Special Thriller Night !


※オリジナル要素の強い現パロです。



 
 ビルの三階にあるライブハウスの非常口は階段になっていて、程よく寂れた鉄筋の雰囲気が休憩する場所としては丁度良い。ホグバックのいる踊り場の隅にはタバコの吸殻が何本か捨ててあった。その小さなゴミは秋の夕暮れの中でぼんやりと映って見えた。
 ホグバックは何も持たずに踊り場の手すりにもたれて、ただぼぅっとしている。ついさっき終わったライブの余韻が抜けなかった。モリアという男にスカウトされて入った『スリラーバーク』というバンドのハロウィンライブだった。

 
「ハロウィンはスリラーバークにとって特別な日だ」と、以前から聞かされていた。バンドのリーダーであるモリアは何気なくそう言っていて、ホグバック自身も特に気負いしないでいた。モリアたちは学生で、プロでもない"特別"なんてたかが知れていると思った。
 けれど、今日のライブは、ホグバックが加入して初めて体験した『スリラーバーク』は、彼も知らない特別だった。

 小さなライブハウスがオバケや蜘蛛の巣で飾り付けられ、焚かれたスモークが緑や紫のライトで怪しく照らされていた。かなり気合いの入った演出に舞台上のホグバックは一瞬惚けた。音響も今まで経験したライブの中で一番良くて客も満員だった。けど何よりも凄かったのは、バンドメンバーの衣装だった。
 まずライブの始まりに、皆は赤黒い飛沫が飛んだ白地の衣装を着ていた。衣装はメンバーの個性に合ったデザインで既製品じゃないと一目で分かる。そして何曲か演奏した後、各メンバーのソロが始まるときに白地の衣装を一瞬で脱ぎ捨てる演出をやった。実は白地の衣装はスナップボタンで留めただけのもので、下に着ていたもう一つの衣装の方がメインだった。スリラーバークらしさの詰まった、漆黒のゴス衣装だ。
 新参のホグバックにも衣装は当然与えられた。ダブル合わせのドクターコート風ジャケットで、背面に上品な黒いファーを着けてあった。他のメンバーもそれぞれに似合う衣装で、客も早着替えの度に歓声をあげていた。そして最後の大取り――センターにいるモリアの番になった時に、客の興奮は最高潮になった。
 
 ツギハギの廃れたパンキッシュな白地の衣装から、漆黒のヴァンパイアのような衣装に変わりモリアは高笑いをした。客からは負けないくらいの黄色い悲鳴があがっていく。スポットライトに当たった衣装は細かな刺繍やたっぷりしたレースやフリルがよく映える。モリアの斜め右に控えるホグバックからも、その豪華さはすぐ分かった。客もメンバーも熱狂の渦の中で頬が紅潮していた。モリアだけがいつも通りに蝋燭のような白い顔で不敵に笑う。ホグバックはただ置いていかれないように演奏するだけだった。


 ――ひと通り思い返しても凄いライブだったなと、漠然とした気持ちでホグバックは浸った。無意識に眺めている視界は非常口の階段から下って、ライブハウス前の通りを映す。そこには通りに留まっている客たちがいた。誰もがライブの熱が冷めないままなのだ。男女問わずこの日のために仮装していて、その頂点がモリアだ。
 ……彼の衣装を筆頭に、スリラーバークの衣装や演出の資金はどうなっているんだろう。ただの学生ではとても用意できない代物だった。
 熱の残るホグバックの頭に、何となく疑問が湧いてきていた。

「あ!    ホグバックお前こんなところに居たのか!    もうすぐ楽屋閉めるってよ。そろそろ撤収の時間だぜ」

 黄昏ていたホグバックのすぐ側の扉が開き、男の大きな声が呼びかけてきた。ドラマーのアブサロムだった。鉄製の扉を片手で開け、もう片方の手には機材の黒い箱を携えている。衣装からラフな格好に着替えていて自慢の筋肉が盛り上がっていた。

「あ、ああ……、スマン」

 ホグバックは少し慌てて踊場から離れた。アブサロムの側に近づくと彼の背後にはまだ機材の箱があった。それを手に持ち二人で階下へ降りていく。
 ホグバックがバンドに加入して程なく気さくに接しているのは彼だ。ライブ中はリアルなライオンのマスクを顔の下半分に着けているが、今は何も着けていない。昔からライオンのようなワイルドで強い男に憧れているらしい。
 二人はライブハウスの搬入口に到着すると自分たちのワゴン車へ荷物を積み始めた。粗方の機材は別の機材車に積み終わっていて、このワゴン車はメンバーの移動用だ。二人は車の後部にそれぞれの荷物を積みこんでいった。

