5話

BACKBONE.
 5、サニーギャング


午後の雑誌の撮影を終えたその足で、事務所の第一スタジオへ急ぎ向かう。移動時間を含めたらかなりタイトだったけれどこの分だと充分余裕がありそうでほっとする。
見慣れた社屋での撮影ではつい気分もオフになってしまいそうになるが、本日最後のスケジュールは事務所の冠番組であるコルトガバメントサタデーというWEB番組の収録だった。メイン企画は題して、君の推しクイズという名前の通り単純なパーソナルクイズで、アイドルのバラエティ企画ではよく見る鉄板ネタだ。
冠と言えば聞こえはいいが、番組自体WEB配信のみなので入口はかなり狭い。おまけに再生回数が一定の基準を満たさなければアーカイブにも残らないし何も知らない一般の人に知れ渡る可能性はかなり低めのドマイナーな露出のひとつでもある。
レギュラー出演しているのは主にデビュー経験のないアンダー生だしそれが好きで見ている人もいるにはいるのだろうが、こうして時折事務所の先輩枠としてデビュー組が呼ばれることで生き残る露出が洗練されていくのは事実。
そういった意味では、完全にホームとはいえ絶対にアーカイブに残ると分かっているので地味に気の抜けない仕事だとは常々思っているのだけれど。

「みゅうさん入りまーす。よろしくお願いします」
「おはよ! よろしくお願いします」

フードコートでの逢瀬からは約半年が経過し、時系列にすると慶人は高校二年生の十七歳になったばかりで、恋はというとデビューから三年ちょっと、ようやく成人を迎えての下積みの真っ最中だった。
この頃の恋にとっての晴祝慶人とはいくらマツリと仲が良いとは言えど、ここ半年間での交流は一度もなかったし数多いる事務所のアンダー生の一人という認識でしかなく、多忙な一日の合間に浮上してくるほど大きな存在感とは言い難かった。
確かに、覚えている限りでは熱心なファン活動からの挑戦心に心が喜んだ記憶があるのも間違いないのだけれどまあ言ってしまえば“それだけ”。
たまに思い出したようにマツリが話題に出すこともあったが今までにも望幸恋の知名度にあやかろうとしてみゅう好きを名乗りキャラ立てしようとする後輩などごまんといたし、事務所の先輩の名前を出してそれら周辺の恩恵に授かろうとするいわば戦略なわけで。
無論、それはちっとも悪いことじゃない。向上心も野心も裏を返せばこの世界でやっていこうとする気持ちの強いあらわれだと思うし、こんな微妙な知名度の先輩で不甲斐もないが、利用したければ大いに結構。どんどん踏み台にしたらいいと思っていた。
恋はこの世界における自分の立ち位置をよくよく心得ているつもりだった。子役時代に良い思い出はないが、様々な人との様々な距離の取り方、立ち居振る舞いを経験してきた自負もある。今だって無名の売れていない部類のパフォーマーだけれど、それでもコネクションを障害にしてこの立ち位置より下で喘ぐ人達をこの数年ですら山ほど見てきた。
だから烏滸がましくもこちらから与えてやれるチャンスは平等に与えることにしている。それこそ、取り入ろうとする人になら、誰にでも。
つまり、晴祝慶人というアンダー生という存在などまたその一端に過ぎないのだと、そう本気で悪びれなく思っていたのだった。

「……ん~……?」
「ツアー完走お疲れさまでした~。めっちゃ久しぶりですよね~」
「おー。ダイちゃん久しぶり。ありがとありがと……」

とは言え、頻繫にゲスト出演しているわけでもないのでルールも多少変更はされてはいるのだろうが、確か前回の記憶が正しければクイズの回答者であるアンダー生は数人で一つのグループとなっていたはず。否、確かに三つある回答ブースには四人組のグループが二組と、なぜかハレと名札のつけられた晴祝慶人が一人で座らされているのを見て首を傾げる。進行役の日光大哉をちらっと見たがつまらなさそうに手元の台本をぺらぺらとやっているだけなので特段なんの違和感も感じていないのだろう。ちょっと顔を寄せて囁く。

