SS.白く美しい龍の輝かしい記憶
僕は一体いつからこの星の空を飛んでいたのだろう?
それは遠く昔だった気がするし、ついこの前のようにも感じる。まあ、そういう物なのかもしれない。龍からしたら時間なんてものを感じる必要はないのだから。
しかし、あの記憶だけは僕にとって、何時までも忘れる事のない宝物。僕の生において一番短く、一番輝いているようにも思える記憶だ。
『ねえ、君は何者?』
眠りから覚めた僕の目の前には何時の間にか、知らない男児が添い寝でもするようにポツンと寝そべっていた。僕が寝返りを打ったらどうするんだ、と思いつつもまだ寝惚けているからかそこまで異常にも思えなかった。
「僕は藤丸。藤丸立香、人間だよ!」
彼は僕に配慮してか、大きな声で話してくれた。ちなみに「人間だよ!」と勢いよく答えたのは『ヨウチエン』とかいうので流行ってるんだとか。
少し興味が湧いて顔を近づけてみると、彼の外見の違和感に気付いた。
服が今の時代にはない代物だったのだ。
それに気づいたとき僕は少し驚いてしまったが、まあでも未来からの客人だという可能性だってあるか、と流してしまった。結局のところ、僕の眼にはには寝惚けていようがいまいが目の前の少年に驚くような要素など底抜けの優しさ以外はないのだ。
『ねえ、藤丸。君はどこから来たのかな?見たところ今よりもずっと未来のように感じられるけど』
僕がそう聞くと、藤丸は「うーん、家!」と叫んで正確な情報が何一つ聞き取れなかったが、彼の外見年齢的にそれ以上を求めるのは酷かもしれない。そう思って、僕は彼がどこから来たかは聞かない事にした。
そんな事を聞いたって仕方がないからね。
それに、僕にとって未来なんて見ようと思えば見れるものなのだから、そう焦って彼の口から答えを聞く必要もないだろう。
『そう言えば、君はどうやって時を超えたんだい?』
「なんかベッドで眠ってたんだけど、気付いたときには君の隣にいたんだ」
彼が言うには、ベッドというのは人間が使う寝具らしい。人間は寝るのに道具が必要なのか、と聞くと立香は「ううん、多分もっと気持ちよく寝たかったからなんじゃないかな?なんか大人の人がね、人のさんだいよっきゅうはすいみんよく?としょくよく?とせいよく?だったかな?確かそんな感じって言ってたから、きっとそういう事だよ」と少し舌足らずな口調で話してくれた。
僕はこの星の未来を聞いて、それに遥かな希望をいつの間にか抱いていた。
時は流れ、数年が経った。
彼の背丈は前よりは大きくなったが、やはり僕の大きさには敵わないし、そもそもまだ大人と言える年齢ではない。僕は彼の話を聞いては、その小さな身体をコックピットに乗せてあげてこの空を縦横無尽に飛んであげた。立香はどれだけ成長してもこれが好きなんだ。
『ねえ、立香』
「ん?なに?」
『そろそろ、この辺も人類の技術の発展で移動しなくちゃいけないんだけど――』
僕は次の句を言おうとしたところで、少し言葉に詰まってしまった。
掛け替えのない人だからこそ、やはり拒絶される事への恐怖を拭いきれない。純血龍なんて大層な名を人間たちに与えられておいて、随分情けないし、弱気だけど、僕の孤独だった心を埋めたのは間違えようもなく彼で、そんな彼だからこそ僕は今回の提案を口にしようと思ったんだ。
『――僕と『裏側』を目指さないか?』
ああ、言ってしまった……。
もう、後戻りはできない。でも、そんな事ぐらい覚悟していたはずだ。僕と彼、種族の違いは超えようがなく、何時かは別れなくちゃならない。
でも、
それでも、
彼と――立香と共にこれからの人生を歩んでいきたいから、これは僕の一世一代の告白だ。
……。
おかしい。
コックピットに居るはずの立香の反応が消えた。それに返答もない。
『ねえ、立香?これ悪戯じゃないよね?そうじゃないと、怒っちゃうよ僕……』
しかし、静寂は何時までも続く。これから訪れる孤独のように。
『そんな……、嘘!』
僕は柄にもなく狼狽して、飛行も安定しなくなってやがて人の住んでいない深い湖の底に沈んでしまった。
どうして、と僕が思っても返ってくる言葉はないし、得する事も一つもない。
もしかしたらこれは罰だったのかもしれない。
龍でありながら人間に惚れ込み、入れ込んで、挙句の果てに世界の裏側へ連れて行こうとしたのだから、それそのものが罪であり、これが罰だと言われても納得できてしまう自分が居る。
しかし、冷たい湖に冷やされてか冷静になった頭で考えれば、一つの答えに辿り着く。
『ああ、彼は――君は帰ったんだね、元の時代に……』
僕はそう考えれば、別れの寂しさと彼への祝福の気持ちがごちゃ混ぜになった感情で、深く、酷い喪失感にあった。
解っていたはずだったんだ。
僕は彼とはいられない。彼は何時か未来に帰るし、そもそも僕とは種族間の寿命差もあったのだから。
『でも――』
でも、辛いよ。
寂しいよ。
悲しいよ。
会いたいよ。
もう一度だけで良いから、僕に君の声を聞かせておくれ。
もう一度だけでいいから、僕に笑った顔を見せておくれ。
もう一度だけでいいから――。
もう一度だけでいいから……。
僕はこの世界に対する絶望の涙を水中で浮かべては、それは天に向かって消えゆく。
僕は涙を枯らしそうになったし、この世界への希望を捨てようとさえ思った。
でも、思いとどまったのは、彼がこの世界を愛していたから。
『僕の最愛の立香。どうか、君が居なくなってもこの世界を見守ることを許して欲しい……」
私はスラスターを吹かして水上に上がり、羽を展開する。僕は人里離れた場所へと飛び立ち、そのまま人類の行く末を見守った。
そして、世界の裏側を目指した旅路の果てに、この身は朽ち果てた。
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