SS.夢見る終末装置

 カサカサ、と足を忙しなく動かす音が聞こえる。
 その足は俺の身体を伝って行き、動き回る。
 それは一匹などではなく、
 何匹も、
 何十匹も、
 何百匹も、
 カサカサ、と忙しなく動き回っている。
 不快だった。
 とにかく現状が気持ち悪かった。
 不快感からの脱却を試みたが、手足が動くわけでもなく。
 只々、虫の勝手を許してしまっている。
 まるで蛹だ。
 体は固まって動かず、今か今かと羽化の時を待ち侘びている。
 虫達は揃いも揃って勝手を言う。
「僕達の王様、ブリテンを滅ぼして!」
 王様、滅ぼして!
 王様、滅ぼして!
 滅ぼして、滅ぼして、滅ぼして、滅ぼして、滅ぼして、滅ぼして、滅ぼして、滅ぼして、滅ぼして、滅ぼして、滅ぼして、滅ぼし――うざったいんだよ!
 俺の気持ちも知らず集って集って集って、寄って集って俺を都合良く王様に仕立て上げて、持ち上げて、その上自分たちの願いの為に利用しようとするのか?
 ――吐き気がする。
 ああ、全身が痛い。
 ああ、全身が気持ち悪い。
 ああ、自分の存在自体が気持ち悪い。
 ああ、虫達が気持ち悪い。
 叫んでしまいたかった、振り払ってしまいたかった、吐瀉物を吐き出してしまいたかった。
 でも。
 動く口が、
 動く手が、
 ないのだからどうしようもない。
 俺は無力だ。
 やがて、俺は考える事を放棄した。


 冬が森に訪れた。
 俺の身体には代わり映えなく虫達が纏わりついて鬱陶しいが、それでもこの寒空に晒されている状態と比べたら幾許かマシだった。
「ねえ、君は何してるの?」
 何故だか、懐かしい雰囲気を纏った少女の声が耳に入ってきた。
 鬱陶しい。
 やめてくれ、君はお呼びじゃないんだ。
 早く立ち去ってくれ。
 でも、俺の中に内包されている記憶が――妖精王オベロンという俺の隠れ蓑にして与えられた役が、彼女を求めて俺の感覚を刺激する。
 だが、これはオベロンのものではない。
 そんな気がするんだ。
 ああ、そうか。
 これは――この感情は俺が初めて得たものだ。
 ――止めてくれよ。
 体が動かないんだからさ。
 俺は必死に手を、足を動かそうとする自分の無意識に語り掛ける。
「動けないの?苦しいの?」
 ああ、駄目だ……。
 俺は彼女にどうしようもなく惹かれていて、どうしようもなく触れられない現状に不快感よりもどかしさが勝っている。
 終末装置である俺が、
 誰にも興味を持たない平等主義の俺が、
 彼女にだけは反応する。
 それは不快感ではなく、
 それは吐き気ではなく、
 それは嫌悪感ではなく、
 慈しむ様なものでもなく、
 ドロドロしたものでもなく、
 恋慕のような、そんな気持ち。
 恋の季節は終わったというのに、俺はどうやら季節知らずの馬鹿らしい。
 だが、今は馬鹿で良い。
 彼女を抱き締めたい。
 名も知れぬ彼女と触れ合いたい。
 その感情は俺の身体を焼くように熱していく。
 恋とは正に、呪いや病気の類だ。
 ふと、体に温かいものを感じる。
 それは、この冷え切った季節では有り得ない温もりで、それを実現する方法は今この場で一つぐらいしか思い当たらなくて。
 少女は俺の身体に必死に抱き着き、熱を与えようと健気に、直向きに力を込めていく。その熱は俺に初めて優しさが何なのかを教えてくれたような気がした。
 一方でやめろよ、とも思う。
 その体が虫達に触れてしまうだろう。
 きみが汚れてしまう。
 それは俺の望むところではなかった。
 俺は必死に手を伸ばそうとした。
 瞬間、ピクリと腕が震えた気がする。
「あ!動いた!」
 彼女は無邪気な笑顔を浮かべて、喧しい声でまるで自分の事のように喜んだ。
 なんでだろう。
 彼女はつい先程、ここへ訪れたばかりで、俺とは初対面のはずなのに何故こんなにも喜べるんだろう。
 自分の事でもないのに。
 ああ、そうか。
 俺が惹かれたのはそういうところなのかな。
 俺は朝のひばりより温かく、夜のとばりより落ち着くものを知った。
「あれ?」
 彼女は光り輝く粒子に消えそうになっていた。
 待ってくれ。
 置いていかないでくれ。
 俺の――俺だけの「輝ける星」。
 動けよ……。
 こういう時に動かなくてどうするんだよ、俺の手足!
 やっと、見つけられたのに。
 眩しくて、人々を導くような輝かしい星に。
 俺の手がピクリと動く。
 そうだ。
 そのまま、手を伸ばせ。
 星を捕まえるんだ。
「う、うぅぅ……」
 口を動かせ。
 彼女に言葉を伝えるんだ。
 行ける。
 俺の手は彼女に届く。
「動けるようになったんだね。おめでとう」
 彼女はそう微笑んで寒空に消えていった。
 後に残ったのは、空虚な空気だけ。


 でも。
 でも、俺の心に残ったのは?
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