「ねえ……あれなに?」

 すると、視線の先を見つめた大哉からはさもあっけらかんと「何って。みゅうさんのオタクじゃないっすか」と返ってきて余計困惑した。

「エ? てか何で一人?」
「あ~~、みゅうさんハレ初めてか! えもいっすね。もう当たり前の光景過ぎて何の違和感もなかった。彼は自他共に認めるやばめのみゅうオタクでキャラ立てにきてるんで、素直に存分に気持ち悪がってやってくださいね。実際めちゃ気持ち悪いんで! 今日の撮れ高全部それにかかってるんでよろしくお願いしますよ~~」
「……ええっ……!? 前会ったことあるけど……そんなキャラ濃かったかなあ? てかワタシ、こうみえて一応ここではスーパースターのつもりなのだけれどまさかネタにされるのかな……?」
「顔良なのにいじりやすくして頂いて毎度助かっておりまーーす!」
「……すん。助かってるなら良かったヨ……」

 一応グループ内での扱われ方としては初期からこのポジションに徹していて、たまのバラエティーに行くと決まればどれほどクールな面をしていても空気を察したら面白いことだって言わなくちゃいけない。冗談は別に苦手に思っているつもりもなかったけれど、キャラじゃないとかで滑ると流石に恥ずかしいし、それを回避するために日々こうやっていじられキャラとしての側面を持つようにもこちとら必死に努力しているわけで。
 ならば晴祝慶人とて内輪の番組とは言え“みゅうオタク”としてキャラ立てし仮にも認められているというからには彼なりに頑張っていることに違いはないのだろう。
けれど、今のところフードコートで喋った印象では言うほど劇物の片鱗はなかったし、お世辞にもトークが売りだとは思えない。どれほど贔屓目に見てもあの会話からは想定の範疇を超えるような言動や働きを期待する気には到底なれなかった。

「なるほどー。了解」

だとすれば、もしか所謂“コネクション”が既に彼の背景にはあって事務所として晴祝慶人を前面に売り出したい理由でもあるのかもしれないなと、大方今日の自分の役割についてを理解したつもりで本番に挑むことにした。
 が、ふたを開けてみればこの一見地味な晴祝慶人というアンダー生が、なかなか想像のはるか斜め上空を縦横無尽に駆け巡る大変な癖物だったわけで。


Q、望幸恋が初めて転んだステージは?
「ねえもうネタなくなってない? 数えるほど転んでますかね俺?」
「いよっしゃ! はいはいはい! 二〇〇六年八月三十日代官山ビスチュラでのディナーコンサートナイトタイム五曲目ボイジャー内「ないんだ」のとこです! 転倒っていうかちょっと段差につまずいただけですけどねっ!? 照れてる顔めっちゃ好きです!」
「いやタイム……! てか詳しすぎて怖いのよこの子さっきから回答が。なんなの? とりあえず収録終わったら一回楽屋きて」
「あ、う、すみませ、お怪我がなくてとってもよかったです……」
「はい、正解よりも正解です! 流石ハレの独壇場! あまりの詳細を晒されみゅうさんの顔が引き攣ったのを見逃さなかったのでリプレイ!」
「えー! ありがとうございます!」
「すんな! 喜ぶな!」

Q、望幸恋の最新の視力は?
「はい簡単。右コンタクト強制で1.2、左も同じく1.2です」
「ターーイムッ! カン、タン……? 何で知ってんの? どこソース? こわっ」
「因みに裸眼は最新情報が大分古く……左右共に判定Cだったかと思いますが……」
「裸眼の最新情報って何っ、怖すぎて泣きそう……Cだけどもさ……」
「はい正解~! さすがのみゅうさんも涙目です。気持ち悪いよね~~心中お察しいたします……♡」
「てか一応、一応ね。あ、ダメならカットしてね。ストー●ー的なことしてないよね? ね?」
「もちろん! 犯罪なのでしてません! 全て雑誌やブログ、SNSの公開情報です!」
「俺裸眼の視力なんてどこで公開したあ?」

