V、新たな出会い


 ある春の日のこと。父の元に一通の書簡が届いた。また執行命令が下されたのかと思ったが、どうやら違うらしい。
 「庭の整備していほしいとの依頼だ」
 内容が執行命令ではないと分かると何やら嬉しそうだ。
 依頼をしてきたのは隣町のノアイユに住んでいる貴族だった。
 今回訪問する家が貴族の邸宅ということもあって非常に興味が湧いた。今までそういった身分の人間とは無縁の生活を送ってきたため、自分の知らない外の世界を見てみたいと思った。
 「父さん。僕も連れて行ってよ」
 冗談半分で同行したい旨を伝えると、父はすんなりと許可を出してくれた。
 「ああ、いいぞ。お前も庭師の仕事を手伝ってくれるのか?」
 「うーん、まあ….」
 一番の目的は邸宅に行きたいだけだ、なんてことは言えなかった。しかし父は私が自ら進んで言ったことに対し喜びを感じていたようだ。これは潔く手伝わなければ…。
 それから数日後、ノアイユ邸に向けて出発した。自宅から少し離れた場所にあるが、徒歩で行くことは充分に可能だった。
 数十分ほど経った頃、ノアイユ家の邸宅に到着した。荘厳な門が構えており、その奥には白い外壁の大きな屋敷が建っていた。
 ここが貴族が住んでいる家なのか、と見惚れていると、父は慣れているのか颯爽と門の中を潜っていった。私も慌てて後に続いた。
 我らの訪問を待ちわびていたかのように二人の男女が立っていた。男性の方は父と同じくらいの年齢で、その隣の少女は私よりも少し年上だろう。この二人は父娘である。
 父はその男性と目を合わせた途端、親しそうに挨拶を交わす。
 「久しぶりだな」
 「トマ! 本当に久しいなぁ。本日はよろしく頼む」
 男性は私の顔を見ると、「この子が息子さんかね?」と尋ねた。
 「そうだ。庭作業に興味があるというので手伝わせようかと」
 父は挨拶しなさいと言わんばかりにさりげなく背中を叩いてきた。
 「は、初めまして。シルヴァン、です…」
 貴族に話しかけられたと考えると少し緊張してしまった。
 「君のことはよくトマから話を聞いていたよ。さ、お前も自己紹介なさい」
 男性に促され隣に立っていた少女は、上品に口を開いた。
 「イリスと申します。本日は私のためにお越しくださいましてありがとうございます」
 イリスと名乗った少女は当時齢十二の私から見ても息を呑むほどに美しかった。まさかこんなに綺麗な子が近くに住んでいたなんて。私は自分が見ていた世界の狭さを知った。
 イリスの父は、娘が自分の花壇がほしいと言い出したことがきっかけで我らに庭の整備を依頼したそうである。
 そんなことならお安い御用、と父は得意げだった。
 挨拶が済んだ後は早速庭に案内してもらう。自宅の庭とは比べものにならないくらいの広さであったが、そこまで複雑な造りではなさそうだ。小道があって散策するにはちょうどよさそうである。
 我らが作業する場所は小さな花壇の一角だ。手入れのやりがいがありそうだ。
 イリスの父は何かを思い出したかのようにこう言った。
 「ああそうだ、シルヴァン君。うちの庭は自由に見て回っていいからね」
 貴族の邸宅の庭を散策してみたいと密かに思っていたので、その言葉はとても嬉しかった。頃合いを見て散歩してみようか。
 「それでは、よろしく頼むよ」
 その後、イリスと彼女の父が去ったのを確認して、いよいよ作業に取り掛かる。
 父の表情は処刑台に立つ時よりも明るく生き生きとしていた。その様子を見て、死刑執行がどれだけ父にとって精神的負担になっていただろうと思った。綺麗な花たちを前にすると、死刑執行人であることを忘れてしまいそうだ。
 花壇に生えている雑草をいじりながら、先程から気になっていたことを質問した。
 「父さんってあの人と知り合いだったんだ?」
 「ああ、もう長い付き合いだ。シルヴァンが生まれる少し前から世話になっているよ」
 「そうだったんだ…全然知らなかった」
 ノアイユ家はこれまでに何度も父に庭の整備の依頼をしていたようだ。今回はかなり久しぶりの再会だったらしい。彼らが最後に会ったのは一年前だとか。しかし私は二人の関係を知る由もなかった。
 そしてもう一つ気になったことは…。
 「ここの人は父さんが死刑執行人だってことを知ってるの?」
 「ああ、もちろん。シルヴァンが生まれる前からね。でも幸いなことに役職だけで差別するような方ではなかった。私が邸宅に訪問する時は、庭師として、あるいはただの友人として接してくれる。決して死刑執行人という扱いはしないんだ」
 死刑執行人というだけで忌み嫌われてしまう世の中だ。しかしこうして受け入れてくれる者も少なからず存在するということを知った時は心底安心したのを覚えている。

 ─休憩を挟みながら、数時間ほど父の手伝いをしているうちに日が暮れてきたため、この日の作業はここで終了した。続きはまた次回に行う。
次へ

powered by 小説執筆ツール「notes」

52 回読まれています