転生後家が隣で腐れ縁になった五条&羂索の話3

「あーあ、マジで馬鹿な事した。無駄な事した。あまりにも私らしく無さすぎる。マージで愚か愚か」
「兄さんうるさいよ」

 自分でもよく分からない苛つきを足をパタパタさせたりブツブツ言いながら誤魔化していると、傑にピシャリと言われて押し黙る。
 唇をにゅっと突き出して前髪の隙間から不満げに睨みつけるのは、せめてもの意趣返しというやつだ。傑が今手厳しいのは、私がこの小僧の事を知っていたのに相談をしなかった事にあるのだというのは、わかっている。

 五条悟は今、私の部屋のベッドでぐっすりと眠っている。
 なんで私? と思ったけれど、万が一の想定をすると傑の部屋で寝かせるわけにもいかない。
 まして、元居た施設に戻すなんてことは絶対に傑はよしとしないだろう。
 人間が呪術師とも言える人間に関わって良いことなんか一個もないのに、どうして傑は学習しないんだろう。
 前世だって、呪術師になんかならなければ私に肉体を利用される事だってなかったのにねぇ?

 五条悟は、結局5日間ほど入院をした。
 傑を回収してから一緒に隣家に乗り込んで、近場にある総合病院に連れ込んだその結果だ。
 診断結果はただの「栄養失調」で、怪我については何も言われなかったのが薄気味悪い。しかも入院費も、治療費も、なにもとられなかった。
 五条悟の事をまるで自分のことのように心配していた傑は、何も請求されなかった事についても入院した部屋がやけに豪華な個室だったことにも変な顔をしていて、
 
「彼の名前を言ったら、あぁそれなら、みたいな感じだった……」
「あ、そ。ラッキーじゃない」
「本当にラッキーだと思っている? だってこんなの、変じゃないか」

 変かな、と言うと、傑は「変だよ」って言う。
 前世の記憶を引っ張り出してみて、乳児医療証だとか高校生までは子供の医療費が無料の地域があるとか、そういう知識はあったから個人的にはあんまり違和感はないんだけど。
 中学にも連絡がいったのか、それとも何かを察したのか。病院に現れた宿儺もまた少し変な顔をして、「そういうものだ」と言った。
 傑はやっぱり納得していなくって、でも私は納得してしまって、そういうものだと受け入れる。

 五条悟は、多分呪術師みたいなものだ。
 この時代に、そういう名前なのかは知らない。
 でもきっと、普通の人間とは違うものを背負っている。因果なものだよ、前の人生でも世界を背中に乗っけてたくせに、今回もまた何かを背負っているだなんて。
 
 なのにコイツには、退院をしたその後に戻る先も用意されていなかった。
 正しくはあの家に戻ればいいだけだが、傑が「あの家には戻せない」と言い張って、一時的な保護としてウチに来る事になったのだ。
 誰がどうして、どうやって手を回したのか。
 受験に反対するってくらいなんだから、手離したくないって思ってる奴らは居たはずなのに。
 多分宿儺は少しは知っているのだろうけれど、私はその辺は聞いていない。宿儺だって、私が聞かないというのもあるけれどわざわざ教えてくる事もないだろう。
 教えて欲しいと言えば教えてくれるのか、って言われると、正直「わからない」でしかないのが宿儺だ。
 彼としても、私が聞きに来るとは思ってないとは思うけど。

 私は、今日もまた眠っている五条悟の横で本棚に置いているクッキー缶を開けた。
 中には、この家の母の母──つまりは私の祖母にあたる人から貰った裁縫道具が詰まっている。
 なんだってこういうクッキー缶は裁縫箱に使われがちなのだろう。
 不思議ではあるが、そういえば私が子を産んだ時も夫が「栄養をつけよう」とか言ってそこそこお高いクッキー缶を買ってきてくれた事があった。
 私は別にクッキーなんて好きでも嫌いでもなかったが、気を遣える男なのだなと思ったし黄色い蓋に青空と向日葵が描かれている四角い缶がやけに気に入って、ボコボコになっていた丸くて青い缶から中身を移した気がする。
 どうでもいいか。
 どうでもいいな。
 この缶だって、ボコボコになったら捨てるだけだ。思い入れなんかない。

「あ、やってるんだ。器用だよね、本当」
「傑は変な所大雑把だからねぇ」
「五条くん、きっと喜ぶよ」

 私が今縫っているのは、五条悟の家に転がっていたぬいぐるみだ。
 私たちが五条悟の家に乗り込んだ時、もうすでに子供は今際の際だった。
 ぼんやりと開かれたあおい瞳には力も輝きもなく、ギプスは壊れ鼻や爪の間にも血の塊が付着している状態。
 私と傑が殴り込んできてもピクリと動いただけで視線を動かしもしなかった五条悟の視線の先には、無惨に両手足がちぎられたぬいぐるみが落ちていて。
 あぁこれが、コイツの心を折ったのか。
 前世ではどうしたって折れなかった男の最後の糸が切れたのがハッキリと分かるその光景は、胸糞悪いという言葉では表現できなかったんだ。
 両手を叩いて喜んだって良かった。
 指を指して馬鹿にしたって良かった。
 五条悟という人間の頭の形を確かめるのに髪をちぎっても良かったし、眼の前でもっとぬいぐるみを破壊することだって出来たはずだ。
 なのになんで、私はこんな事してるんだろうな。