Q、望幸恋の決め台詞は?
「ん? タイムタイム。待って、俺に決め台詞などない」
「ん~え~??? 難しいなあ……」
「おっと、ハレが珍しく即答できない! が、他チームのボタンも光らない! 回答の検討つかずか!?」
「んっはは。まあ無いですからねボクに決め台詞は」
「いちかばちか……はい!」
「おおっ! さすがは晴祝慶人、本人の前とは思えぬオタク根性!」
「えいやないからハレイワ。ないの。不正解だよ」
「えっ……いや一応……バッヂかかってるんで……〝どうかこの愛がいつも見ていてくれる皆に届きますように〟……?」
「……ハン、タイムゥ……ナニソレヤメテヨオ……///////////」
「おっと、みゅうが耳まで真っ赤に!? しかしこれはブブー! 晴祝慶人本日ラストの問題でまさかの不正解! 正解は〝俺をちゃんと見ててください〟だそうです! ざま~~~~」
「ヤ、ヤメテヨ~~~! てかライブでの発言は違うじゃん! 決めゼリフとかじゃなくね?!?! ハズカシイヨ……!!!!」
「うあっううううう、うううう、そんなあっ、最初の挨拶か最後の挨拶かの違いだしなんなら絶対俺のやつの方が回数は言ってんですけどおっっ、ぐやじいいいいっっモノ申すううううっマスターバッヂ欲しかったああああっ」
「もうさ、あげて良くない? どう考えてもマスターしてっからこいつ。公認。認めます。俺マスターだよハレイワくん。よく勉強してるわほんと」
「クッ……いいえ、例えみゅうさんの申し出であってもそんなズルをするわけにはいきません……俺は正々堂々と公的にマスターバッヂを手に入れますのでお気遣いなく……次こそは必ず、絶対にやってみせますから……」
「いやそこはありがたく受け取れ!」


これはほんの一部を抜粋した場面に過ぎないが、本当に最初から最後までこの調子で視聴者が求める以上の完璧をみちみちに埋めてくれる知識の豊富さ(※みゅう限定)は勿論のこと、この実にこなれた絶妙なバラエティ適応能力には正直驚嘆せざるを得なかった。
本当によく勉強したなと思ったしキャラ立ちのためとは言えこんなにあほみたいに細部までもを観察してくれたのかと思うと感動すら覚えるレベルで、もうなんというかとりあえず晴祝慶人というタレント性をめちゃくちゃ好きになってしまった。
因みにこの回はというと事務所全体で見てもファン層の厚い望幸恋の登場回というのも相俟ってか、公開当初からSNSで広く拡散され大きく話題を呼んだ。
 実際、この動画を機に晴祝慶人に興味を持ったという人は少なくなかったしキャラクターの確立という観点なら大成功、アンダー生という括りの中では断トツに知名度が上がったのもこの時期からだった。
 何を隠そう恋自身、これを境に少しずつ晴祝慶人という吸引力に捕まって目も手も少しですら離したくなくなったのは紛れもない事実だったから。

「いよぅし晴祝。ちょっと外いこ~か~~。大哉すまん、また今度誘うから」
「!?!?! えっ、えっっごめんなさっすみませn」
「いえいえ。てか歴史的瞬間すね。推しに拉致されて白目剥いてるオタク」
「ダ、だ大哉さんんッッいつも通りでいいって言ったじゃないですかああああ」
「うん言ったあ。でも誰も身の安全は約束してねえんだよなあ。詰めが甘いなあ」
「何よ、怖いのおれが。推しなのに? うん?」
「ぢがいしごわいでずううううううああああああああ」