「……なぁ、このバンドって毎回こんな豪華なのか?   おれァもう度肝抜かれちまったよ。衣装も全員用意してて、モリア様は一番キマッててさ。この日のために皆バイトとかしてんのか?」

 ホグバックはアブサロムへ、先ほど浮かんだ疑問を投げかけた。正直、最後の質問だけは真面目に考えてはいない。スリラーバークの面子があくせく働いてるところは全く想像できない。軽口の延長で喋れば、アブサロムは色々喋ってくれる性質かと思ったのだ。

「ワハハ!    バイトなんかしねェさ。衣装はまぁそうだな、ハロウィンの日が一番豪華だな。あ、没人形(マリオ)っていうおいら達の熱狂的なファンの事って教えたっけ?    そいつらがクラファンとか云うので衣装代ぜ~んぶ出してんだよ」

 アブサロムはホグバックの見立て通りに喋ってくれた。車へ荷物を積む作業は片手間で終わらせると、車体へ手を着きリラックスしたポーズをする。ホグバックは聞きなれない没人形という言葉に「マ、マリオ……」と呟くのみだ。

「ま、おいらは細かく把握してないけど、マネージャーのヒルドンっているだろ?    あいつが経理とかしてるってさ」

 ヒルドンはコウモリみたいな見た目の小柄な男で、それこそあくせくと働く。今はライブハウスのオーナーと喋っている最中だろう。バンドの中と外で飛び回る姿をホグバックは薄ら思い浮かべた。

「ちなみに」

 二人のすぐ側をツンと澄ました女の声が唐突に響いた。その声の方を徐に見ると、ピンクの巻き髪がスルリと二人の前を通り過ぎて行く。

「CDのプレス代とか私のかわいいぬいぐるみも、没人形どもが出してくれてるヤツだぞ」

 ゴス衣装を着たペローナがアブサロムたちの元へ現れた。彼女は搬入口から一歩外へ出ると、くるりと身を翻して二人の方を見つめる。正確には、二人の後方からやって来るシンドリーを見ていた。続いてシンドリーが颯爽と歩いてくる。男たちはマイペースな女子軍に少し目を白黒させた。
 ペローナとシンドリーは搬入口から出ると、すぐ横にあるレコード屋のツタの絡まった壁の前で自分たちのツーショットを撮り始めた。二人とも衣装のままで、鬱蒼としたツタの絡まる壁は絶好の背景になっている。ペローナはよく写真を撮る。撮ったものは自分のSNSアカウントかバンドのそれに投稿していて、いつも好評だ。

「あ~、お前らってこのままどっか行くんだったよな?    車はもう荷物とおいら達でいっぱいだから送っていけないけど……大丈夫か?」

 気を取り直したアブサロムがペローナたちの元へ近寄り、撮影が終わったタイミングで話しかけた。ホグバックも何となく着いて行き、シンドリーの方をチラリと盗み見た。彼女は誰に対しても笑わない。
  
「うん、女子だけのハロウィンパーティーに呼ばれててさ、そいつへ行ってくる。歩いて行ける距離だし大丈夫。ホロホロ!    悪ぃなアブサロム、珍しく紳士なエスコートだったけど♪」
「そうじゃなければこんなメイクのまま外になんか出ない」

 ペローナが楽しそうにアブサロムと喋る。アブサロムは口をもごもごさせて視線を泳がせた。"女子だけ"という魅惑のフレーズに動揺しているらしい。
 ペローナの隣のシンドリーは至ってクールな表情で、メイクで出来た顔のツギハギな傷跡を指で撫でている。その様子を見たホグバックは見蕩れてぼぅっとした。
 
 女子二人は会話が終わると、さっさと次のパーティー会場へと出かけて行った。再びアブサロムとホグバックだけになり、手持ち無沙汰な二人はワゴン車の周りを意味もなくブラブラした。

「……そういやモリア様は今どこに居んだ?    楽屋はもう閉まってんだろ」
「あぁ、モリア様ならカイドウと何かバトってたぞ。アイツら次のライブでここ使うらしくてさ、それで打ち合わせに来てたのが偶然モリア様と鉢合わせて、そっからもうバチバチだったぜ」

