Special Thriller Night !
「シンドリー、早歩きだけど大丈夫か? ヒール履くのは慣れてるんだっけ 」
「えぇ、大丈夫。今日はいつもより太いヒールだから寧ろ歩きやすい」
大通りから少し逸れた街道をペローナとシンドリーは歩いている。いつもは疎らに通行人がいる買い物通りだが、今日は仮装した人々があちこちにたむろしていた。
人混みはまさにお祭り騒ぎで、それに合わせていると進みたい方向へはちっとも行けない。だから二人の足取りは自然と速くなっていた。
見渡す範囲では、道沿いの店が飾っているお化けカボチャのランタンと記念撮影する者や、酔っ払って悪騒ぎを起こしそうな赤い顔のグループもいる。皆思いのままに仮装した姿なので、ペローナとシンドリーが着ている豪華なゴス衣装はそこまで目立たなかった。時折すれ違う人がチラリと盗み見する程度で、行き交う人々はお祭り騒ぎへすぐ呑まれていく。
ペローナは丸い瞳をキョロキョロ動かして、通行人とぶつからないように確認しながら歩いていく。そして時々片手に持ったスマホをチェックする。隣のシンドリーは姿勢良く歩く。二人が向かう先は女子だけで貸切されたカフェだ。そこではきっと楽しいパーティーがすでに始まっている。ペローナの瞳がまた忙しげに動いた。丁字路に差しかかり率先して左の道へ進んだ。彼女の頭の中ではカフェへの最短ルートが示されている。
「ア! しまった、ここってあの通りじゃん。 チェッ、面倒くせぇな……」
「どうしたの、あの通りって何?」
ペローナは角を曲がって道を見た途端に文句を口走った。逸る足はピタリと止まって唇が不満気に尖っている。それを見たシンドリーは無表情でペローナへ問いかけた。
「ここら辺はナンパ通りなんだよ。目立たない通りだけど、声かけてくる野郎がいるって。今日みたいなイベントの日は特にヤバイってモリア様が教えてくれてたのに~……すっかり忘れてた!」
「じゃあ違う道にしたら良い」
「そうしたらパーティーに遅れる! この道が近道なんだよ。う~ッ、門限もあるし遠回りはしたくねぇ……」
二人は道角で立ち止まり向き合って喋った。視界の端では"ナンパ通り"が見える。今までのお祭り騒ぎの通りとは、どことなく違う雰囲気だった。男女のグループが仲良く喋って騒ぐ傍で、少し困った風な顔をする女子たちへ喋り続けている男子がいる。おまけに厄介そうなのが、周りを物色するような目で見ている男子だけのグループだった。ペローナとシンドリーは極力そっちの方へ目を合わせないようにした。
「……よし! しょうがない。こういうときの必殺技使うか!」
眉を下げていたペローナが一転してキリッとした表情に変わった。次いで鞄からコンパクトな棒を取り出すとスマホに装着させる。スマホを操作する指は画面を走り、何やらアプリを起動させた。シンドリーはただ隣でその様子を見ている。表情は言わずもがなクールだ。
「えっと、角度はこれでOKかな……うん。今から歩きながら配信始めるぞ!」
スマホに装着した棒を適当な長さに調整して、自撮りの角度にするとペローナは元気良く宣言した。スマホの画面は彼女が使っているSNSのライブ配信用の枠組みが作動していた。ペローナが歩き出すとシンドリーは無言で着いて行った。
「ホロホロ、ペローナ様の突発インライだぞ~。シンドリーも居るからな、没人形たち! 早く集まれ!」
ペローナは自身の少し前にあるスマホの画面へ話しかける。シンドリーの名前を出すと横目で視線を投げて、それを受け取ったシンドリーが手をヒラリと無愛想に振ってみせた。
『嬉しい 今日ライブも見に行きました』
『インライ助かる』
『来たよ~! 二人ともめちゃくちゃビジュ良い……』
『早速オーブ飛んでますね』
『シンドリーちゃん傷メイク似合うね 』
配信画面にはファンたちのコメントが続々と現れ出した。ペローナは流れるそれらへ適度に反応しつつ、ナンパ通りをどんどん進んでいった。『今日のオーブ流石にデカイ』コメントを見たシンドリーが自分たちの上空を見たが、何も無かった。
「今日のライブのセトリ何? って、そう簡単に教えてやんねーよ。ちゃんと見に来い! あ、この衣装かわいい? デザインは私の監修だからな、当たり前だろ♡ん? ラップ音? ホロホロ、いつもの事だ!」
ペローナはテンポ良くコメントを読み上げて配信を続ける。シンドリーは時折書かれる自分の名前を見ると機械的に手を振って応えた。
そうやって歩き進む二人の空間は周りを遮断しているようで、誰も入る隙は無かった。二人へ声をかけようとした男子が軒並み止めて、もどかしそうな視線だけを注いでいった。二人は難なく通りを進んでいく。
「ね! 二人とも有名人?! チョーかわいいんだけど。ゴスロリモデル?」
突然一人の男がペローナとシンドリーへ声をかけてきた。その男の仲間と思しき数人の男がすぐそばでニヤついている。二人は男のことを一瞥だけして、変わらず前を見て歩いた。男は二人の背後に着いて行く。
「配信してんじゃん! やっぱ有名人しょ? 俺ら面白い事すっから映さない――……!?」
二人の後を食い下がり、やや強引にペローナのスマホを覗き込んだ男の顔色が急に変わった。調子良く笑っていた口元が下がって震え出す。そして怯えながら自分の背後を何度も振り返る動作をし始めた。「目が合った、透けてる何かと、目が」真っ青な顔でそう呟きながら、男はフラフラと何処かへ消えていった。
「よし、ここら辺で配信終わるか。ホロホロ、ハロウィンだからな、いつもより特別だったろ? 見れたヤツはラッキーかもな。じゃ、バイバーイ!」
丁度ナンパ通りを抜けたタイミングでペローナは配信を終了させた。ファン達のコメントは終了を惜しむ声が半分と『デカいラップ音が、白い影が』というざわついた声が半分で盛り上がっていた。ペローナは何食わぬ顔をしてスマホを鞄へしまう。シンドリーが片眉を少し上げてペローナを見つめた。
「さっきのが"必殺技"?」
「そうだぞ。モリア様がやってみろって言ってたんだ。ホロホロホロ! 効果はバッチリだったよな♪……あ! 見ろ、カフェだ! ヤッタ! 近道も成功!」
ペローナが無邪気に喋りながら指を勢い良く一方へ指し示した。そこには控えめなハロウィンの飾りつけをしているカフェがあった。店前に小さな看板で貸切と掲げられている。ペローナはスキップみたいな弾む歩き方でカフェへ向かった。シンドリーのことは待っていられないようで、あっという間にカフェの入口へ到着する。シンドリーは何気なくペローナの背中を追って見ていた。
すると、カフェへ吸い込まれていくペローナの背後が一瞬白くぼやけた。白い何かは瞬きの合間にふわふわ飛んで消え去る。微風に乗ってホロホロ……という囁き声がシンドリーの耳を擽った。
シンドリーは瞬きを二、三度すると全く表情を変えずに息をひとつ吐いた。そしていつもと変わらず、姿勢良く長い脚を振り切るようにしてカフェへと歩いて行った。
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