 こうして興奮冷めやらぬのまま人目も憚らずに収録終わりの晴祝慶人を拘束し、事務所から出て十秒ちょっとの行きつけの飯屋に強制連行、そこで初めて自分の脳直過ぎる行動に少し我に返ることができた。
元より晴祝慶人を誘うつもりは全くなかったので、予め声をかけておいたマツリが驚いた顔でぱっと笑った。

「あれ!? なに、なんで一緒に来たの~!?」
「……。晴祝慶人くんが俺のことすっごい好きだからファンサしとこうと思って」
「えっなにそれ今更だしキモい……ハレちゃん大丈夫? なんかこの人キツイね」
「ちょ待って、傷つく、俺それすごいイヤ……」
「ハアハア、無理、すいませ、俺この空間無理かもしれないです、帰りたいです、、、」
「エっごめ……」
「あはははははは!!!!! めっちゃ拒絶されててウケる!!!!!!! まあ座って! どしたのよハレちゃんっっ」
「うう~……だって、いや、さすがに本人の前ではダメだったかなっッてっっ……いまさらっっ、あ、胃がいたいっ」

 マツリにそう問われてテーブルの一点を見つめ固くなったままやっとぼそぼそと喋り出す姿は先程独壇場のオンステージを繰り広げた晴祝慶人とはまるで別人の様。もしやカメラを向けられて本領を発揮するタイプなのかと黙ってその様子を観察してみる。

「やりすぎたかなって……今更ですがすごいはんせいしておりまして……すみませんでした……」
「ぶわははっ! なにっ一体何やらかしたのっ」
「……コルガバの収録が……俺調子乗ってたよなって……」
「あ、え、コルガバ撮ってたんだ!? みゅうくんゲストで!? やば、えも~! なにどうだったの? 一緒にお仕事した感想は!?」
「え? ……わかんない……おれはあまりきおくがない……」
「は……!? 思い出して! みゅうくんとクイズ楽しかったでしょ!? いつもみたいにみゅうオタク披露したんでしょ!?」
「い、い、いつもみたいにい……? わかんない、おれもう普段何にも意識してないんだと思う……遊び感覚で仕事してんのかもしんない、やばい、ほんと怖い……」
「え~~?!?! いやでもまあハレちゃんにとってみゅうオタクであることって素だもんねえ……そう言われちゃうとなんとも言えないよ俺……」

 どうやらマツリとならよく喋るようなので、しばらくその会話を黙って聞いていると何やら真剣なトーンでしかも二人で悩み始めたのを見てさすがに割って入る。
 そもそもどういう心境なのかさっぱり分からないので上手い折衝なのかは微塵も分からないのだけれど。

「ごほん、え~、あの~、そんなテンションで来られるとアレなんだけど、俺は楽しかったですよ~~……ハレイワくん良かったと思うけどね~~……?」
「急に他人行儀すぎ。どした? この前はすごい好き好きしてたくせに」
「え、いや、まああれ以来だし……。てか何で落ち込んでのか分かんないんだけど……」
「ほんとニブチンだなみゅうくんは。公私混同ってやつだよ。仕事として携われてたかってとこで葛藤してんのハレちゃんは!」
「え……? じゃあ逆に聞くけど、仕事だとしたらあれ以上どうなんの? みゅうオタクとしてキャラ立ててやってんなら大正解なんじゃないの……? 知らないけど……」

 公私混同と言われてますます何を論じているのか分からなくて困惑していると、晴祝慶人がおずおずと目線を上げて小さく呟く。

「そもそもキャラ立ってますかね……? ってご本人様に聞くのも忍びないですが……」
「そこ!? 立ちすぎて誰も何も言えてなかったじゃん。雑誌とか露出くまなくチェックすんのも活動してたら限界あるだろうにさ。あそこまで完璧に詰められたら誰も適わないって思うだろうけどね。……いや、ありがたいって意味でだよもちろん……」
「……」

