2話
BACKBONE.
2、Take off
じわじわと夏の陽光を照り返す昼過ぎのアスファルトは、卵を落とせばたちまち目玉焼きが焼けそうなほど黒々と燃え陽炎をたちのぼらせた。
帽子を被ってもさして意味はないように思うけれど、日本人の髪の毛がおおよそ真っ黒である限り被らないよりは絶対いい。何せ黒色と白色の温度差は十五度以上もあるらしい。朦朧としながらのろのろとマウンテンバイクを押して歩道をゆく頭にのったラクダ色にはじわっと汗染みが滲んだ。
「…………」
何にしろ近年の異常気象はその名に恥じず立派で参る。ただでさえ蒸し風呂状態での学習塾で汗だくになりながら勉強させられた帰り道なので余計に暑くてだるかった。湿気も凄いしもし仮にこんな中運動なんてしたらそりゃ熱中症にだってなるだろう。自転車さえなければすぐにでもコンビニで涼むところだがそれも叶わないので一刻も早く帰るには無心でペダルを漕ぐ他ない。
湿度でぺたぺたし出す全身を鞭打ってしょうがなくマウンテンバイクに跨るその時だった。
明日は今日と同じ日だろうか
それっていいこと? わるいこと?
突如空から降ってきた天啓にも思えたその言葉につられて頭上を見上げると、目の前にあった大型スクリーンの真っ黒な背景に大きく13と浮かんだ立体的な数字がメタリックに一度、つやっと光った。真上から降り注いで反射する陽光のプリズムに手を翳す。
「じゅうさん」
思わずそう零した次の瞬間、轟音にも似た運命のミュージック、スタート。
「……!」
瞬く間に全身を駆け巡って抜けていくパワフルで軽快なメロディライン。それに跨った自由自在なとりどりの歌声はつやつやに光る革靴で踏んだステップそのものの様に軽やかで、ポップでキャッチーなのに目元の際立つメイクのせいかどこか艶めかしく魅惑的で目が離せなくなる。
はっと気が付けば周囲では結構な人が足を止めてスクリーンを見上げていた。それはそうだ。こんなにも圧倒的なカリスマ性を浴びせられ一体どうして素通り出来る人がいるだろう。心を掴まれたのはきっと自分だけじゃ絶対ない。その証拠に実際道行く誰もがその声に誘われて今もどんどん上を見上げている。人の声がさざ波のようにざわめいているのが聞こえてくる。
(誰?)(わかんない)(かっこい~)(うるさ)(サーティーンかな?)(ワンスリーだって)(迷惑だよね昼間から)(人数いすぎ)「ワンスリー……」(センター見たことない?)(歌うまいけどブス)(アイドル流行りよな)(ドンピシャでイケメンなんだけど)(曲いい)(デビュー曲)(どこの子?)(いいね)(全員同じ顔)(誰かに似てない?)(好きかも)
真昼の新宿はUニカビジョンをジャックし歌って踊る、どうやら六人組の男性グループのようだ。中でもセンターの彼には終始釘付けになってしまうほど夢中になって見入ってしまった。
だって、これほどまでに見たもの全ての心を射抜いて離さない綺麗な瞳がかつて自分の世界にあっただろうか。サビの空白で突然大きく映し出されるその表情のなんという美しさ。まるでダヴィデ像みたいだ。画面越しに強烈に目が合ったまま息が止まりそうになって、ふと雑踏が遠くなる。
きっと、この人は他人の目を惹きつけるだけじゃない。誘惑して魅了し、それに期待した人達の心をこんなにも満たす力が十分にある。
それって物凄く、ものすごいことなんじゃないか?
気が付けば暑さなど忘れて全速力で自転車を漕いだ。胸がどきどきする。わくわくっていうのは多分こういう感情のこと。居ても立ってもいられない。あの人は一体誰でなんて名前で、いくつで、どこの人で、どんな人生を送ってきた人だというのかどうしようもないほどめちゃくちゃに気になる。
一瞬で人を大好きになるなんて人生で初めてだった。かっこよかった。歌もダンスも凄く上手かった。それで、目が、目がすっごく、信じられないぐらい綺麗な人!
