第四夜(田舎の坊ちゃん×近所の綺麗なお兄さん)

 こんな夢を見た。

 天城燐音十七歳、彼女ナシ、童貞。代々村長を務める由緒正しき家柄の長男。恋愛には人並みに興味があるけれど、ファーストキスもまだ。そういうことは結婚してからと父上母上に教えられている。
 高校までをこの田舎で過ごして、大した娯楽もなく退屈を持て余す日々に飽き飽きしつつあることは事実。それでも全てが嫌になることはなかった。
「――天城。おはようございます」
「! 要さん、おはよ」
 都会から近所に越してきた七つ上の兄さん、十条要さん。俺がなんとなくここに留まってしまう理由。
「ランニングですか? 偉いですね」
「偉い? そうか?」
 褒められた。気を抜いたらうぇへへ、とだらしなく緩んじまいそうな表情筋を、きりりと引き締める。このひとの前では格好つけたいと思う、この気持ちは何だろう。
「それは恋だな〜」
 間延びした声でそう教えてくれたのは担任の佐賀美先生だ。屋上で読書をしているとよく会う。
「初恋、ねえ。勉学にかまけて灰色の青春を送るよりよっぽど健全、結構じゃないの。悩めよ少年」
 先生の言うことはいつもよく解らない。勉強に打ち込む青春は灰色なのか。では恋をしたなら何色になる?
「おかえりなさい。暑いですね」
「……ただいま、要さん」
 通学路の途中にある家の前を通り掛かると、縁側に腰掛けた要さんが団扇をぱたぱたと揺らして夕涼みをしていた。その姿を見つけた俺はむっとして顔を逸らす。
「それ、」
「――それ?」
「そんな格好でいられると、村の皆が目のやり場に困る」
 襟元の開いたリネンの半袖シャツと、ハーフパンツ。裾からすらりとのびる長い手脚にくらくらしてしまう。他人の素肌なんていう見慣れないものを、都会から来たこの人は平気で目の前に晒してくる。俺の堪え性のない心臓が騒ぎ始めたかと思えばあたりはピンク色にぼやけ始める。ああ、これか。これが恋をしている時の世界の見え方か。
 一方の要さんはしばらく黙っていたかと思うと、いきなりぷっと吹き出した。あ、初めて見る笑い方。
「〝皆〟って? 困るのはあなたでしょう、坊や。私情に他人を巻き込むのは感心しないのですよ」
 俺はますますむっとする。
「坊やじゃねェっての」
「ああ、これは失敬。あなたも紳士ですものね、天城」
「〝天城〟じゃあ誰を指すのかわからない。ちゃんと呼んでくれって言ったろ」
「――そうでしたね。燐音」
 うちでアイスでも食べませんか? なんて、そんな誘い文句。やっぱり〝坊や〟扱いじゃないか。「食べる。お邪魔します」と勝手に口が動く俺も俺だ。
 恋というやつは想像以上に厄介。それでもこの綺麗なひとをもっともっと知りたいという欲は、止めどなく湧き出て溺れる寸前なのだ。