 ようやく目を合わせて喋れたと思ったのに、すぐに黙って俯いてしまうのを見ていよいよ訝しく感じてしまう。何がどう嚙み合っていないのか分からずに思わずマツリを見ると何故だかマツリもウーン、と困った声で唸る。

「ん~、……みゅうくん、それ認識間違ってるよね~……」
「え?」
「これ俺が言っていいのか? ハレちゃん、みゅうくんのこと本当に好きなのね。詰めるとかじゃなくて純粋にみゅうくんの活動が大好きでチェックしてるんだよ~ん……」
「まじでぎもぐでずいまぜん……」
「……な、なに、ごめん、わかんない……」
「え~? うーん、だからあ、ハレちゃんがみゅうオタクなのはキャラじゃないってことだよ。作ってないの。素なの。ハレちゃんはあれが特技なの。みゅうくんのことなら何だって知ってたいだけなの。でもね、それとはまったく別の気持ちのところで憧れてもいてただただ純粋にお仕事で携われたらそれで幸せなんだって。この人にキャラ立ちも計算もないの。もう意味わかるでしょ?」

 そう言われて物凄く肩身の狭そうにして俯いている晴祝慶人にもう一度目を向けた瞬間、意図せず腹の奥底からものすごいむずむずが沸き上がってきて妙な気持ちになる。
 キャラじゃない。つまり素であれほどの執着を抱えている。なのに対面してやらしくもしない。出来ないのか。寧ろ眩しいと遠ざかろうとさえする。見ているだけで満足。だけど誰よりも理解したい。活動の前途。生き方。嗜好。好きなものは、嫌いなものは、身長、体重、それこそ視力、それはもう即ちただの重度のファン心理。それも、間違えたらとても危険な方の。
 そこまで思ってから、純粋に“好きだから”という理由で同じ場所に立ちたいと言った、否、言えた言葉の裏腹な無垢さがこの繊細なハートにぶすりと深々突き刺さる気持ちよさをため息で堪える。

「ええ、えー……それ、俺の前で言うぅ?」
「だから言ったじゃん。俺が言っていいのかなって。引いたの?」
「……馬鹿お前、引けねえよ、……推すわ逆に……こんなピュアに執着と憧れ切り離せる生き物いんのな……」
「は、キm、……表現やばくない……?」

これまでだって何度も他者からの様々な愛を受け止めてその度丁寧に飲み込んで応じてきた自負のある恋にとって、この清らかな美しい執着心とは未知の感覚だった。
 あまりに綺麗すぎて気軽に飲み込んだら恐らく危険。なぜならそれ以外で満足できなくなるかもしれないからだ。そこにあるのに押し付けられていないからかどこか物足りなさすら錯覚してしまう。求めたら最後。晴祝慶人はこちらが欲しいと言った瞬間すぐに喜び勇んで与えてくれるだろう。純粋無垢でなんの穢れもない真っ新な愛情をいつでも、その場で、あたたかいままに。
 一生好きでいるという言葉がこれほどリアルに腑に落ちたのは初めてだった。そして、そんな妄言を一瞬で信頼してしまうほど晴祝慶人という人の在り方に文字通り落とされてしまった瞬間でもあった。

「なに、面白い展開じゃ~ん! 変態同士で相性はいいと思ってたけど~~。ハレちゃん、良かったね。両想いおめでと」
「あ~~~~承認欲求の満足度マックスなんだけど俺今。俺に推しができる日が来るとは~~……てかこれがさ、沼ってやつなの……ある日突然的なさ……恋じゃん……まったく恐ろしいなも~……」
「えっ言い方さっきからマジでやばい! やめなよ! まさか推しに推される日がくるとは思ってないよねハレちゃんも~。恋とか言ってキツイね! 引いていんだよ~~??」
「…………」
「マジで引いてるっ俺もう一生離さないからなっ晴祝慶人っ……」

