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嶌田朗二は、言ってしまえば地縛霊みたいなものなのだと思う。
「まいど。おはよ」
「……おはよー……」
「寝てない顔して。ゆみは? もう来てる?」
「ん? いや、あいつだって毎年毎年そんな暇じゃないでしょ……。どうせ死にゃしないから」
「何、来ないって……?」
「来なくていいって言ったの。さっき。まだ既読になってないから忙しいんだろ」
時刻は十五時の六分前。忙しないランチのクローズ間際、退店の客といれかわるようにしてカウンター席の一番端に腰かけるとてもくたびれたシルエット。朗二がここ周辺の飲食店のランチ時を毎日順番にぐるぐるまわっていると知ったのはベルジャンが開店してすぐのことだった。当時、まだ二十代の若い男が駅前にあるおばけテナントを買ったらしいと界隈ではすぐに噂になった。でもその顔を一目見るや否やどこの店でも週に一度は見かける背の高い常連だったことでまさかあのひょろひょろが土地ごと買い上げるなんてとみんなが驚いた。
因みに、おばけテナントと言われる所以は大通りに面しているのに何故だがそこに入った店だけ客足が伸びないからだ。入れ替わり立ち替わり本当に多くの店があそこを使ったが、長くて二年、短いと一年もたずに出ていくことが多かった。これには持ち主もかなり困っていた。立地も人通りも問題ないのに何が原因なのか分からない。誰も借りたがらないのでテナント料も低めに設定せざるを得ない。
もちろん、そんな博打野郎がどんな人柄なのか、何の店を出すつもりなのかと即刻興味本位で開店直後に花を持って遊びに行ったのをきっかけに、朗二とはもう十年来の仲だ。等しくして、朔夜とも。
「あ、電話きたし」
「……まあそうなるわな」
「……」
「出ろって。弓美弥の胃に穴あくぞ」
「俺飯食うから吾妻出て」
「いやあのなあ……」
震えながら放置されている画面のゆみという表示がいたたまれなくて、迷ったが仕方なく手に取る。耳元でざざっとノイズが鳴った。
「あー、もしもし? ゆみ? 俺」
「え」
「今うち来て飯食ってる。かけなおすように言うから」
「……心臓に悪いからやめろって今すぐ言って……むっかつく、あいつマジ、……はあ、吐きそう……」
「言っとく。連れてったの?」
「…………うん……やっぱ、だからだよな……やめときゃよかった……最悪……あと、この前俺……余計なこと言い過ぎたから……」
「……」
なるべく聞こえないようにと背中を向けて声を潜めたつもりだったが、後ろから朗二に肩をたたかれて口を噤む。
「貸して」
「あ、かわる……朗、あんまり……」
「弓美弥。絶対くんなよ。ふりじゃねーから。……いや、だから……いー、い、いっ! いいって言ったら素直にくんな! ばーか! もう切る!」
切ると言ったら電源からぶち切るような性格なので、やれやれと思いながらすぐに弓美弥に落ち着けとメッセージを送る。朗二と弓美弥は昔からこういうところがある。性格が似ているようで似ていないし、互いを分かっているようで分かっていない二人。どちらも強がりで意固地なのは厄介な共通項。意気投合した時は最強なんだけどなあ。
「…………」
黙ったまま再び食事を再開する朗二の目の下は病的に青黒くなっていてもう既にいつもよりも眠れていないと丸わかりだった。
八年前から毎年この時期になると朗二はこうなる。仲間内は自分を含めてほとんどが夜メインの飲食店の経営者でもあるので、それよりかはいくらか融通のきく弓美弥が泊まったりして面倒を見てきた。もちろん、苦痛に思っていないわけがないだろうが、朗二が朔夜の後を追う可能性が少しでもある限り一人にしておくよりは気持ち安心するのだろう。
その弓美弥の思いが分かっていながら「もういいんじゃないか」とはどうしても言えない自分達は黙って見守ることしかできない。
