太公望、異郷での一夜
「――とは言ったものの、準備が必要ですので仕掛けるのは明日にしましょう。マスターには休息も必要ですし」
太公望のその提案で、この日は街の宿に泊まることになった。
|昏《くら》くうねるものは文献から夜の活動は行わないと分かっていたが、襲撃を受ける可能性はゼロではない。そのためフェルグスと巴御前にマスターの護衛を任せ、太公望は翌日戦うことになるであろう広場へと向かった。
夜なのもあって人気はない。電気もない時代なのであるのは月明かりのみだ。
太公望は昼の戦闘跡を辿りながら術式を組み上げて行く。
必要な効果は「伝承防御の強制破棄」と「大元の魂を端末へ強制接続する」の二つ。これらによって影は影でなくなり、大元を蘇らせることなく倒すことができるようになる。だが、ここまでの術を行使するには特権領域への接続が必須だ。位相がずらされた今の状態でも接続できるように調整する。
とはいえ、敵も黙ってこちらの術が発動するのを待ってはいないだろう。マスター達に時間稼ぎをしてもらうのも手だが、できれば戦力は敵を倒すことに集中させたい。
――詠唱破棄による超高速接続。敵が動く前に術を発動させればいい。
我ながら力技だなァ、と思うがそれが最善策なのも確かだ。少し無茶をすることにはなるが、今回は自分以外にもサーヴァントがいるのでなんとかなるだろう。
夜も大分更けた頃になって術式はできあがった。最後に軽く全体をチェックして問題がないことを確認する。
これで完成としてもいいが、あと一押しほしい。幸い夜明けまでまだ時間はある。
戦闘中、目にした巴御前の火矢。五行思想において火は金に強い。すなわち、金気の属性を持つものにはよく効く。
(対象に金気の属性を強制付与。それからフェルグス殿と巴殿の武具に三昧真火の強化を……)
そこまで考えて首を振る。完全にリソースオーバーだ。いくら特権領域に接続した状態でも限度がある。
別の方法を検討しかけ、ふと、前にマスターと二人きりでのレイシフトを行ったときのことを思い出す。あのときは大口を叩いておきながら、結局最後は特異点で召喚された他のサーヴァントと四不相に任せることしかできなかった。マスターは「そんなことないよ」とは言っていたが、やはり直接力になれなかったことは心残りであった。
――少し、格好つけてもいいだろうか。
リソース不足は多少無茶をすればなんとかなる範囲だ。超高速接続と合わせて、カルデアに戻ったら回復ポッド行きになるな、とどこか他人事のように思いながら術式へ書き加えていく。
それでもマスターからの、あの期待に満ちた眼差しには応えたかった。
完成した術式を満足そうに眺めてから、太公望はマスター達の泊まる宿に歩を進める。
マスターの反応が楽しみだ。
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