであろう。千切れるくらい使い倒されるのであれば(避妊具の誇りにかけて決して千切れたりはしないが)、まさしくコンドーム冥利に尽きるというものである。
そして僕を買った男士はいかにも背が高く体格が良かった。体格でひとのセックスを知った気になるのは良くないが、世の中には傾向ってものがある。買った主もお相手もバリバリの戦闘職種で体格も良く、幾度かの軽い触れ合いでは互いにもどかしそうで次の休みを心待ちにしていた。これは使い倒されるに違いないと一緒に購入されたローションと手に手を取り合って歓喜した。己の使命を過たず遂行できることを知り涙を流し、運命の一夜を思うだけでないはずの胸が高鳴り心がときめいたものだった。
しかし今や僕を取り囲む空気は沈痛の一言である。僕の前後を挟む形で男士がふたり正座しており、僕を注視している。突き刺さる視線が刺すように痛い。
日光という男が僕を手に取った。パッケージの成分表をまじまじと眺める。
「おい、貴様、お頭がラテックスアレルギーだったらどうする。ラテックスフリーのものくらい用意しておけ」
痛いところを突かれた。僕の唯一の欠点である。アレルギーのある方はどうか無理せず別の商品を使っていただきたい。
「……詳しいね」
「この男所帯だぞ。知らん方がどうかしている。貴様、意識まで戦国のままか。……待て、潤滑油が必要なことくらい分かっているな!? 変な油を使うんじゃないぞ! 腹くだすぞ!」
「ちゃんとしたのをもっているよ!!」
僕の持ち主が声を荒げるところを初めて見た。この日光という男、煽りの才能がある。ちなみに持ち主は宣言通りアナルセックス用の安心安全グルテンフリーの粘り気長持ちタイプのローションを買っていた。水溶性なので僕との相性も悪くない。
「まあいい、本題は避妊具のことではない。いいか、小豆長光、今回は俺だったから良かったものの二度と避妊具を落とすような迂闊な真似はするな。お頭にも立場があるのだ。デリカシーを覚えろ」
あんたもなかなかデリカシーがないぞ。
「お頭のことをよろしく頼む」
そう言うや日光はその場にガバッと土下座した。
おっも…………
コンドームだってドン引きする。これあれだ、身内がヤバいパターンだ。まだセックスどころか恋人になってちょっとしか経ってない相手にこの振る舞い。とんだ激重野郎だ。この男の方が戦国時代を引きずっているんじゃないだろうか。
「我が翼よ、そこまでにしなさい」
「お頭!」
「事情は子猫から聞いた。小豆、君は全く……」
「うん、ごめんね」
お頭さんは僕をちらりと見ると、さりげなく懐にしまった。わあ、お頭さんのなか、あったかいし良い匂いがする。さっきのドン引きはどこへやら、早く使われたい気持ちでいっぱいになる。こんなふたりに使われるなんて自分は本当にコンドーム運が良い。
お頭さんは小豆の隣にどっかりと座った。
「気恥ずかしくて言い出せなかったが、元鞘というものだ。よろしく頼む。だからと言ってお前が気にする必要はない。みな小鳥のもとでは本丸の仲間だ」
「差し出がましいことを申しあげますが、この男はコンドームを落とすような迂闊な男ですよ」
「こんかいだけだって……」
「我が翼よ、小豆に避妊具が必要だと思うか? つまり病を持っていると思うか?」
「え? は、いや、さあ……」
「ないよ!」
小豆はすかさず言った。お頭さんはうんうんと穏やかに頷いた。やはり一家の長をするにはこれくらい落ち着いていないと駄目らしい。
「小豆は真面目で誠実な男だ。誰とも経験はないだろう。絶対に童貞だ。私もこのまえ顕現したばかりだから童貞だ」
あ、違うわこのひとテンパってるだけだ。あったかいのは羞恥でぶっ倒れそうになってるからだ。
「ご安心ください、俺も童貞です!」
その報告はいらんだろう!
お頭さんは日光の手を取った。その手に僕を握らせる。未開封だけどほいほいひとに譲渡しないでほしい。衛生用品なので。人には人のコンドーム!
「その小豆が私の安心のためにわざわざ用意したんだ」
お頭がじっと見つめると日光はいたく感銘を受けた顔をしていた。
「愛、ですね……」
愛があってもなくてもセックスにはコンドームを準備してほしい。
「分かってくれるか、我が翼よ」
「はい」
日光はそっと目尻の涙を拭った。ここで泣く神経は理解できなかったが、心底お頭のことが好きなのだということは分かった。
お頭は破顔一笑すると僕を持って立ち上がった。
「小豆、行くぞ」
「はいはい」
「ご武運を」
平伏する日光に見送られて部屋を出た。
ふたりは何食わぬ顔で小豆の自室まで行ったが、障子を閉じた途端、お頭はその場にずりずりと座り込んでしまった。
「小豆!」
「ごめんって。ほんとうにごめん。わるいことをしたとおもっているのだ」
お頭の刺青がじりじりと赤く色を変えていく。テンパっていたが動揺を顔に出さないところはやはり上に立つものだ。
小豆は座り込むお頭を抱きしめると額や頬や色々なところにくちづけた。僕の持ち主はこういうときすぐにフォローに入れる。機嫌が直ったのかお頭が抱きしめ返すと、小豆は少し申し訳なさそうな声音で言った。
「もうするき、なくなっちゃったかな」
コンドームとしては是非ともこのまま雪崩れ込んでほしいところだが、セックスはふたりのやる気が大事なのだ。無理強いは良くない。ローションとともに固唾を飲んでお頭の返答を待った。
お頭は深くため息をつくと、僕を鷲掴んで小豆の胸元に押しつけた。
「意地でもやってやる。明日起きられないくらいの目に合わせて見せろ」
それを聞くや小豆の表情はパッと明るくなり、僕は口笛を鳴らしローションは踊り狂い、待ちぼうけを食ってしょげていた布団はブチ上がった。
夜はまだまだこれからなのだ……!
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