やっとこ家まで漕ぎつけて、このまま庭に乗り捨てたいのは山々だったが、このマウンテンバイクはこつこつ貯めたお年玉で今年の春に買ったばかりの新車だった。なるべく丁寧に転ばしてから一目散に部屋へと駆け込み、息もそぞろに亡き父親の形見である古いPCの電源をぎゅっと押し込んだ。
さて、こうしてあのUニカビジョンのスーパースターが「ワンスリー」というボーカルアイドルユニットのセンターである「望幸恋」だと知ったこの至極平凡な少年の名を|晴祝慶人《はれいわ よしと》と言った。
早くに実父を亡くしてからは、実母と母方の祖父との三人で一つ屋根の下で暮らしてきた。兄弟もいない一人っ子で歳の近しい親戚もおらず外では人見知りの激しい大人しい幼少期だった。特に目立った特技も趣味もなく、何となく通っていたスイミングや塾を惰性で続けながら、こういうのもなんだが、ぼーーっとした平々凡々な人生に身を任せて生きてきた。
これでも、父親が居た頃は巷で言う男の子っぽい趣味(釣りとか車とか)なども活発に楽しんでやっていたのだけれど、事故のあった六歳よりあとからは祖父がいくら誘っても釣りにも車にも、どころか、世の中の娯楽の一切に興味を示さなくなってしまった。
同年代と比べても、慶人一人だけがぽつんと大人しくはにかんでいる場面も多く、そのままあっという間に中学生になってしまったことを、母も祖父も密かに心配していた。
そんな慶人本人の胸中はというと、無論、父親が亡くなってしばらくはとてもとてもショックで一時は味覚すらも感じないほどひどく落ち込んだ時期があった。
でも、父が死んだことを誰よりも泣いて悲しんで疲弊していく母の姿を前にして、愛する人を失うという深い悲しみを幼心にも痛烈に感じ取った慶人は、これ以上母を悲しませることはしてはいけないと強く思ったことから無意識に感情の抑圧がされた状態だったといえる。
だから、悲しくて泣くのは本当に本当に、今よりずっと悲しいことがあった時だけにしようといつの間にかそう心の中で決まっていて、感情麻痺にも似た壮絶な苦心の影は時を経た今も尚、その心の片隅でじっと蹲ってあり続ける。
それに比例して、嬉しいとか楽しいとかを感じてもすぐに表に向けて表現できる割合が少なくなっていたのは事実だ。演技ならまだしも、本物の実体験の中にある喜怒哀楽に緩急や強弱をつけるのは難しい。なれば悲しみを精一杯堪える代わりにそれ以外の感情表現が抑制されるのは当然の仕組みだったのかもしれない。
「よしと~!?!? バタバタして何!? もしかして彼女!?」
「はー??? バタバタしてないし! ただいま!」
「……?」
そんなわけで、長い間枯れた枝のようだった息子が、ある日突然走って家に駆け込んできて手も洗わずに自室に籠るなど親としては驚いて当然だった。反抗期の兆しもなかったが、思えば年齢的には思春期真っ只中、おずおずと開きっぱなしのドアを覗くと何やらパソコンで動画を見ているのだから尚更怪訝な顔になってしまう。
「おかえり……な、何してるの?」
「母さんさ、知ってる? ワンスリーって言うさ、ボーカルグループなんだって!」
「ボーカルグループ……?」
「もう、すう、っげ~~~~~かっこいいの! 見て!」
「ええ……」
言われてみれば確かに十四歳と言えば多感極まりない年頃には違いない。年齢も年齢だし好きな女の一人や二人、性的なことへの興味の一つや二つ、あっても全くおかしくない。おかしくはないけれど、母に共有を求めるのはいかがなものかと恐る恐る画面を見てやると、なんと男の子が六人で歌って踊っているではないか。
かっこいいって、そっち!?
