II、処刑人の子供(1)


 中流階級の子供たちは学校へ通うことが珍しくなかった。死刑執行人は社会的地位こそ低いが中流階級である。しかし彼らの子供は学校へ通うことが難しいとされる。
  理由は「死刑執行人の子供だから」である。どうしても学校に行きたいのなら、親の役職や自分の家系を隠して通わなければならなくなる。これはかなり難易度が高いといえよう。もし周りに処刑人の子供であると知られてしまえば元も子もない。とは言っても通えるのはまだいい方で、中には拒否され通えない場合もある。
 私はその時は運が良かったのか、他の子供たちと同じように学校へ通うことができた。両親が上手いこと交渉してくれたのだろう。
 しかし、結論を述べると途中で退学せざるを得なくなってしまった。
 やはり卒業するまで処刑人の子供であるという事実を隠し通すのは難しい。ましてやリュエイユで名を馳せているミゼリコルド家の子供なのだから…。



 六歳の頃、アンシヤンにある小さな学校へ入学した。その時は誰一人として私が死刑執行人の子供であるということを知らなかった。勿論私自身もまさか自分が死刑執行人の子であるとは思ってもいなかった。
 学校ではポールという少年と出会い、すぐに意気投合した。彼の美しい金髪が今でも鮮明に蘇る。
 ポールはとても親しみやすい性格で、少し人見知りしてしまう私でも自然に仲良くなれた相手である。
 初めて友達ができたことが嬉しくて、大喜びで両親に報告したのを覚えている。
 これまでは同じくらいの歳の子供たちと関わることも滅多になかったため、私にとってポールは貴重な存在となった。
 両親が私を学校へ通わせた理由は、友達をつくらせるためでもあったのだろうか。などと考えたこともあるが、さすがにそれは考えすぎか。
 私とポールはとにかく仲が良かったので、学校から帰っても毎日のように一緒に遊んだ。小さな教会のそばで走り回っていると神父から「いつも元気がいいね」と声をかけられることもあった。それが小さな幸せだった。
 また違う日には、ポールの兄であるロランも加わり、三人で過ごすこともあった。ロランはポールとは違い少し気の強い性格なのだろう、やや乱暴な言葉使いだったのが印象に残っている。それでも私のことを可愛がってくれたし、頼れる存在でもあった。
 私は家に帰ると決まって学校での出来事や二人の友達と遊んだ時のことを両親に報告していた。
 「今日はポールとロランと一緒に教会に行ったんだ」
 「教会で何したの?」
 「神父さんとお話! ポールとロランが喧嘩しちゃって、そしたら神父さんが出てきたんだ。優しくしましょう、仲良くしましょうって言ってたよ」
 「そうか、いい教えを説いてもらったんだね」
 近所の教会はすっかり私たちの遊び場になってしまっていたが、神父は追い払うわけでもなくいつも快く接してくれた。まるで自分の息子であるかのように見守ってくれていた。
 学校に通い始めてからは、そんな風に毎日が楽しかった。これが何気ない日常の幸せというものだったのだと今になって思う。


 それから順調に時は流れ、学校に通い始めてから二年ほど経った頃のことである。
 学校へ着いたらまずはポールの姿を探し挨拶をするというのが私の日課であった。
 教室の隅の方で一人で立っているポールを見つけたので駆け寄った。
 「おはよう、ポール」
 「…あ、おはよう」
 いつもより元気はなく、私と目を合わせようとしなかった。
 不安になり、ポールにどうしたのかと聞いてみる。大切な友が落ち込んでいたらとても心配だ。
 「ポール、大丈夫? 具合悪いの…?」
 「シルヴァン…あのさ…ううん、なんでもない」
 「?」
 何か言いたそうにしていたが、すぐに言葉を濁した。この時も私の方へは向いてくれなかった。
 ポールならすぐに元の調子に戻るだろうと思い、冗談を言ったりおどけてみせたりしたが、あまり笑ってはくれなかった。普段ならこんなくだらないことでも笑い合っていたのに。
 違和感を抱きながら一日を過ごした。帰り道は二人で一緒に歩いたが会話は続かなかった。このような経験は今までしたことがない。
 遊び場になっている教会のそばに通りかかると、ポールがふと足を止めたので私も立ち止まった。
 「シルヴァン…」
 「なに?」
 「シルヴァンのパパはさ…なんの仕事してる人…?」
 下を向きながら恐る恐る訊ねてきた。どうしてそんなことを訊くのだろう。質問されて気付いたのだが、私はこの時はまだ父の職業をそこまで気にしたことがなかった。「悪い人をやっつける仕事だよ」としか教えてもらっていなかった。だからポールの質問にはそう答えた。
 「悪い人をやっつける…?」
 「そうだよ!」
 私があまりにも自信に満ちた答え方をしたからか、ポールは徐々に安心した様子で微笑んだ。この日初めて彼の笑顔を見たかもしれない。
 「そっか! そういう仕事なんだね」
 今まで黙りっぱなしで暗い表情だったが、いつもの明るいポールに戻ったようだ。私も不安が取り除かれ、ようやく普通に会話することができた。
 私たちはしばらく立ち話を続けていた。どのくらい時間が経っただろう。そんなことは気にもとめなかった。
 ポールと笑い合っている時、ふと見慣れた姿が視界に入ってきた。ロランだ。
 「あ、ロラン…」
 ポールは何故か怖気づいたように一歩後退りする。ロランは弟を睨みつけた。
 「ポール。なんでまだシルヴァンと…」
 ポールはロランの方を向くことができずにいる。
 「ロラン…?」
 私は恐る恐る彼の名を呼んだ。今まで仲良くしていた兄のような存在だったはずなのに、この時ばかりは雰囲気に圧倒されて声をかけるのが怖くなっていた。
 突然どうしたのだろう。ポールもロランも。何か変だ。そう思っていたら、ロランはため息をついて私の方を向いた。
 「シルヴァン。お前の父さん、処刑人なんだって?」
 「え…?」
 はじめはロランの言っている意味が解らず、呆気にとられていた。
 「僕のパパが処刑人…?」
 「ロラン…そんなこと言っちゃダメだよ…」
 ポールは怯えながらも私を庇ってくれた。
 この答え方の何かがまずかったのだろう、ロランは勝手な怒りをぶつけてきた。
 「とぼけるな! おれはもう知ってるんだから」
 そう言ってポールの腕を強く引っ張り、「帰るぞ」と言って無理やり連れて行ってしまった。
 ポールはこちらを振り返り、悲しそうな顔を見せた。ごめん、とでも言いたそうな表情だった。
 あまりにも突然の出来事だったため、状況をうまく飲み込めなかった。この日はずっと「処刑人」という言葉が頭から離れなかった。
 
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