紅葉と薄藤
「――『打神鞭』!」
何もないはずの上空が歪む。雨でもないのに水音と共に現れたのは巨大化した打神鞭。それはマハーナーガを潰し、周りのナーガも潰していく。
打神鞭が消え、ふらつきながらも立ち上がるマハーナーガに青白い光を放つ火炎瓶が放りなげられる。後を追うように飛び上がる赤い人影。男は手に持つ改造銃剣で火炎瓶ごとマハーナーガの脳天に叩きつける。雷のような閃光がほとばしり、大ダメージを受けたマハーナーガはついに倒れふし、その姿がかき消えた。
『戦闘訓練は終了です。今回得た素材は――』
聞き飽きるほどに聞いた無機質な自動音声を聞き流しながら、男――高杉は共闘した人物に振り返った。
「さっきのが君の宝具の真名開放か。武器が巨大化するのは面白いな」
「それはどうも、高杉殿」
にこやかに、しかし真意の読めない表情で返すのは太公望だ。
今回の戦闘は「あの封神演義の太公望がいる」と知った高杉が是非にとシミュレーターによる戦闘訓練に誘ったのだ。理由はもちろん「面白そうだから」である。
太公望は支援が得意と言われるだけあって確かに戦いやすかった。流石は大軍師と言ったところか。高杉もかつて軍を率いたことはあるが、規模が違う。
「せっかくだ。君の打神鞭、ちょっと振らせてくれないか?」
サーヴァントにとって宝具とは自分自身を現すまさしく宝である。以前同じことを聞いた宇津見エリセには断られてしまったので、今回もさほど期待はしていなかった。
「ええ、いいですよ」
なので顔色一つ変えず差し出してくる太公望に、高杉は少々面食らってしまった。
「高杉殿?」
きょとんとした顔で聞く太公望に礼を言い、打神鞭を受け取る。金属製を思わせるずっしりとした重さ。確かにこれで殴られれば痛いでは済まないだろう。先ほどの戦闘でも何度か強烈な打撃でエネミーを沈めていた。そして持ち手にはメリケンサックまで付いている。戦闘でもそれなりに体術を使っていたし、割と武道派な面もある。
適当に振ってみる。刀や電磁三味線とはまた違った感覚。付いている赤い紐がひらひらと舞う。太公望はこの紐を上手く操って投げ飛ばした打神鞭をエネミーに当てることもしていた。高杉自身の戦法に取り入れるのも面白いかもしれない。
高杉の宝具『奇兵隊』の効果の一つに、「その時代の最新兵器を出す」がある。「最新兵器」と言うと強そうに聞こえるが石器時代なら石斧になってしまう、強いんだか弱いんだか分からないロマン系宝具である。それこそ神代のロストテクノロジーなんかは文字通り再現不可能だ。……高杉自身が|解析《アナライズ》した場合を除いて。
目の前にはある意味ロストテクノロジーの一つと言っていい打神鞭がある。太公望は共に戦った四不相を撫でてねぎらっている。宝具を渡しているというのにこちらは見ていない。
――紅葉色の左目が怪しく光った。
「不正アクセスは、いけませんよ」
打神鞭を掴まれた。その掴む手を辿ると、普段閉じられて見えない薄藤色の瞳とかち合う。
「流石にバレるか! すまない。こいつは返そう」
にかっと笑って手を離し、太公望に打神鞭を返す。隣では四不相が不満そうにこちらを見ている。
「……高杉殿は、仙境に興味がおありで?」
「仙境? 面白いのか、そこは?」
てっきり怒られるのかと思いきや、予想外の質問に質問を返してしまう。すでに瞼は閉じられており、薄藤色の瞳はもう見えない。
「面白いのか、ですか……そういった視点では考えたことはなかったですね。ただ、僕の宝具を解析したいのなら不正アクセスではなく、正面からやる方法がある、と言いたかっただけですよ」
「それは、不正アクセスじゃなければいいってことかい?」
「まさか」
いたずらっぽく聞けば、太公望はわざとらしく肩をすくめる。
「……なんというか君、坂本君とはまた違った胡散臭さだな」
「よく言われますね」
そんな様子を見た高杉が思ったことをそのまま言えば、太公望は気にしていない様子でさらりと返す。大軍師と言われるからには、綺麗事ばかりでは済まないのだろう。
『次のシミュレーター予約時刻まであと五分です。使用中のスタッフ、及びサーヴァントはシミュレーターを終了させてください』
自動音声が再び流れる。思ったより話しこんでしまったらしい。二人はシミュレーターを後にして廊下に出た。
「まあなんだ、戦闘訓練に付き合ってくれた礼と、先の非礼の詫びにこのあと一杯どうだい? 僕が奢ろう。というか、酒はいける口か?」
「それなら問題ありませんよ」
二人は共に食堂へ向かい、四不相がその後をついていく。
その食堂で呑んでいる間に互いの知己が集まりだして、最後にはどんちゃん騒ぎになるのは、また別の話。
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