「?????」
「今さ!? Uニカで流れてたの偶然聞けて早く名前知りたくて急いで帰ってきたんだ! この真ん中の人、みゆきれんさんって言うんだって!!!!」
「みゆ……? おとこのかた? おんなのかた……?」
「見たらわかるじゃん! 男だよ! いや、んなのどうだっていいけど、とにかくむっちゃ歌上手いしダンスもかっこいいし俺すーーごい好きになっちゃったかも! ライブ行ってみたいからバイトしてもいいよね!?」
「……それはまあ、いいけど……高校生になってからの話よね……」
最早誰なのかというレベルで急に人格が変わったように溌剌と嬉しそうに喋る息子をまじまじと見つめていたら、やはり、なんだかそういうつもりもないのに視界が滲んでくるような気がしてとりあえず一歩下がった。
こんなに楽しそうな慶人を見るのは何年ぶりだろうか。少なくとも父親が死んでしまってからは一度もないような気がする。そう、慶人はもともと素直で明るくて何にでも一生懸命になれる子供だった。ちょうど、こんなふうに目をきらきらさせながら色んなことに挑戦出来るとっても元気な子だったわよね。ねえ?
感極まって一瞬だけ目を閉じたが、たちまち泣いてる場合ではないと奮い立つ。まだ実際に見たことも会ったこともないのにこれほど胸を躍らせ大好きにまでなったというみゆきれんという人物の顔をまさか親として見ないわけにもいくまい。
食い入るようにして画面をのぞき込んだ母を見て、慶人も嬉しそうにその横に顔を並べた。
「あらずいぶん綺麗な顔の人ね」
「かっこいいよね! いいなあ、みゅうさんすごく楽しそうに歌うんだ」
「なんだかお母さんの好きだった女優さんに似てるわ」
「母さん好きな芸能人蕪武焼慎じゃなかったの?」
「やだ、元々その奥さんの武良瞳のファンだったのよお」
「へー。ねえ、じゃあ母さんもライブいかない? じいちゃんも連れてく!? チケット取ってくれよ!(本音)」
「そういうの久々~。いいかもねえ、おじいちゃんもコンサートとか好きだし!」
こうして、慶人からの意欲的な提案が功を奏し、まんまとこの年の東京近郊で行われたワンスリーのライブのほとんどへ晴祝家は揃って参加した。
他にも、CDを買うとちょっとだけメンバーと話が出来るというリリースイベントだとか、母には内緒で学校を早退して一人で行った神奈川の駅前無料ライブ、時にはワンスリーコラボのお菓子を大量に買い漁ってみたり、インタビューの載った雑誌を買って丁寧にスクラップをしたりともうそれこそ中毒みたいにして急激に望幸恋にのめりこみ没頭する慶人の日々は、彼の五感の全て、例えば、暑さや寒さ、眠気とかだるさ、空腹や孤独、不安、我慢、それからなんとなくいつも感じる胃痛とか、とにかく、とにかく自らが今まで感じていた「生きている実感」の全てをいい意味でどうだってよくしてくれた。
みゅうがいるところに行くととても満たされた気分になった。生きているから感じるものだと言い聞かせて我慢してきた全ての苛みから解放されて、ライブが終わってもしばらくはずっと幸せな気持ちでいられた。だから出来ることならもっと知りたい。もっともっと見ていたい。この先もずっと、ずーっと好きでいたい。みゅうと出会い存在そのものに傾倒し始めてからの慶人は大げさでなく毎日本気で心の底からそう思っていた。
「慶人この前から何聞いてんの?」
「んえ。ワンスリーっていうダンスボーカルグループの曲」
「ダンスボーカルグループぅ……」
「そう。いい曲だよ。貸したら聞く?」
「え~いいや~。男でしょ? そんなん好きだったっけお前」
「……あそ。グミあげる。おれイォン寄って帰るからばいばい」
「お~」
頑張って言えば友達ぐらいの希薄な関係であったクラスメイトとはこのように互いの好みの音楽さえ知らないが、別にそれで特段困ったこともなかったし妙な派閥に入れられて終始群れなくてはならなくなるのだけは避けたい慶人にとって当たり障りのない人間を演じるのは常のことだった。