 浮かれているのだと自分でハッキリと分かっていたが、どうにも制御がきかないので茶化すようにそう言うと、晴祝慶人は物凄く暗鬱な顔で一度だけ小さくこくんと頷いただけで少し焦る。
 もう心境はすこぶる理解出来る。本来、ファン心理をもって好きな人と一緒にいる空間とは驚くほど神経を使うものだとも分かっているつもりだ。憧れ、緊張、嬉しいけど逃げだしたい、どれもがちょっとずつ入り混じった大変複雑な感情。
 元より、自分を好きだと言ってくれる人なのだから傷つけたいわけでも苦しませたいわけでもないが、恋にはもう晴祝慶人が隣にいない世界線など見えていなかった。
一体どうしたら自分の隣にいるのが超超自然的な日常に最速でなってくれるのかと頭をフル回転させて考える。

「……え、あのさ、畏まるのやめよ! これからも飯行こうって言ったら来てくれるよね?」
「も、もちろん……お誘いいただけるだけで光栄なので……恐縮ですが……」
「畏まるの……やめよ……じゃ好きな食い物なに?? まだ飲めないよね?」
「えっなんでも嬉しいです……ほんとにほんとにお気遣いなくっ……」
「…………畏まるのやめろ……」
「……はい、っっずみばぜんっ……」

 他者の深い部分をもっと早く知りたいだなんてとんでもなく慣れないことをしているせいか、慶人の挙動がどんどん委縮していくのが分かって頭を抱える。
とうとう互いに閉口してしどろもどろになったのを見て、マツリがおかしそうに吹き出した。

「ぶふ、最高の絵面なんだけどっ……ほんと分かってないよねみゅうくんてば。ハレちゃんはみゅうくんにしか興味ないって時点で利害は一致してるのにこんなの簡単なことじゃん。ハレちゃん、直近のみゅうくんの好きなスチール何?」
「……そんなの、誰が何と言おうと断然ミクロチョコのパケ……」
「あ、あれ可愛いよね♪」
「可愛いし綺麗だし非の打ち所がない……チョコ不味いって不評だけど牛乳にとかせばイケるから皆もっと買って欲しい……」
「ライフハック編み出してる……。それアカウントで言ってみなよ~。そしたら少しは売れ行き良くなるかもよ? 気づきはさっさと共有して教えてあげなきゃ」
「誰が俺のアカウント見んだよっみゅうさんの投稿にいいね押すだけで手一杯だわっ」
「ねえアカウント持ってんだ。フォロワーゼロじゃないんだったら告知は大事だぞ~。フォローしていい?」

 そりゃあマツリにとっては晴祝慶人の喜ぶ話題をふるのなど簡単なことかもしれないが、みゅう関連の話題を自分から言い出すのはさすがに頭がおかしい。楽しそうに続いた会話にちょっとだけ嫉妬しながら聞いていたが、やっと口を挟めそうな流れになってきたのですかさず割って入る。
 するとマツリが声を出さずににやっと笑ったのが分かった。同時にハレの顔が引き攣る。

「え、やめて、ください、……いつか、きっと、ステージに立たせて、頂きますので……そのときには、ぜ、ひ、」
「…………んなんでえええ……待てないぃ……それもう俺のこと嫌いじゃんっ……てかマツリとばっかいちゃいちゃしてつらい、俺とももっと仲良くしろよ……」

 間髪入れずに断られてさすがに心が折れた。手を叩いて笑いだすマツリの声にイラっとしたのでテーブルに突っ伏したままもはや本気で拗ねていると、カシャリとカメラの音がして渋々顔をあげる。

