6-1 逃避行
秋の冷たい風が、夜風と共に鳳子の頬を撫でた。10月の深夜、空気は一層冷たく張り詰め、まるでその冷たさが彼女の内側の混乱と孤独を映し出しているかのようだった。夜空には星一つなく、ただ黒い空間が広がっているだけで、彼女の行く先を示してくれる光はどこにも見当たらない。
「一ノ瀬先輩がいなくなるわけないじゃないですか」
鳳子のか細い呟きは、静寂に飲まれてあっという間に消えていく。榎本から知らされた真実の断片が、頭の中で何度も再生される。信じがたいその事実に、彼女は心の中で必死に抵抗しようとするが、その言葉の重みは容赦なく彼女を押しつぶそうとしていた。さらに、ずっと盲信し、心の拠り所にしていた人物が消えてしまったことを知り、その不在が彼女の精神を徐々に蝕んでいく。
視界の端がぼやけていくような感覚に襲われながら、鳳子は道の上に立ち尽くした。帰るべき場所も、逃げ込む場所もなく、すがるべき何かすら見つけられない。まるで何もかもが彼女から遠ざかり、彼女だけがこの夜の闇に取り残されたような感覚に包まれていく。
「……一ノ瀬先輩が、いなくなるわけない……じゃないですか」
重ねて呟いた言葉も、冷えきった夜の風にさらわれていった。立ち止まることすら許されず、心が壊れていくその瞬間でさえ、彼女は自らを止めることができなかった。ただ歩みを続けることだけが、唯一の逃避だった。たとえその先に道が途絶えていようとも、彼女はそれに気づかないふりをして、足を動かす。
心の奥底で、どこかに「正しさ」があるはずだと信じて、彼女は黄昏学園へ向かって歩を進めた。たとえその正しさがどれほど残酷であろうとも、今の彼女にはそれだけが希望の光のように見えていた。
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