 結局アイスだけでなく夕餉までご馳走になってしまった俺は、「シャワーを浴びてきます」と風呂場へ向かった要さんを待っていた。この後は一緒に映画を観る予定だ。
 狭い井戸の中での出来事しか知らない俺に、大海出身の要さんはたくさんのことを教えてくれる。世界はまだまだ知らないことで溢れている。見ても用途すらわからないものだって山程。
「……何だ、これ」
 例えばこの、黒い革製のやけに布面積の少ない衣装? とか。れっきとした男物らしいピンヒールだとか、折檻で使われるものに似た手枷や鞭だとか。そもそもこの平屋に地下室があるだなんて知らなかった。黒と赤が基調の、何だかギラギラした部屋。穏やかで知的な要さんらしくない。
「おや、見つかってしまいましたか」
「……、隠してたってことか?」
「子供に見せるものではありませんので。でもまあ、良い機会でしょう」
 いつの間にか部屋に来ていた要さんは、俺から目を離さずに後ろ手にドアを閉め鍵をかけた。あ、まずい、と思った。縁側で話していた時の比じゃないくらい心臓がうるさく鳴る。
「全部脱いで」
「は、」
「『女王様』の命令が聞けないのですか?」
 女王様。女王様? 女王様って何?
「燐音。ここへ」
「ハヒ……」
 静かなのに有無を言わせない声だった。このひとは俺の女王様だったらしい。言われるがままに服を脱いでベッドに転がった俺の、両手首が革の手枷(鎖の先は金属製のベッドフレームに繋がれている)でそれぞれ拘束された。なんとなく、これから何が起こるのかを理解した。
 要さんはもう俺の知る要さんじゃなかった。そこにはただ、圧倒的な美と支配者のオーラを纏った女王様がいた(だから女王様って何?)。
「――坊やを、大人にして差し上げます。喜びなさい」
「ええ……」
「返事」
「ハイ」
 怖。いやでも、なんか良いな。俺は好奇心旺盛な坊やなのだ。
「――経験は?」
「ないです」
「でしょうね。聞いてみただけです」
「要さん、あの」
「喋ることを許可しましたか?」
「うぐ、スイマセン」
「あなたはそこで見ていなさい。何も出来ないままに」
 要さんはゆっくり背中を向けて寝巻のズボンを下ろした。黒いTバックだった。その両手が後ろへ伸びて、掴んだ尻肉をぐっと広げて見せた。俺の目はとろとろ濡れて柔らかそうな穴に釘付けになった。
「ふふ……♡ 触りたいですか?」
 でも駄目、と要さんが意地悪を言う。目の前でその指が三本、じゅぷじゅぷと飲み込まれていくのを見た。くぱ、と中から押し広げられたそこは隙間を埋められたがって、俺に向かって口を開けて待っている。
「ああ、ッ、気持ちいい……♡ は、ァ、ンンッ♡」
 細くてしなやかな指が出入りするのに合わせて、要さんが高い声で喘ぐ。悪友と観たAVでも女優がこんな風にアンアン言っていた。けれど要さんの声の方がよっぽど甘い。ずっと聞いていたいと思えるのはこの声だけだ。
 ごくりと唾を飲み込む音が響く。聞こえてしまっただろうか。要さんが目を細めて、次にこっちに身体を寄せて、俺の喉仏をべろりと舐め上げた。「うわ」と情けない声が出た。
「はしたないですね、燐音♡ 俺のオナニーでおちんちん硬くして、獣みたいな目でこちらを見て。恥ずかしくないのですか?」
 要さんの言う通り、俺の股間は信じられないくらいバキバキに硬くなって、ガマン汁を涎みたいにだらだら垂れ流していた。こんなところを他人に、しかもよりによって要さんに見られるなんて恥ずかしくないわけがない。いっそ死にたい。なのに竿を握られて扱かれるとどうしようもなく気持ちよくなってしまって何も考えられない。どうなっちゃうんだ俺、大丈夫なのか。
「っ、あ、要さ」
「ああ、俺の手がカウパー塗れ……どうしてくれるんです? 自分で舐めますか?」
 恐ろしいことを言う。絶対に御免だと思うけれど、要さんに扱かれ追い立てられて、何も考えられなくなる。頭の中がピンク色に染まる。
「うっァ、かなめさ……っ」
 出る。精液がせり上がってくるのを予感して固く目をつむった俺だったが。
「……ッ、……?」
 急激に快感が遠退いた。俺は絶望した。射精の直前で手を離した要さんが虐めっ子の笑みを浮かべてこっちを見下ろしている。
「おあずけ♡ なのです」
 血の気が引いた。それから何度も〝おあずけ〟を喰らって、体力も精神力もゴリゴリ削られていった。要さんの鬼、悪魔、じゃなくて女王様。俺がおかしくなったら責任取って結婚してくれ。
「こ、んなこと、ふーっ、俺以外にもっ……やってんのかよ……」
「……。答える義理はありません」
 途切れ途切れに吐いた質問にそう答えた要さんの表情が、一瞬陰った気がした。すぐに元の意地悪な顔に戻ったけれど。
「――ふむ。これだけ寸止めをしてやれば大概の奴隷は口から泡を吹いて震え出すものですけど……ここまで耐えたのはあなたが初めてなのですよ」
 褒めてあげます、と言って要さんが額にキスをしてくれた。信じられないくらいいい匂いがして頭の中がかあっと熱くなる。ああもう無理だ、耐えたけど限界だ。要さん許して。
 上にいる要さんの腰を両脚でがっちり捕まえる。俺がこんな風に動けるとは思っていなかったのだろう、要さんが目に見えて困惑する。悪いけどそれだけじゃない。
「え、どうして、鎖は……?」
「千切った」
 ごめん要さん、俺すげェ強いんだ。五十人の暴漢ともひとりでやり合えるくらい。そんなわけで位置は逆転、今は俺が上で要さんが下。
「要さん、いや、女王様」
「……はい」
「女王様に挿れさせていただきたいんですが、良いですよね?」
 要さんは気圧されたように黙った。それを肯定と受け取った俺は好きにすることにした。
 ――ああ、キスよりすごいことをしちまった。こうなったら一生添い遂げてもらうしかないな。ずっと一緒にいるから、まだまだ俺にたくさんのことを教えてくれよ、要さん。





【塗りつぶすピンク】





・17歳×24歳ショタおに(?)
・自宅にSM部屋を造っている要は他にも村人を誑かしています
・都会にいた頃は歌舞伎町に君臨して鞭を振るってたんだと思います
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