「盗撮やめろこのやろー……」
「ねえ~~相手にされなくて拗ねてるみゅうくんとかめちゃ貴重だからあげちゃお~! ハレイワ塩対応なう」
「っっっやめて!!!!!!!!!!!!!!!!!! 俺といる痕跡残さないで!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「な あ お い わ ざ と だ よ な ?」
「ち、違う違うっちがいますっ……! 俺みたいな凡人とつるんでるって思われたらみゅうさん馬鹿だって思われちゃいますからっっっ……! せめていっぱしにデビューしてからそういうのしてほしいっていうかっっ……!!!!!」
「あ~~~~~? うるせえ、そんなん待てねえよ。じゃあ今すぐしろデビュー。この前言っただろ三秒後の未来にすら確信はねえんだぞって。なんかむついてきたっ。もう俺があげる。全世界に俺の推しだって知らしめてやんよ! マアも入れ。321」
「ぐぇッ」「いえ~~い♪」

 咄嗟にテーブルの下に隠れようとしたハレの身体をマツリが勢いよく引き寄せたものだからなにやら残像のように顔がぶれて誰だかわからないホラーな写真が一枚撮れた。
 仕方がないが問答無用で「推しと飯です」と勢いで投稿ボタンを押すと、ものの数秒であっという間に世界へ拡散されていく様を見てやっと少しだけ満足できた。

「へっへ~。俺を振り回した罰じゃ~マウント完了~」
「ああああ……」
「マウントなのかよ。これじゃ誰だか分かんないじゃん」

 すぐに来た通知はマツリからの返信でメンションだけが三つ連なっていた。勿論、ひとつは望幸恋、ひとつは門出マツリだし、最後のひとつにはちゃんと晴祝慶人と書かれていた。

「ねえマアあああああっっ」
「改めてハレちゃんぶれすぎ! 心霊写真じゃんっ!笑」
「あああすげーーフォローきたああああさいあくだああああああ」
「俺もフォローしよ」
「うわあああああああああああああ」
「ハレちゃんうるっさい」

 マツリにどつかれて口を噤むも青い顔で真剣に画面を見つめる慶人を少しだけ気の毒にも思ったが仕方がない。これからもっと注目されていくのだからこのぐらい慣れてもらわないと困ると開き直ると、やっといつもの調子に戻れたような気がしてメニュー表を広げる。

「好きなの頼みな~腹いっぱい食わせたろ~~」
「わーい♬ハレちゃん何飲む??」
「マツリと同じので……」
「じゃ俺もハレちゃんと同じの!」
「おい優しくしろマジでお前」

 欲しい物を手にした充足感で束の間気分よくしていたのだが、ふと先ほどの投稿についたコメントが気になってスマートフォンを取り出す。
果たしてこの世界に突如出現した晴祝慶人に対して皆どんな反応をするだろうかと心なしわくわくしていた。トップ画面を開き最新投稿をタップすると連なるコメントの一番上、即ち最も見られているはずの文面には「やっと繋がった。嬉しい」とそれだけが朴訥と書かれていて一瞬、全ての時が止まる。

「も~烏龍茶とかそこらへんで飲めるじゃん。このなんか変なのにしようよ」
「マツリはそれね。俺はじゃあ烏龍茶で」
「俺と一緒のやつって言ったじゃん!!!」
「パクチーすももショコラの破滅感よ」

 その下にも延々と連なるとてもたくさんの言葉、言葉、言葉。わざと拾っているわけじゃ決してないのに目から入って心の奥にまで届くものは全て「ハレくんやったね」だの「推しが推しとついに」だのとどう見てもこの関係性を待ち望んでいたものばかりだった。

