性夜にて
「(小豆が)(山鳥毛が)夜這いに来ない」
自室でまんじりともせず、山鳥毛と小豆長光は同じことを考えていた。
待ちに待った山鳥毛が本丸に顕現し、本丸(と一文字一家)が沸き立ったのが先日のこと、顕現したその日のうちにじっとりした恨み言ももらいつつも、小豆は晴れてまた山鳥毛と恋仲になっていた。はやる気持ちもあるが戦が本業であるわけで、休みの日まで肌を重ねるのは待ち、そして明日は待ちに待ったクリスマス休養日、夕飯時にすれ違い様「今晩」「うん」とさりげなく約束しての夜である。
小豆は干したてふかふかの布団とピンと張ったシーツの上で腕組みをして考えた。山鳥毛の部屋は一家のものに囲まれているから、逢引するなら当然こちらにやってくると思っていた。ところが待てど暮らせど訪う様子がない。これはもしかしたら待たせているのかもしれない。そう思い至れば行動は早く、さっさと立ち上がりコンドームとローションを懐に入れて部屋を出た。
さて山鳥毛の方も小豆が部屋を出る頃に同じことを考えていた。昔は小豆が誘いを掛けてくることがほとんどだったので部屋で準備をしていたが、これは待たせてしまっているのではなかろうか。なるほどそれは申し訳ないことをしてしまったと、おそらくこれで良いだろうと用意した丁子油を手に立ち上がった。
話は戻って小豆はまっすぐ山鳥毛の部屋に向かったが、山鳥毛は一献くらい共にするかと厨に寄ったので、ふたりは見事にすれ違った。小豆が着く頃に山鳥毛の部屋はすっかりもぬけの殻だった。
「あれ、どうしたのかな……」
「お頭の部屋に何用か、小豆長光」
振り向けば日光と南泉が連れ立って立っていた。かすかに酒精の香りがするので、どこかの飲みの席にでも参加していたのだろう。
恋人の身内に夜這いに来たとは言いづらい。そもそも電光石火でくっついてからは本業に忙しくしていたので、山鳥毛が彼らに小豆のことをどう紹介しているかすら聞いていない。
「ああ、山鳥毛とのむやくそくをしていたのだ。じかんになってもこないから、むかえにきたのだが……」
「ご不在のようだな」
「そうなのだ。どこにいってしまったのか」
どうしたものかと首を捻る。やはりもう一度部屋に戻るか。
「とりあえず、もどってみるね」
「ああ……。しばし待て」
日光は小豆を引き止めると隣にある自室に引っこみ、またすぐ出てきた。
「肴になるだろう。取っておけ」
ポンと出されたのは化粧箱入りの明太子だ。明らかに高級品である。
「え、わるいよ、こんなの」
「貴様はお頭の古い友人なのだからな、遠慮せずに取っておけ」
「……ありがとう。こんど、すいーつのりくえすときくね」
日光は何か言いたげに眼鏡を押し上げていた。
小豆の知らない間に山鳥毛は随分慕われる長になっていたようだ。今の話も肴にしてやろう。日光に別れを告げて踵を返した瞬間だった。ぱさりと軽い音がした。
「おい、何か落とし……」
日光が落としものを拾おうとするのと小豆が振り返るのは同時だった。目に飛び込む大きな「極薄」のパッケージ。時が止まった。いや本当に時間が止まる瞬間ってある。
日光はたっぷり三秒固まってから、ゆっくりと小豆を見上げた。現実逃避気味に彼の背後を見れば、南泉はあっちゃーという顔をしていた。
「ごうい、なのだぞ……?」
このコンドームで良いかまでは同意を取っていないが。
「……どら猫」
「にゃ、ウスッ!」
「お頭にご足労願え」
「兄貴!」
「行ってこい」
「っす」
通りすがりざま目線だけで南泉に謝られた。むしろ謝るのはこちらの方だ。
南泉一文字は山鳥毛のことを尊敬している。ああいうでっかくて格好良くて鷹揚な太刀になりたいと思っている。そのお頭に恋仲がいて、それが小豆長光で、しかも多分確実にお頭が突っ込まれる方だ。お頭が突っ込まれんの!? スゲーな小豆長光!
とまあ南泉は兄貴の手前、落ち着いていた振りをしていたが、内心はしっかりパニックだった。シックなフォントで銀箔押しがキラキラ光る「極薄」が頭の中をぐるぐるまわって明滅してさながらエレクトリカルパレードのようだった。くらくらする頭を抱えてとりあえず小豆の自室に向かうと、その途中の簡易厨であっさりお頭は見つかった。盆に徳利と猪口の用意があるが、徳利の口からは湯気が立っているので熱燗にでもしたのだろう。
「どうした? 子猫」
深い声音と穏やかな微笑みに南泉は返ってパニクった。これ絶対これから小豆長光と飲むやつだ。わざわざ備前焼きの良い茶器出してるし、卓に出ているボトルはお頭秘蔵の大吟醸だ。明らかに恋人との逢瀬を楽しみにしている。もうむっちゃ楽しみにしている。内心絶対はしゃいでる。
そのお頭に小豆長光がコンドーム落として日光の兄貴にこれからふたりでしっぽりやろうとしてるのがバレましたって言うのか!? 言うのか!? オレが!? いくらなんでも荷が重すぎるにゃ!!
頭の中に!と?を乱舞させて固まる南泉に山鳥毛はそっと眉根を寄せた。小首を傾げ、心底心配している様子が一層南泉を追い詰める。
「子猫……?」
「に、にっ、日光の兄貴が……!」
「我が翼が?」
「小豆長光と!」
「ふむ、小豆と」
「ばれ、こ、お……おか、お、コンドーム!!!!!!」
「んっ!?」
南泉の唐突な避妊具発言は厨をびりびりと震わせた。
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