「朗……。まだ一人じゃダメだよ。てか馬鹿はないだろ。心配してんだから。ゆみに謝んな。そんなわけわからんツラして、今日店開けられんのか」
だから、見方を変えれば弓美弥が今日までこうやって止めていなければ嶌田朗二は地縛霊にならなくて済んだともいえる。八年間地獄の様な毎日を強いられることもなかった。
最近の朗二を見ているとなんとなくそう思ってしまうのは多分自分だけではないと思う。朔夜が死んでしまった悲しみにただただ打ちひしがれていられた時期を超えて、生きていることに心底疲れてきているようなそんな風に見える。
諦めるとか乗り越えるとかとは全く違う、停滞の淀み。朗二は、そんな想像を裏付けるような気落ちした声でぼそぼそ呟く。
「…………そろそろ関係ないって思わないの? 吾妻こそいつまでこんなのに付き合うつもりなんだよ……」
「……もう。お前こそそろそろ素直に優しくしてって言えないのか。いつまででも付き合うに決まってるだろ。みんなそう思ってるよ」
皿を洗う片手間に放ったのがいけなかったのか、カウンター越しに箸を持つ手がとまったのに気が付いてまずかったと思った。声をかけようとした一瞬の隙にそれまで必死になって保っていたのであろう朗二の外側の均衡ががらがらと音を立てて崩れてしまった。
「……そんなの、だって、……だってさ、わかんないよ……俺まだぜんぜん、朔夜のことで精一杯だから…………みんなが先に進んでも、俺行けないもん…………朔から遠くなりたくない……朔を置いていきたくないんだもん……」
言ううちにみるみる涙で目が揺らいで大粒の涙がこぼれた。ちょうど最後の居残り客が会計を終えて出ていったので片付けは頼んでしまって、隣の椅子に腰かけた。
「ほらみろ。強がっていいほどまだ頑張れないだろ。誰が先に進んだって?」
「……弓美弥が雛ちゃん連れてきてくれて、そっか、よかったな、って思う自分と」
「うん」
「もう、頼っちゃ迷惑なんじゃないかって、行かないで欲しいって不安で泣きそうになる自分がいて、でも今までずっとそうやって人によっかかってきたんだよなって、もう一人で立てなきゃだめだよなっておもったら…………」
「……うん……」
「朔夜が、ほんとにいないんだって、一人だって、はじめてちゃんと、分かってしまっ、た、きがして、」
「…………」
八年経ってようやく実感したことがこれかと思うと、さすがに鼻の奥がツンとした。我慢したらしたで鼻水になって出てくるから涙というのは厄介だ。手早くティッシュで鼻をかむと、びしゃびしゃになった袖で必死に涙を拭っている朗二にも箱で渡してやる。
「……しょうがないよな……人生があるからな、みんな、自分のさ……」
酷だとは思っても、これを朗二が少しずつ分かっていくことでしかこの暗闇を抜ける方法は無いように思う。朗二はまだ、朗二自身が思っているよりずっと深く傷ついたままあの日に留まったままだ。でも、いくら泣いても祈っても、今日から更に何年経ったとしても、朔夜が帰ってくることは二度とない。
だから、辛くともこのまま生きていこうとすれば、いつか必ずその現実から目を背け続けていられなくなる日がきっと来てしまう。それが誰にとっていいかわるいかとはまた別に、人間とはそういう生き物だとも勝手に思っている。
個人的には人生の別れや辛くて悲しい出来事を、忘れたり過去にすることが悪いことだなんて少しも思わない。何があっても遺ったなりに生きていかなければいけないのが現実なら、少しでも楽な方が最後まで頑張れるような気がした。今はまだ上手く気持ちを区切れないのは仕方がないこと。でも、こうして少しずつでも周りを見られるようになったのは朗二にとっての前進だと少なくとも自分だけでもそう思ってあげたい。
「よっしゃ。ちょっと顔あげた朗がえらいから、今日ベルジャンに飲み行こっかな。席あいてる?」
「…………うん……」