 ホグバックの問いかけにアブサロムは指で角を出すジェスチャーをしながら返答をした。この場合、モリアとカイドウ両方の角を表しているのだろう。
 モリアは悪魔のような角で、カイドウは龍のような角。いわゆる西洋風のドラゴンではなく、龍なのはカイドウたちのバンドが和風メタルバンドだからだ。モリアの率いるスリラーバークとは似て非なるテイストで、リーダーの二人は対峙するとよく火花を散らしている。

「よォ、テメェら。悪ぃ、待たせたな」

 アブサロムとホグバックがちょうど話終わったタイミングで、話題の当人であるモリアが搬入口へ到着した。彼もカイドウとの悶着がちょうど終わったようだ。
 大股に歩いてゴツいスタッズの付いたブーツが重たそうな音を鳴らす。その後ろからひょっこりと見えたのはマネージャーのヒルドンだった。モリアが二人の元へ近づくとアブサロムとホグバックは自ずと背筋を伸ばした。

「いえ!    おいら達もついさっき来たばかりなんで……ペローナ達は女子二人で違うパーティーに行っちまいましたけど」
「あぁ、知ってる。あのお姫さんにはちゃんと門限もあるから大丈夫だ。よし、じゃあおれ達もとっとと帰るか」

 モリアは喋り終わると後ろに控えるヒルドンに目配せをした。小柄な男は了承したという風に一礼をすると、機材車の方へ向かった。アブサロムとホグバックの前を通る時にも一礼をして、せかせかと進んで行く。
 残る三人は移動用の車に乗りこんで行った。

 運転席にアブサロム、助手席にはホグバックで、後部席にはモリアが座る。モリアは2メートルを超える長身なので、多少余裕のある後部席でもみっしりと詰まる感じになった。必然と長い脚を組んで、窓を開けるとそこから片肘を出した。
 アブサロムの運転する車が先頭になり、一行はライブハウスの裏手から出発した。狭い通りが続くので車はゆっくりと進む。

「そういやぁ、ホグバックよ。お前今日が初ライブだったな。どうだった、スリラーバークは?」

 後部席のモリアが徐にホグバックへ問いかけた。バックミラー越しに二人の目が合い、ホグバックはわずかに身体をビクリと震わせた。

「や、もう、ただスゲェとしか……おれが今までいたバンドでは絶対有り得ないことばかりで……あ、あの、 つまりですね、最高のライブでした!    没人形っていうんですか、アイツらが熱狂するのも分かるっていうか」

 ホグバックは言葉を詰まらせながらも、感じた通りのことを話した。言葉と言葉の継ぎ目でミラー越しにモリアと目を合わせると、モリアは口の端を機嫌良く上げていた。運転するアブサロムも誇らしげな顔をしている。
  
「キシシ!    そうだろう。お前ならそう言うと思ってたぜ。このスリラーバークも、没人形のこともな。ホグバックもいずれ没人形を上手く使って――」

 モリアの語りは途中で切れた。車が角を曲がるためにハンドルを切って、車内が少し揺れたからだ。モリアが話を再開しようと口を開け始める。開けた窓から通りに居る人影が一瞬過ぎ去った。

「え、待ってこの車スリラーバークじゃない?!」
「うそ、あ!  モリア様?!!」
 
 人影はたむろしていた没人形たちだった。自分たちの隣の道路を去っていく車がスリラーバークと分かった途端「モリア様~~~~!!」と車に向かい歓声をあげた。窓を開けていたせいでモリアだけバッチリと姿が見えたようだ。
 歓声を受けたモリアは窓から手を出すと、指で無造作にポーズを作ってみせた。

「キャーーーーッッ♡♡!!!」

 大興奮した黄色い声は車を後押しするような勢いであがった。没人形たちは手がちぎれんばかりに振ってスリラーバークの車を見送る。ホグバックは思わず後ろを振り返った。後部席のモリアは堂々として座り頬杖をついている。

「お前もこんなもんは朝飯前になるさ、期待してる」

 モリアは口の端を釣り上げた独特の笑みを浮かべた。人が悪い顔をして、とても愉快そうにホグバックへ語りかける。ホグバックは唾をゴクリと飲み込み、ただ乾いた笑いをぎこちなく返して見せた。
 

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