VII、告白

 
 私に新しい友達ができたことを知った両親は、私とイリスの関係をそっと見守ってくれた。特に何か口出しをしてくるわけでもない。
 ある日の昼下がりの休日には、個人的にイリスと会う約束をしていた。邸宅へ着くと待ち侘びていたであろう彼女はすでに門のところにいた。
 その後イリスの部屋に案内され美味しいお菓子を一緒に食べた。雇っている料理人が私とイリスのために作ってくれたそうだ。その甘さは今まで味わったことがないくらいだった。
 イリスの部屋で焼き菓子と紅茶を嗜んでいる間、大きな本棚が私の視界に入り込み気になっていた。数多くの本が所狭しと並んでいる。
 「イリスは本を読むのが好きなの?」
 「好きよ」
 「やっぱりそうなんだ」
 「ふふ、あそこの本棚には私が大好きな本がたくさんあるの。見てみる?」
 イリスはどんな本を読むのだろう。私は彼女の言葉に甘えて本棚を拝見させてもらうことにした。もちろんお菓子を食べ終わった後にだ。
 本棚には、おとぎ話や哲学の本、文学など様々な種類の本がある。私がふと手にしたのは何やら難しそうな政治の本だった。
 それは私のおじさんが書いた本よ、とイリスは言った。
 「私のおじさんは政治に関わる仕事をしていてね…たまにこういう本を出すことがあるの」
 さすが貴族は住む世界が違うなあ、と難しい内容の書物をパラパラとめくった。綺麗に並んでいる文字の羅列が暗号に見える。
 「ねえ、シルヴァン…」
 イリスに呼びかけられ本を閉じ、彼女の方を向いた。
 「なに?」
 軽快な口調だったイリスが急に深刻そうな顔をしていた。
 「今、社会でなにが起こっているか知ってる?」
 「え…」
 それは突然の問いかけだった。
 確か父は以前、大変なことが起きていると言っていたはずだ。
 わからない、などと答えたら世間知らずだと思われてしまうだろう。最低限の知恵を振り絞ってこう言った。
 「何か良くないことが起こってるんだよね?」
 イリスは黙ったまま小さく頷いた。
 「そうなの。実は私の従兄も政治家なんだけどね、大変なことが起こっているみたい」
 「大変なことか…」
 「このままだとますます状況は悪くなっていくかもしれないわ。私たちが平和に笑って過ごせる日ももしかしたら…」
 そこで口を噤んだ。
 「ごめんなさい。いきなり変なこと聞いちゃって」
 イリスは到底少女とは思えないような発言をした。未来を見据える大人のように、イリスもまたこの国の未来に不安を抱いているのかもしれないと思った。
 「私、他のお友達にもこんなこと言ったことはないよ…話す気にならなくて。でもシルヴァンなら解ってくれると思ったの…なんでかな…」
 不思議な子だな…。どうして僕なら解ってくれると思ったんだろう。君の言っていることは間違っていない。僕も同じようにイリスなら「受け入れてくれるかもしれない」と思っていることがあるんだ…。心の中で呟いていたつもりだったが、イリスのことを見つめ名前を呼んでいた。
 「なに?」
 「実は…」
 本当に今ここで言ってもいいのだろうか。それによってイリスは自分から離れて行ったりはしないだろうか? そんな不安を抱きながらも意を決して告白した。
 「実は僕は…処刑人の子供なんだ」
 一瞬だけ時が止まったように感じた。ああ、言ってしまった…。初めて自らの口から「処刑人の子供」だと告げたような気がする。
 恐る恐るイリスの表情を伺う。
 「知ってるよ。そのことなら私のお父様から聞かされていたわ」
 柔らかな微笑みを見せてくれたので私は安堵した。やはりイリスは受け入れてくれたのだ。
 イリスは彼女の父に「役職や身分で人を差別してはいけない」と教わっていたようである。
 人々は死刑執行人を忌み嫌っているがノアイユ家の人間は我らのことを受け入れ理解してくれていたのだというのを改めて感じた。父が前に言っていたように、我ら死刑執行人とノアイユ家の間には平等な絆があった。
 イリスは、私が自ら告白したことで安心できたらしい。シルヴァンの口から直接聞けてよかった、と言っていたのだから。出会ったばかりの頃から、もしかしたら知っていたのかもしれない。私が処刑人の息子だということを。そしてまた違う状況だったら彼女は「処刑人の子なの?」と質問してきたかもしれない。それを敢えてしなかったということは、彼女なりの優しさだろう。だとしたら身分や家柄関係なく接してくれるイリスに感謝しないはずがない。
 「私、あなたとお友達になれてよかったと思っているわ」
 「僕も同じ気持ちだよ、イリス」
 「ありがとう、シルヴァン。これからもよろしくね」
 「もちろん、こちらこそよろしくね」
 そして一層イリスとの仲が深まったような気がした。
 私たちがこうしている間にも社会には「嵐」が吹き荒んでいる。どうか時間が許してくれる限り、イリスと一緒にいたい。そう思った。
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