「ん。混んだら手伝うから、テーブルあけといて。そんで、そのままお前んち行くからな」
「……うん…………」
それからしばらくぼーっと俯いていた朗二だったが、ほどなくして冷めきったランチの肉をとぼとぼと食べ始めた。片付けをしてくれながら度々心配そうにこちらの様子を伺っていたバイトの二人に目配せをしてあがっていいよと声をかける。
二人とも要領のいい大学生だった。帰り際にこっそりと夜番には連絡しました、と言われてけっこう強めのダメージを負っていた心にはとてもぐっときた。こうやって人は人に助けられながら生きているんだななんて勝手に感慨深い気持ちになる。
思いやりも受け取ったので今日の夜は朗二の為にきっぱり休む。売上のほとんどが気のいい常連でギリギリまわっているような小さな店。数年ぶりの急な休みにまた不幸事かと心配させてしまうかもしれないなと思いながら、店頭のプレートに赤のマジックで本日店休と大きく書き込んだ。
「んで、途中で切られたから俺超腹立ってんの今。あのあと撮影だったのにメンタルがったがた。フツーに下痢なった」
「へー。てか弓美弥ってさ~~誰に対してもあんまこう、へ~とかは~とかなのに朗と喋らせると途端ママになるよな~~~」
「んなっそれ、今めっちゃ思った分かる。なんでかちょっと余計にお節介なんだよな」
「……はああ?」
「ゆみゆみゆみゆみ、はいサラミ、あーん、ほらイケメン。かっくい~!」
「いやゆみそれ腹平気なの……? てか遠いな……」
間の悪いことに今日に限ってテーブル客が続けて入ってくるという奇跡で、カウンターに横並びで悪態をつく羽目になるとはつくづくこのメンツには運がないと実感する。
店内は早い時間から満員御礼。テーブル予約がゼロだった水曜の夜とは思えない盛況ぶりだった。
世戸くんが珍しく店内をぱたぱたと走りまわっている。目が行き届かないほど広くはないし席数もそれほど多くはないけれどテーブルがきっちり最大人数で埋まっているので二人でこなすには少し手が足りないかもしれない。
ひっきりなしに火元から離れらない朗二に手伝おうか、と声をかける。
「んー、平気だよ、ありがとー」
「ずっと満席だね。なんかイベントあったかな今日」
「え、いや……フツーにお前らが全員店休にしたからじゃね? こんな回んないよこの店」
「えっ」
「やば、それウケるね!? まあ確かにうちは滅多に休まね~からな~」
レジ側の端から一つ空けて総勢四店舗の周辺店オーナーが集まっているのは確かに特殊な状況だったかもしれない。それぞれに休むタイミングはあったとしても、同じ日に店を休むなんてのは、
「それもそうだな。いつぶりだろな」
「いつっ……てな……」
「…………」
「っ……おい弓美弥、遠いんだよお前! はらへーきなのか!?」
それこそ、朔夜の葬式ぶりぐらいの大珍事だった。恐らく全員が同じことを思ってしまったので一瞬妙な空気になって慌てた。咄嗟に一番向こう側であやされている弓美弥にちょっかいをかけるふりをして、すぐそこでオーブンの焼き加減を見ている朗二の背中を見てしまう。
するとまるでうしろに目が付いているのかと思うタイミングで、朗二がぼそっと「ゆみどうかしたの」と言った。だからきっと、あの一瞬の雰囲気には傷ついてしまったのだと思う。
「……えー、ん~。お前に冷たくされて下痢になったってよ」
「…………ふ、そりゃごめんなさいね……」
声が掠れ気味に聞こえる。下手をしたら泣きだす可能性も無きにしも非ず。精神が不安定というのは何がトリガーになってどういう行動を起こしてしまうかわからないのが怖かった。一番いいのはキャパオーバーになる前に気づいてあげられること。それがまた、難しいのだけど。
「朗、やっぱ手伝おっか。疲れた?」
「……いいよ、これ出したらちょっと落ち着くから」