きっと趣味の合う友達がいたら楽しいのかもしれないが、合わなかった時や茶化された時こそが地獄だ。それよりだったら一人で身軽に好きなように好きなだけ好きなことを楽しむ方が百倍良かった。
「ねえ晴祝、ワンスリー好きなの?」
「……。なんで?」
「えーっあたしも好きだからに決まってんじゃん、誰推し?」
「お前は誰推しなの?」
「レン一択でしょ! 一番背高いし顔綺麗だし!」
「へー。かっこいいよね。ぐみやる。俺みゅうさん。宇宙一かっこいい。みゅうさんのカード出たら売って」
「ちょっとwwwwうちゅういち?wwおま何個持ってんのワンスリーグミwwおい、待てw」
「イォンいくからじゃーな」
それから、昔から地味だがそこそこイケメン枠で周囲からは見られ何度か真面目な告白をされたこともある慶人だったが、いかんせん女子というのが生き物として苦手だった。
理由としては至極単純で、要するに同年代には幼稚な女の子が多かったからだ。
すぐ仲たがいするしどうでもいいことでいがみ合う。スカートは短いくせにパンツを見られると怒るし一時的な感情で人をすぐに好きになる。そしてすぐに嫌いにもなる。
友達同士で付き合っては友達同士で喧嘩して別れ翌日には友達の彼氏だった男と付き合ったりできるのを見ていると酷くおぞましく思えて、不可解で短絡的なのはきっとアイデンティティが未成熟過ぎるのだと常々疎ましくさえ感じていた。
お陰で、こうして人生の推しを見つけた薔薇色ライフでもなお慶人の視界でより身近にあったはずの彼女たちの色彩がみゅうより鮮やかになることは残念ながらなかった。
一見人間としての本能に欠陥がありそうに思えるこの傾向だったが、親友にしろ彼女にろ、あれやこれやと最もらしい理由をつけて自分にとって大事な存在を作ることから逃げるようになったのは慶人にとっては他でもない。
父を失った経験に、世界で唯一愛する人を亡くした母を見ていたからである。
あんなに心から大事に思っていた人間を失ったときの痛みには今現在のところもう二度と耐えられそうになかった。何れ来るであろう家族との別れを想像するとそれだけでも夜眠れなくなってしまうほど。これ以上大事な人を増やしたら、すなわちその分だけあれほどに悲しい瞬間を迎える可能性が多くなるということ。
だから、慶人にとって人を好きになるというのは本来簡単なことでは到底ない。
それこそ、みゅうのように脳髄から揺さぶられるような衝撃的で強制的な出会いでもない限り心から大事だなどと思える存在なんて今以上、寧ろ一生、いらないとすら思っていた。
とはいえ、深く関わるのはよそうと思いつつも、なんだかんだで慶人の周囲にはワンスリーの縁がじわじわと出来ていった。
世界的なアイドルブームも相俟った一過性のムーブメントもあったしどうせ今だけだろうと考えれば少し楽に人とも付き合える気がして、あまり邪険にはせずに来る者は拒まず去る者は追わずふわっとした関係を楽しんだ。
ふと気が付けば、それもこれも、全部ワンスリーの、引いてはみゅうのお陰だなと感じてなんだかとても嬉しかったのも本当で。
「ハレイワ~、みゅうレア出たよ~あげる~」
「何枚目よ。てかさん様持ってない?」
「さんくんある。五枚あるから一枚やる。あ~~~~~サンキュ~~~……キラッキラ……かっこい~~……俺出来るならみゅうさんと結婚してえな~~」
「っえ、は、やっば……。ガチじゃん、応援しよか……?」
「何で五枚もあんの? てかあんたフツーに顔悪くないのにその発言やっば……応援する……」
「いや冗談ですが。俺なんかと結婚したらみゅうさん可哀想だろ、ふざけんな」
「はれ~ぐみくれ~~」
「ん」
「ねえさちお~晴祝みゅうと結婚すんだって。応援しよ~」
「するする~。てかそれはでもさすがに面食いすぎじゃね? お前いうて中の上よ」
