転生後家が隣で腐れ縁になった五条&羂索の話2

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「宿儺セーンセー☆」

 久しぶりに足を運んだ母校。目当てのムキムキ教師を発見した私が声をかけると、彼は何故か何かを耐えるような表情をした。
 目をぎゅっと閉じて唇を引き結ぶとか、ちょっと失礼すぎない?
 周囲に居た女子生徒たちが「きゃーっ」てなってくれるのが唯一の救いかな。
 額の傷が目立つから、って前髪を下ろすようにしてから女子たちには大層モテる。まぁ私にはどうでもいいんだけど、傑が気にするから仕方がない。

「何の用だ、卒業生」
「つれないなぁ。ちょっと気になることがあって話聞きたいだけさ」
「……五条悟についてなら、何も言うことはないが」
「それもう言ってるようなモンだけど?」

 あははーと笑うと、宿儺はまた微妙な表情をした。
 五条悟は今年受験生のはずだ。入ってきた当初から成績優秀な上に色々と問題ありな生徒の事を、学校が把握してないわけがない。
 宿儺はひとつ小馬鹿にするような息を吐いてから此方を見ると、

「貴様がアレを気に掛けるとはな」
「気にしてるわけじゃないし。ただ、最近登校してないみたいだから傑が気にしてるだけ」
「気に掛けているではないか」
「私じゃないから」
「まぁどうでもいい。貴様らの事情には興味がない──だが、登校していないのは事実だ」

 なんだよ、教えてくれないなら素直に教えてくれればいいのに。
 なんだかムカついて軽く足を蹴っ飛ばすも、前世と同じように全身筋肉な体育教師はビクともしなかった。
 私の足が痛いだけ。なんでこっちは前世の夏油傑の体格引き継がないかな。ムカつく。
 宿儺はシレッとした顔をしながら二回三回と私の蹴りを受け流し、鬱陶しかったのかドンピシャで額の傷の上にデコピンをかましてきた。
 当たり前だが、前世と違ってここは開かないし脆くもない。けど、一瞬ビビるし単純に痛いからやめて欲しい。

「ただの興味本位なら、五条悟には近付かん方が身のためだ」
「はぁ?」
「貴様は浅薄に奴の事情をただの身体的虐待と思い込んでいるだろうが、そうではない。もっと厄介なものを孕んだ現実だ」

 貴様は家で、五条悟の家族が暴れている音を聞いたことがあるのか?
 宿儺のその言葉に、私は初めて髙羽の術式を見た時のような妙な表情をしてしまった。ただ驚いているだけではない、複雑な感情だ。
 だって実際私は、五条悟の傷が増えた時にだって隣の家がドタバタしている音を聞いたことはない。
 誰かが静かに暴力を振るっている、なんてことだってあるかもしれないけれど、私の部屋は五条悟の家に面しているんだ。多少の音はすぐに分かる。
 あっちの部屋はボロ屋だから、風呂の音とかトイレの水の音とかは聞こえてくるし──
 でも、そうだ。
 話し声を聞いたことは、今までなかったんじゃないか?

「……は?」

 話し声を聞いたことはない。
 風呂やドアの開閉の音だって、静かで小さなものがたまに聞こえるだけ。
 怒鳴り声や殴る音なんてもってのほかだ。
 私はもう、前にやりたいことは全部やってしまったから、今世では髙羽を探しつつ適当に積読消化したりゲームをして過ごせばいいや、なんて思ってた。
 だから傑に誘われない限りはずっと、部屋に居たのに。
 五条悟の帰宅の音は聞いたことがあっても、他の人間が出入りする所を、私は見たことも、聞いたこともないんじゃないのか?

「貴様も知っているはずだ。呪詛とは、呪いとは、自分たちに視えていなくとも永劫消えることはない。人間が存在する限り」

 知ってる。
 そんなのは知ってる。だって私はそれを理解しているから、天に唾を吐いたことなんかはないんだ。
 ただの人間になって、でも額の傷だけはどうしてもついてしまった時、そういうものなんだってちゃんと、理解しているはずだ。
 でもきっと私は、「この世界はこんなものだ」と思っていた。
 〝呪い〟はあれど、視えない自分たちにはもう関係ないんだ、と。
 だからもう、傑も、私も──五条悟だって、呪いには関係のない存在としてうまれてきているんだと。
 五条悟の瞳のあおさには、出会った瞬間から気付いていたのにっ!