ちょうどそう言ったタイミングで入口の扉のベルがカランと乾いた音で鳴り反射的に二人で顔を向けると、寒そうな空気を纏った榛葉がちょっと笑ってどうもと頷いた。この男も本当に嘘じゃなく毎日と言っていいほど良くここへ来る。姿恰好は八年変わらず活発なスーツの営業マン。
そういえば、八年の間で榛葉が誰かとここに来たのを一度も見たことがなかった。なんでだろうとなんとなく今思った。
「いらっしゃい。お疲れ様。ちょっと混んでるから料理遅くなっちゃうかも、今ビール出すよ」
「いいよいいよ、俺なんか全然後回しで。全席埋まってんね!」
「うん。榛葉で本当にコンプリートだ」
瞬時に外向きの口調に切り替わった朗二は手早くグラスビールを出すとぱっとこちらを見た。目が合った表情は変に曇っていた。扱いに困っているのか、喋りたくないのか。何れにせよ榛葉との対面が苦痛なのかしらと察して隣を見遣る。
「榛葉久しぶり」
「あっ……覚えてくれてました!? 嬉しいな。お久しぶりです、こんばんは。なんか、皆さんお揃いですよね?」
「そうなのよ。今日は緊急招集。一人?」
「……ん、そうですね。ここにはいつも一人で来てるんで!」
「そうなんだ。隠れ家的な感じ?」
「まあそんな感じですね。あんま知り合いには教えたくないかな~。仕事終わって、一人でここ来てしまちゃんと喋って帰るってのがいつの間にか人生の楽しみになっちゃって……あれっ、そういうこと言うとヤバいですかね?」
「……あー、ぃ」
なんだか触れてはならないパンドラの箱な気がして、そそくさといいんじゃないか、と誤魔化そうとしたタッチの差で斜め後ろからテーブル席を見渡していた世戸くんが背中越しに「きもいです」とズバリ割り込んだ。びっくりして思わず振り返ったけれど、どうやら慣れた軽口だったらしく間髪入れずに榛葉があしらう。
「おい世戸! キモイは悪口だぞ!!」
「悪口ですもん。とっとと結婚でもしてもっと忙しくしたらどうですかね」
「……あはは……世戸くんキレッキレだな……」
なんとか苦笑したが、これにはちょっと色々ドキっとした。榛葉から垣間見えた朗二に対する核心的な執着みたいなもの、そんな榛葉に対する世戸くんの恐ろしく鋭い物言い。それらをあえて何も言わずに黙って見守る朗二の心中察するに余りある。榛葉が仕方なさそうに笑いながらビールに口をつける。
「お前ほんと昔と変わんないよねえ。羨ましいよ」
「榛葉さんこそ全く代わり映えない毎日みたいで何よりですけどね」
「そうねえ~。変わんないのが一番いいよ。人生平坦でまっすぐなのが一番。どん底も有頂天も出来ればいらないよね」
「…………」
その時ちょうどのタイミングで、タスン、とカウンターの向こう端からタンブラーを強めに置く音がした。
見ると不機嫌そうな弓美弥が不機嫌な声で「こっち来い」と朗二に向かって手招きしていた。
「朗、お前電話切ったのあやまれ、いま」
「……ええ、……悪かったよ……。オナカハダイジョウブデスカ……」
榛葉を気にする素振りをしながらも向こうに逃げていった朗二を横目にしながら、榛葉とは本当に朔夜の死に対して、或いは出会いのきっかけでもあるだろうに朗二が死のうと思った理由についてすら何とも思えないのだな、と呆れた。
というか、八年前のあの状態から毎日の様に朗二の顔を見てきて、榛葉は今日まで何を思ってここへ通っていたのだろう。まさかだが本当に毎日癒されるという目的で続けているのか。
これでは、朗二がいつまで経っても他人行儀で打ち解けられないのも無理はない。嫌な客ではないのだろうが、精神的に余裕がないときに対処するのは辛いかもしれない。
「…………」
そこで少しはっとする。逆に言ったらここに横並びでいる人間はそれほど朗二を腫れ物扱いにしているとも言えた。確かに、何の事情も知らない人間が聞きかじりで踏み込んで来られたらいい気はしない部分でもあるし、榛葉がもしも「普通」を意識してわざとそう接しているのなら寧ろこれは正しい他人としてのあり方なのかもしれないと気が付く。