「さちおよりは爆裂かっこいいよ。上の中だよ。背足りないけど」
「てかあ、だったらみゅうのとこ応募してみな~? ハレイワいけそうじゃない~?」
「えっ何それおもしろそう。いけそう。ジュニ~ずキッズみたいなのになってさん様のサイン貰ってきてよ」
「そおんな簡単に。人の人生」
「いけるよお! ハレイワそこそこイケメンだもん!」
「背足りないけどね。盛れた写真とったろか?」
「……」
「マジでみゅうと結婚できるかもよ~!?」
「それは冗談だって……」
少し前まではそんな提案にもぼんやりとだがそれでもこうして否定していた慶人だったが、いよいよ中学を卒業するという頃には彩度の低い古い映画のようだった毎日をこれほど激的に鮮やかな色彩へと変えてくれたみゅうという人生の在り方そのものに強く強く憧れてしまっていた。
元来慶人は、アコガレとは手を伸ばせば掴めるものだという考えを持った人間であった。
例えば、人類は人生においては平等であり、どんな偉人も悪人も最初は赤ん坊と決まっている。ならばやらない人間にチャンスは巡らないし、人間やってやれないことなどこの世には無いはず。つまり、憧れとは一つの目標に成り得るということ。
見ているだけじゃもう既に足りなくて、結婚ではないにしろ、いつか本気でちゃんと名前を交わすような関係になって一緒の世界で仕事がしたい。
隣に並んで立てるほどなどという畏れ多いことは決して言わないから、あわよくば、みゅうが輝くその姿を同じ世界側から、一番近くで応援出来たなら。
慶人が本格的にそう思うようになったきっかけの一つとして、ちょうどワンスリーのデビュー一周年を記念して期間限定で企画された深夜帯のラジオ番組があった。
なんでも、送ったメールが採用されると番組オリジナルのステッカーが貰えるというので聞き始めから毎回欠かさずメッセージを送ってはいたものの、採用されたことは一度もないまま最終週を迎えようとしたいた。
これには慶人も半ば諦めかけていて、その日もすっかり油断しながらイヤフォンの音量を最大にして布団の中で聞いていた。
一人目のメールの内容は今日のパーソナリティーでもある伊波連に対しての問いかけで密かに嘆息する。送っている割合やファンの比率としてどうしても女の子の方が多いだろうから仕方ないのだけれど、今日までの四週分の記憶が正しければ男からのメッセージが読まれたことは無かった。
みゅうもやはり女の子からのメッセージの方が嬉しいものなのだろうか。やっぱ名前で選んでるのかな、とどうにかしてでもステッカーが欲しくて欲しくて狂ってしまいそうな気持ちを抑えて静かに息を吐く。
『うい、じゃ、次いきま~す。今夜のお題はがんばっていることでございますよ~。はい、みゅうくん、君宛てですよん』
『はいありがとー。えー、ラジオネーム、ヨシトさん』
「………………ん……?」
『あ、いつもくれてる人かな。名前見たことあるかも。そういや男性からのメッセージ初めて紹介するんじゃない』
『かーもねー。番組で紹介出来てなくても後からちゃんと全部読ませてもらってますからね~』
『ありがとうございます。え~、中略~、日々の活動楽しみにしています。自分はまだ中学生ですが、いつかみゅうさんと一緒の景色が見たいと思っています。質問ですが、デビューまでに頑張ったことは何ですか? ということですね。はいはい。あの、あとさ、これ前後にいっぱい書いてくれてんのね! 嬉しいよね、応援メッセージ。よしとさん、いつもありがとー!』
「うわ、え、……はっず、やば……名前変えればよかっ……明日がっこ、いけな……」
『あ~、この子熱心な子よ多分。みゅうがいない回も毎回送ってくれてる気がする』
『まじか~。嬉しいな。ハッピーなのでステッカーにちゅーして送っちゃいまーす。はは、冗談ですよ~。えー、はい、デビュー前に頑張ったこと。俺はそうだなー。準備かな? すげえ心配性なので、ありとあらゆる可能性を考えながら前もって準備してましたね。レンくんはどうですか』