「もう一度言う。関わるな。関われば、貴様も夏油傑も、また他人事ではなくなるぞ」
「……君はどうなんだい」
「俺は最初から、ヒトではない」

『いやーお前と違ってかなり真っ当なイキモノじゃない?』
『自分をイキモノとか言ってる時点でまだ人間になれてないよ、君』

 あぁ! クソかよ!!
 もう一度宿儺の足を蹴っ飛ばして、もと来た道を走り出す。
 真っ直ぐ家に向かう方の道じゃなくて、高校へ向かう道だ。自転車で来ればよかった。傑の後ろに乗ればいいやなんて、最近すっかり考えが甘くなっていた。
 高校に戻らずに家に帰ればいいのだって、私はもう知っている。でも、過去の冷静さと回転を取り戻しつつある脳は、宿儺の話を聞いた瞬間に、自分ひとりでは今は何も出来ないということも一瞬で理解出来ていた。
 傑を巻き込むことを、五条悟は好まないだろう。
 でも、傑はきっと巻き込まなければ悲しむ子だ。双子として生まれたんだ、そんなの想像しなくったって分かる。
 特に五条悟が関わっている今、傑は知らなかったことを知ったなら、私や五条悟よりもっと怖いに決まってるんだ。
 
 別に、五条悟を助けたいなんて思わない。
 前世で好き勝手やったツケ。
 私と同じ、自業自得の塊が、五条悟。
 だから別に助けようとか、救おうとか、仲良くしようとか、そんな鼈甲飴みたいなことは一ミリだって考えてはいないんだ。
 ただ傑に教えるだけ。
 それだけだ。


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 呪霊だとか呪術だとか、そういうものを知らない人間は最期まで知るべきではないと、五条悟は思っている。
 前世も今世も変わらずに、知らなくていいものは知らないままの方がいいものだと。
 知らない人の笑える世界を守るのが自分たちの仕事なのだと、幼い頃からそう躾けられてきたからだろう。
 正直、宿儺と戦って死んだあとは「宿儺に申し訳ない」と「全部終わった! 自由だ!」の気持ちだけが五条の中にあった。
 もう頑張らなくていい。
 泣くのを我慢したり、他人の命を天秤の上に乗せたり、誰かを見送ったりしなくってもいい。
 この妄想が、妄想じゃなかったらいい。

 そんな気持ちでいっぱいだったから、目が覚めた時には大層がっかりした。
 アレが妄想なのかどうかも分からないまま、もう一度同じような世界に生まれ直してしまったのだから、がっかりするのも無理はない。
 けれど、今世の五条悟に求められたものは、前世のような〝象徴〟としての姿ではなかった。
 誰にも知られることなく、呪うことしか出来なかった者の無念を受け止めて昇華していく。以前のように退治するのではなくて、受け入れることを求められたのだ。
 だから、術式なんてものはこの世界にはなくって、五条と同じように視ることの出来る存在がただただ消費されていくばかりの世界だった。
 前世より残酷だ。
 そう思っても、対抗する術はないから仕方がない。

 視えるのに、対抗手段がない。
 この世界の術師は、最初から生きようとしていなかったのかと思うと、「バカじゃん?」と言いたくてたまらなかった。
 けれど、それが縛りなのだと気付いた時、五条悟は全てを受け入れた。
 呪霊に対抗する術を放棄する代わりに、呪霊もこちらを殺すことは出来ない縛り。
 つまりは、呪霊を視ることが出来ない人間にとっては、あってもなくても変わらない世界の法則。
 残酷で、優しい世界だ。
 
『必ず迎えに来るから、待っていてくれ』

 ぬいぐるみを差し出しながら、見覚えのあるその人は言った。
 最期に見た姿よりもずっと若いその人は、それでも同じ施設の子どもたちのためにぬいぐるみを作り続けて、最後の自称・最高傑作を五条にくれた。
 幼い子供にとって、自分の上半身よりも大きなぬいぐるみは、可愛いよりも嬉しいだけだった。

 そのぬいぐるみも、一度腕がもげて、その家にあった刺繍糸で不細工に補修しただけだ。
 五条の役目は、施設側が呪霊を溜め込んだ家に住んで、昇華していくこと。
 呪霊がただ「寂しい」「人恋しい」だけならば一緒に暮らしているだけでいいことも多いが、今回の呪霊は大分暴力的でもう身体がもちそうにない。
 硝子が居たらなぁ。
 自分の血が飛んで白い部分が汚れてしまったぬいぐるみを抱き締めて、自分が置いてきてしまった人を思う。
 でもこれが、自分以外に割り振られた仕事じゃなくてよかった。
 部屋の隅にうずくまっている大きな黒い影をぼんやりと見てから、深く長いため息を吐く。
 もう怠くって眠くって。

 五条は外から聞こえてくる甲高い自転車のブレーキ音なんか気付きもしないで、ぬいぐるみを抱き締めて目を閉じた。
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