「傑、前は五条の事……悟って呼んでなかったっけ」
「え? いやそんな仲良くないし。そういえば悟って名前だっけ」

 ご愁傷さま。
 相変わらず報われないねー五条悟。

「あぁでも……あの家から出たのなら、仲良くなれるのかな」
「すぐ隣じゃないか」
「うん。でもお隣さん、昔から好きじゃなかったんだよ」

 わかるー。うんうんお前やっぱり術師の素質ありありじゃーん。
 針に通していた糸が短くなったから、一度中断して新しい糸に取り替える。
 ごちゃごちゃに入っているから目的の糸はなかなか見つからなかったけど、ひっくり返したら思っているよりも色んな種類の糸があった。
 その中から、ぬいぐるみの色に合う黒と白を選んで別の場所に置いておく。
 ごちゃごちゃの糸は、面倒だが今度ケースを買ってきて整えておこう。

「兄さんは、五条くんと親しいの」
「は? 馬鹿言わないで」
「でも、五条くんの家に乗り込んだの兄さんじゃないか」
「あれは……宿儺が、最近学校に来てないって言ったからだよ」

 嘘はついてない。
 私が五条悟を気にしているだなんて、冗談でも言わないで欲しいものだ。
 気にしているとしたら、隣の家の方。
 傑が言うように、隣の家は昔から嫌な雰囲気があった。私の部屋は隣家に面しているが、昔この部屋はただの物置だった。雨戸も閉めたまま、隣家からは隔絶されていたんだ。
 でも双子がデカくなると、同じ部屋には居られない。
 仕方なく元々使っていた子ども部屋とは別に物置を掃除しようってなって、私がこの部屋を選んで、今だ。
 傑は隣家を嫌がっていたし、でも私はそんな気持ちの悪い隣家を眺めるのが、案外嫌いじゃなかったからそれでよかった。
 今にして思うと、あれは元々術師だった我々が本能的に隣家に対して忌避感を抱いていたんだろうなぁとわかる。
 だからって別に私はどうという事はないけど、傑は一度駄目になったら二度とこの部屋に近付かなくなるだろうから、コレで良かった。

 隣家に乗り込んだ時に真っ先に目に入ってきたのは、家の中のあちこちに散っている血痕や、おそらく五条悟がたたきつけられたのだろう壁のヒビに、壊れたドア。あとは、どこにも繋がっていない、受話器と切り離された古い電話機。
 五条悟はここで「生活」なんか出来ていなかったんだろう。
 ミネラルウォーターのボトルとブドウ糖のタブレットしか入っていない冷蔵庫を見ると、そうとしか言えなかった。
 何かが居る、というのは、この部屋からも分かる。
 人間の体でも感じるゾワゾワする違和感が、あのあおい目には視えている世界なんだろう。でも、今の私にはその程度しか分からない。
 なんだろう。五条悟が視えているのに私が視えてないって、なんかムカつくな。
 でもそれが今の現実で、私の現状。
 どうしようもない事に執着するのは馬鹿のやる事だと、私はぬいぐるみの残骸だけあの家を出た。

「俺は関わるなと言ったぞ」
「宿儺知ってるかい? そういうの、世俗ではツンデレというんだよ」
「知らん死ね」

 宿儺は、退院日に少し顔を出して、それから2回ほど見舞いにも来た。
 隣家の様子も確認していたみたいだけど、私はやっぱりそれについては聞いていない。
 傑は熱心に何か聞いていたけど、宿儺には軽くあしらわれていた。
 まぁそうだろうな。宿儺は傑の前世を顔しか知らないし、五条悟との因縁もどうでもいいはず。
 そうでなくても、前世の記憶を持っている人間のことを面倒だと感じている宿儺のことだ。出来るだけ私達とは距離をとるだろう──
 
 と思っていた時期が、私にもありました。

「貴様の家の名義で、アレの保護申請を出しておいた」
「は?」
「親にも通達済みだ。表向きは親からの暴力、という事になっている」
「すごいです、宿儺先生!」
「後のことは俺は知らん」
「いや待て待て待て待て待って待て」

 五条悟を保護してちょうど7日目。
 ようやく八分粥を少し食べられるようになった五条悟の様子を見に来たついでに、と、宿儺は明らかに重要そうな書類を私に放り投げて去っていった。
 傑は目をうるうるさせて感動しているが、私には「ちょっと待て」だ。
 いつの間に両親を懐柔して、いつの間になんかそういう機関にも手を回したんだ?
 これもしかしてアイツの裏に裏梅とか居るんじゃないのか? 
 裏だけに。ってやかましいわ。
 
 ベッドの上できょとんとしていた五条悟は、傑に突然「今日からうちのコだよ!」なんて言われて目を白黒させているし、そんな五条悟に視線を向けられた私はとりあえず変顔で誤魔化すしか出来ない。
 どうしてこうなった。
 そう言いたいのは、私の方なのだ。

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