『え、待って、準備って具体的になによ? レッスン的なこと?』
『え? あ、んー、まあそういうことなのかな? なんつーか、やるからには一芸持っときたいみたいなあるじゃん?』
『一芸!? 君の一芸知らんよ俺。なんなの?』
『え、知らない? 実は俺、ギターが弾けちゃいますよ~。いえーい』
『あ、ガチの! そういうやつか。じゃあ俺あれしかないや、身体むちゃくちゃ柔らかいです的な。ふふ、くだらんね』
『なにそうなの? ちょちょ、開脚みたいななんかやってみて。あ、俺撮るからダイジョブでーす。あとでラジオのSNS見てみてください。よっぽどやばくなかったら載ってるともいます』
『やばいって何よ。くだらないけどやるよ? いくよーー。びょーん』
『うわっえ、……やば、引いた、だめかもよこれ、引くほど股関節やわらかいですこの人。なに、何で? うわうわうわ』
『引くなよ! だめじゃないし! 昔からこう。へへ、くだらなくてすいません。せっかくなので次回やらかい自慢のメールでも募集しよっかな~』
『全然くだらなくないしマジでやばいからあとで見てね~。しかも次に繋げるなんて素晴らしい。さすが。じゃ身体やわらかいよも勿論、一芸自慢募集ってことにしますかね?』
『いつものノリですげー適当。次最後なんだけどね』
『ヨシトさんも是非送ってね~。あと、いつか俺と一緒の景色が見たいとのことですが、今コルトではアンダー生も絶賛募集中なので! 中学生だったかしら。ね。そしたら今がチャンスだと思うのでおうちの人に相談してぜひぜひ応募してみてください。俺もヨシトさんと一緒の景色を見たいぜ』
『ひゅう~~。ヨシトさんよろしくね~。応募要項のURLはラジオSNS他、株式会社コルトの事務所ホームページからもご確認頂けます。どうぞよろしく! 一緒にステージに立とう~!』
『たと~! はい、ではこんなとこですかね。今日も終わるのあっという間ですね。えーっと、今月はありがたいことに我々ワンスリーのデビュー一周年記念期間ということで、お時間頂いてました。今日も今日とてデビュー曲のテイクオフでお別れですよ。お陰様で各曲サブスク好評配信中、MVは公式動画チャンネルでも見られますので、ぜひぜひ、何度でも聞いてもらえたらなと思います。では以上! ワンスリー望幸恋と』
『伊波連でした~! 来週最後だ~。聞いてくださーい、ばいばーい』
『よろしく~おやすみ~ばいば~い』
「…………クウウウッ……ス……っキ……俺もギター買ウゥッ……」
気が付けばベッドの上に正座をして汗だくになりながら聞いていた。
もしも個人再生ランキングがあったら確実に一番聞いている自負のあるあの日の天啓、運命の一曲であったテイクオフを最後までしっかり聞き終えたところでやっとまともに息をした慶人である。
例えばこんな状況で一体誰なら冷静にいられるのかと世界に大声で問いたい気分だった。だってこの通り、本日初めて投稿したメールが読まれたのでさっきまで喉から手が出る程欲しかったステッカーも貰えるし、なんならみゅうから直接(?)コルトに勧誘(?)されたわけだし、何よりみゅうの口からみゅうの声で名前を呼んで(読んで)もらえたという興奮で冗談じゃなく胃が痛くなってきて湯気の出そうなほど熱い身体を丸めて蹲ったまま、どうせ読んでもらえたならもっとちゃんとしたことを書けばよかったな、と照れ隠しに一人でうんうんと唸ったのであった。
これが最後の一押しとなったのは言うまでもないが、こうして運命の出会いからは約二年後、受験シーズンを終え晴れて高校生になった慶人はその年の夏ついに憧れの望幸恋の所属する芸能事務所の門をレッスン生として叩くことに決めた。
この時点でワンスリーはデビューから二年が経ち、慶人は十六歳、恋は十九歳になっていた。
>>>
powered by 小説執筆ツール「arei」