SS.妖精王の追憶

 僕のこの記憶はきっと泡沫の夢のようなものなのだろう。
 そう、夏の夜に見るような夢さ。
 でも、僕にとっては大切な記憶で、きっと当時の周囲にとっても大方そんな反応だったろうね。
 確か、あれは夏の終わり――いや、秋の訪れだったかな。


 あいつは今みたいな脳天気そうな顔で夏の終わりの近づいたこの森に迷い込んできやがった。あの時、あいつの容姿は年相応のガキだったが、僕の瞳に映る内面は何一つ変わりなんてなかった。
「やあ、おチビさん?君はどこから来たのかな?」
 僕がそう聞くと、あいつは――藤丸は笑顔で「解らない」と答えてきた。話を聞くと、自宅で寝ていたのだが、眠りに落ちるといつの間にかこの森に居たらしい。当時の僕と来たら、捻くれた思考ながら内心「そんなわけねえだろ」と悪態をついていた。
 だが、あいつをティターニアや妖精達に会わせれば瞬く間に仲を深め、気づけば藤丸を「人間だから」と差別するような輩は居なくなっていた。
 そうしてしばらく立った頃、僕とティターニアは些細な出来事で諍いを起こしていた。確か原因は『とりかえ子』だったかな?僕はそんな諍いに珍しくカッとなってしまってね、柄にもなく親愛なるパックに花の汁を使った媚薬を塗るようにけしかけてしまった。
 そう、職人のボトムの顔をロバに変えてやって、そんなロバに惚れさせるなんて今思えば下らない嫌がらせだった。
 そういえば、それがあいつとのブリテンでの一件までの最後の思い出かな。
 思い出すだけで吐き気がするけれど、僕にとって――俺にとって気付いたら大切な思い出になっていた。まるで気付かない箇所を蚊に刺されていたみたいだった……。
「オベロン、今直ぐ魔法を解くんだ!君にとっても望むところじゃないはずでしょ!」
 確かあいつはこう言って、その小さな身体に見合わないほどの声を張り上げて怒ってたっけ。あいつにしては珍しいが甘ちゃんで人間思いの主人公様だ、きっと僕にも情が湧いたんだろう。まったく、そういうところ変わらいよな。
 本当にそういうところが嫌いだった……。
「嫌だね」
 僕はそう言って、あいつの眉間を指で小突いてやった。あいつはそれでも反抗的な目つきを解かなかったけれど、僕だってあの場面は引けなかった。子供らしく意地になってたのさ。
「だって、僕はきみの言う事を聞いてやる義理はないんだからさ。きみは大人しく森で妖精達と遊んでなよ」
 僕はそんな素直じゃない言い分を告げてあいつに背を向けたっけ。
「でも!誰よりもティターニアを愛してる――そんなお前なら、話し合いをするべきなんじゃないのか!」
 そういうところだ。
 僕はそう思うと、激情に飲まれて気付けば藤丸の胸ぐらを掴んで少し語気を強めながら抗議していた。
「たかだか数日一緒に居ただけで理解した気になっているのかい?思い上がりも程々にしなよ」
 僕は王子の仮面をほっぽり捨ててあいつに思いの丈をぶつけたんだ。
 これは俺の図星だ。
 認めたくもないことだけど。それでも止められなかったのは、僕の性質のせいだろう。
「そのたかだかでお前を理解したんだよ、”捻くれ者のオベロン”!」
 あいつの言葉は思っていたよりも僕に深く効いてしまった。
 想定外の返しに僕はそれ以上何も言えず、僕は直ぐに取り替え子の事について解決に乗り出した。僕は多分そのときとても大活躍したんだろう。僕はとても働き者の妖精だからね!
 まあ、あいつのおかげでティターニアに掛けた魔法を解いて和解できたんだし、そこに関して言えば少しぐらい感謝しているとも。
 だが――。
 だからこそ、あいつとの突然の別れは唐突過ぎて、秋の空を見上げて驚きや困惑、そして同時に悲しみも覚えた……。
 ティターニアとの和解を皮切りに、あいつは何も残さず消えてしまったんだ。
 僕は――俺は失って初めて気付いた。
 あいつの事、思ってたより気に入ってたんだな、ってね。


 そして、次にであったときは糞っ垂れなブリテンの盛大な滅亡計画の真っ只中だった。
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