アンダーの中では目立ってたし、これから楽しみ

 ついにそんな高飛車な一文が目に入ってしまって、いよいよ心の底から面白くない気分になる。
 こんなに誰もが知るほどみゅう好きで目立っていたはずなのに、よりによって本人である自分が今更存在を知ったというどう頑張っても覆せない事実。しかも、自分からその醜態を世界にひけらかした挙句がこのざまだ。
それは、晴祝慶人という存在の持つ確信的な魅力の部分についてを自分よりも先に見つけ暴き認めた人間が既にこれほどたくさんいたという事実を目の当たりにしてショックを受けたのに違いなかった。ただただそれがめちゃくちゃ不愉快で面白くない、いわばそれだけのことでもある。
 同時に、晴祝慶人はこの先多くの人に愛され支持される素質があるのだと素直に直感した。デビューして露出が増えればきっと今よりもっともっとたくさんの真剣なファンがつくだろう。
そして例えば、それらの愛情に心をいっぱいに満たされて芸能活動を始めたきっかけなんてどうだって良くなってしまったら。
或いは、愛情への応答に手一杯になってこの重たすぎる感情自体が邪魔になってしまったなら。
当然それらはこの世界で仕事をするうえではものすごくいいことで、売れたらそれなりにリアリティのある心の移りゆきだと自分で理解もできる。でも。
でも、それでも。

「晴祝、俺になんか返信してよ。寂しいんだけど」
「こ、これ以上おれの胃をくるしめるんですかみゅうさん、吐きそうなんですけど」
「だって寂しいんだもん。俺だけ舞い上がってるみたいじゃん。何でもいいから。はやくー。いまーー」
「ううう、うぐうううう……」

 明日はどうか知らない。その先のことなどもっと分からない。でも、少なくとも今、今この瞬間は、晴祝慶人は望幸恋に執着し夢中でいるのだとこの言葉達に牽制し見せつけたくて堪らない気持ちで狂いそうになる。これからこの言葉達が知らない“ハレ”を今から隣でたくさん見ていく。だから、今まで君たちがどれほどこいつを見てきたのかは知らない、知ったこっちゃないが、これからは俺が一番最初に本当の晴祝慶人の気持ちを知っていく、その権利があるのだとどうしても知らしめたくて堪らない。

「…………」

 どす黒く渦巻く欲の胸中で、待ちわびた返事の通知に目をやると「恐縮です。一生ついていきます」と大袈裟な本心があることに愉悦の境地を感じないでいることの方が難しかった。同時に、一気に冷静にもなる。
 いつの間にか手に汗をかきながら必死になって晴祝慶人の懐を探ろうとしている自分にびっくりして密かに引く。見ろ、と内なる自分が吐き捨てる。見てみろ。愛と執着ならこれほど簡単に同時に持てる。けれど、切り離すのは無論不可能。だって両方が生まれた時からびったりと癒着している。愛しているならそれはどんな形であろうと執着心なのだ。割れたワイングラス、嫌いな酒と甘ったるい香水の匂いが脳裏に充満し吐きそうになる。
よもや推しが出来るどころか、他所のファンにこれほど醜く嫉妬する日が来ようとは一ミリも想像していなかった。他人に夢中になるなんて長い間忘れていた経験過ぎてこんなにすんなりと他者との信頼の境界線を越えてしまえた事実を恐ろしくも感じている。
 執心は人の心には間違いなく劇物。見て、触れて、感じて知っているはずなのにいつまで経っても埋まらない空っぽの心臓が強欲にも晴祝慶人を指さしてこの人に無条件に愛されたいと泣き喚いた。率直に怖い。こんな狂気的な感情を自分が抱こうとしているのがとても。

「みゅうさん」

 急に呼ばれて咄嗟に顔を上げると、存外落ち着いたのか真剣な表情の晴祝慶人がそこに居て余計に焦った。自慢じゃないが思ったことは割と分かりやすく顔に出てしまうタイプなので平静を繕おうとして思わず目を伏せる。

「ん?」
「何飲まれますか?」
「え」
「え?」
「ふふ」

 無意味な緊張感に拍子抜けしたその瞬間、マツリだけがせせら笑ったのに頬が引き攣る。きっと見る人が見たら自分の考えていることなど駄々洩れなのだと敏感に察して感情を押し殺そうとぐっと唇を強く噛む。

「……」

分かっているのでマツリの方は見ないまま、ヨシトさんとおんなじの、とどうやったって抗えそうもないエゴイズムを嘆息交じりに小さく呟いたのだった。






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