III、処刑人の子供(2)

 翌日、学校へ行くとそこにポールの姿はなかった。欠席だ。ポールが休むなんて珍しい。
 何かがおかしいのだ。周りの空気が、人の様子が。
 他の子供達も私のことを避けて陰口を言っている。今までそんなことはなかったはずなのに。
 この日の帰り道は小石を蹴った。ポールがいないと退屈だ。
 明日は会えるかな、と思いつつ馴染みのある教会の前を通り過ぎた。寄り道をする気にもなれない。
 下を向いたまま歩いていると、前から誰かがやってくる気配を感じて立ち止まり、顔を上げた。
 「ロラン…」
 昨日ポールにひどいことをして僕にわけのわからないことを言ってきたロラン。また何か用でもあるのか、と目で訴える。ロランは何も言わなかったため、思い切ってこちらから訊いてみることにした。
 「どうしちゃったの。最近なんか変だよ…」
 少し沈黙が流れた後、ロランが少しずつこちらに歩み寄った。私は後退りもせずその場に立ち尽くしたままだった。
 「……お前のせいでポールは学校に行けなくなったんだ」
 「僕のせいなの……? どうして」
 「…お前が処刑人の子だから」
 僕が処刑人の子?両親にさえ言われたことがないのに信じられるはずもない。だからその時は否定することしかできなかった。
 「違うよ、ロラン…」
 「じゃあお前のパパに聞いてみればいいだろ。…おれの父さんと母さんが見たんだよ、シルヴァンのパパが処刑台の上に立っているところを」  
 「!」
 「父さんが処刑人は穢らわしい存在だって教えてくれたぞ。それでポールもおれも気付いちゃったんだ。だからポールはお前のことが怖くなった。お前にも穢い血が流れてるんだから」
 ロランの一言一句がじわりじわりと私の心に突き刺さっていく。それと同時に鼓動が段々速くなる。その音が耳まで届きそうだ。
 処刑人は穢らわしい存在…。幼い私は単純に正義の存在だと思っていた。その理想はこの瞬間にことごとく打ち砕かれてしまった。
 「おれは嘘なんてついてないからな。お前が黙っていたのが悪いんだ」
 僕は何も知らなかった。そう応えられたらよかったものを、信じてはくれないだろうと思い言い返すことはできなかった。悲しみがこみ上げてきてついに涙が滲み出す。少しずつ盃に注がれていた水があふれそうだ。
 「もうおれもポールも処刑人の子とは遊ばないから。早くこの街から出て行けよ」
 ロランは悪意たっぷりにとどめを刺してくれた。もう我慢できなくなった。
 涙を見せないように、何も言わずに走り去る。ロランに背を向けて。その時の彼はどのような顔で私の背中を見つめていたのか。それは今でもわからない。
 溢れる雫を拭いながら走る様子を嘲笑うかのように鳥が鳴いている。帰り道がこれほど辛くなったことはない。
 家に着いて玄関口のドアを開けると母が出迎えてくれた。嗚咽を漏らしている私に驚いた様子であった。
 「シルヴァン! お帰りなさい。泣いちゃってどうしたの? 転んだの?」
 私は精一杯首を横に振った。
 悲しみのあまり何も言えなかったが、母が抱きしめて気持ちを落ち着かせてくれたおかげで少しずつ口を開くことができた。
 「ひどいこと言われた…ロランに。処刑人の子だ、街を出て行けって……」
 騒がしくしてしまったからだろうか、違う部屋から父が姿を現した。
 「お帰りシルヴァン…どうしたんだい、 そんなに泣いて」
 「お友達にひどいことを言われたって…」
 母がそう説明しただけで事態を察したのだろう。父は切なげな声で私の名を呼んだ。
 「シルヴァン…」
 早く真実が知りたかった私は嗚咽混じりの声で質問した。
 「パパって『処刑人』なの…?」
 私の口から出た言葉に戸惑いを見せた。
 「……それは…」
 父は黙ってしまった。そして私から目をそらした。
 私の胸の中は混沌としたものが渦巻いている。それを取り除けるのは父からの言葉だというのに、まだ何も答えてはくれない。
 私はますます感情が溢れてくる。自分では抑えられない。
 「何で…何でずっと教えてくれなかったんだよ!」
 どうせなら父の口からはっきりと「己の運命」を直接聞きたかった。「悪い人をやっつける仕事」なんて柔らかな表現をしなくてもよかったのに。あろうことか友の口からその事実を告げられるなど、残酷すぎるではないか。しかも彼は処刑人を「穢らわしい」とまで言った。それが何より悲しかった。
 両親は私を落ち着かせようと宥めたが、それすらも聞き入れられなかった。
 私はこの時すでに自分に課せられることになる運命を呪い始めていたかもしれない。
 耐え難いような悲しみと衝撃が心を打ち砕く。
 そして、
 「生まれてこなければよかった…」
 それだけを言い残して自分の部屋に閉じこもった。
 溢れる涙は止まることなく流れ続け河になった。脳内にロランの言った台詞が鮮明に焼き付いて離れない。「お前の父さんは処刑人」、「お前は処刑人の子」。頭を掻きむしっても消えることはない事実に苦しめられた。
 それに加え「お前とはもう遊ばない」と言われ貴重な友達が私から離れていったことも深く傷ついた。せっかく築き上げた絆や信頼が一瞬にして消え去ったのだから。


 しばらくベッドの上で泣き腫らした後、少しずつ心が落ち着いてきた。
 そういえば、両親はどうしているだろう。私はベッドから降りた。
 両親がいる部屋の扉を静かに開け、その隙間から覗く。二人は私が様子を伺っていることに気付いていないようだった。
 父と母はテーブルで向かい合って何やら会話をしているようだ。燭台の炎がゆらめいて、曇ったままの表情を照らしている。
 「あなた、どうするの…? シルヴァンのこと…」
 「ああ…こうなることは想定の内だった。私も幼い頃に処刑人の子供であることが理由で苦労したからな…やはり、学校へ通わせるのは難しかったか」
 「もうそろそろ伝えた方がいいのではないのかしら…? あの子ももう八歳なんだし、きちんと教えてあげるべきだわ」
 「そうだな……遅かれ早かれ、いずれは伝えねばならんことだ。これからはシルヴァンに死刑執行人としての教育も施していかなければ…」
 そこまでの会話の内容を耳に入れて、そっとドアを閉めた。
 ああ、やっぱりパパは処刑人だったんだ…。まだ心のどこかで信じたくない自分がいた。
 悪い人をやっつける、ということは正義の存在なのだろう。でも「穢らわしい存在」なんて。どうして…?
 しばらくの間はこのような悩みに苛まれた。


 …私はこれらの出来事がきっかけで、後に通っていた学校を辞めた。処刑人の子であることがついに周りに知れ渡ってしまい、通うことが困難になったためである。
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