「……榛葉さ?」
「はい?」
「朗が調子悪い理由知ってる?」
「……」
向こう端に悟られない様に静かな口調でそう問うと、なんだかいつも榛葉が纏っているガチャガチャした雰囲気が凪いだような気がした。黙って目線を落とした先、グラスビールの水滴をじっと見つめながら聞いたことのない落ち着いた声で榛葉はさらさらと言葉を紡いだ。
「俺……見ての通り、あんま悲しいとか辛いとか、そういう雰囲気苦手なんですよね」
「……」
「勿論、しまちゃんの生き方に何か言いたいわけじゃ全然ないけど、側にいる人はいつも悲しそうにしまちゃんのこと見てて、笑ったり楽しんだりしたらいけない雰囲気が常にある気がして」
「……うん」
「あ、心配なのは凄い分かるからそれは別にいいし実際その方が今はしまちゃんもまだ居心地いいと思うんです。でも、いつかこの先急に心から面白いなって出来事とか、楽しみたいって気持ちが出てきたとき、困るんじゃないかなーって思って」
正直、たった今ピントが合ったような榛葉の明確な物言いにはぞくぞくしてしまった。じゃあ今までのは何? つまり榛葉はいつか万が一朗二が前に進んだ時、その先にいてやりたいということ? それは、それってなんだか。俄然、前のめりになって続きを促してしまう。
「ほら、あるじゃないですか。真剣に社会問題語ったあとその口で俗なこと言うとあれ? ってなる感じ。心の切り替えって本人次第だって俺は思うし、周りに迷惑かけてるっていつも悔やんでるしまちゃんだから、立ち直ったよって言うのにも相当勇気がいるだろうなとは思うんです。だから俺みたいななんも考えてない馬鹿が一人ぐらいここに居たら、ちょっとは楽になっていく練習できるかなとか勝手に思ってました。ま、ほんと勝手に」
思わずじっと見つめていた。だって、このカテゴリの人間性には痛痒い心当たりがある。まだ塞がり切っていない瘡蓋の奥。じくじくと光る痛みのみなもと。
「……そっか……。榛葉は朗のことが好きなんだ?」
「……そりゃ好きですよ。じゃなきゃ毎日なんて来ない」
「嫌われてもいい?」
「もちろん。それでも、いつかしまちゃんが心の底から笑うところが見たいんです。不幸上等です。今は分からないだろうけど、立ち直ったらきっと一個の経験になってくんだから。それを見届けたら俺は満足です。まあそれまでには出禁がなあ……怖いんだけど……」
不幸上等。一体どこから培う語彙なんだろうかと瘡蓋の奥に密かに問いかける。八年前に突然消えてなくなった光。榛葉のルーツが嶋田朔夜のそれとどこか重なっているように思えて心なし動揺している。榛葉ほど偏ったものではないにしろ、朔夜も決して平凡な感性の持ち主ではなかった。
すると、朗二が榛葉を無下に出来ないのは恩義があるからとか常連だからとはまた別に、本能で朔夜と似た強引な求心力を敏感に感じ取っているからなのかもしれない。
そして、必要以上に慣れあわず榛葉の心に近づこうとしないその感情は、或いは。妙な可能性に思いを巡らせていると、ふと真後ろで背中を向けている世戸くんの地を這う様な低い声が流れてくる。
「どうでもいいけど、これから先いつになったとしても店長になんかしやがったら俺が出禁にするからな」
対する榛葉は正面を向いたまま寂しそうな顔で、声だけをいつもの口調に戻してせせら笑った。
「馬っ鹿だねお前もほんとに。今更俺がなんかできるような人間なわけないだろ? そんな勇気もありません」
世戸くんは舌打ちだけして何も言わなかった。でも恐らくは自分と同じことを思ったに違いない。
「…………」
だから代わりに、氷が溶けて薄くなったハイボールを飲み干して「どうだかなあ」とため息交じりに言葉にした。
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