VIII、悼み(1)


 私はすっかり浮かれた心で日常生活を送っていた。イリスとの仲が深まるばかりであったからだ。できることならこうして楽しい日々だけ送りたいものだが、それは叶わない。執行命令が下れば処刑場へ赴かなければならないし、それは非常に気が重い。今はイリスの存在だけが私の心を癒していた。
 いつの日だったか。私の浮わついた心を打ち砕くような死刑が執行された。
 処刑台に連れてこられたのはイリスと同じくらいの歳だと思われる少女だった。色白で綺麗な薄茶色の髪だった。私は彼女の姿を見て少し哀しくなった。こんな少女まで処刑台に立たされてしまうなんて!
 この時世で少女も反逆者として捕らえられたのかと思ったが、どうやらそれとは関係ないようだ。
 その少女は継母を階段から突き飛ばしてしまったらしい。揉め事になったのが原因のようだ。それで運悪く継母は命を落とし少女は殺人罪に問われ死刑を宣告されたのだそうだ。
 これはなんとも言い難い事例である。突き飛ばすほどだから悪意はあったのだろうか。しかしまさか継母が命を落とすなど思いもしなかったのではないだろうか。これらはただの私の憶測でしかないが、処刑台に立たせられている少女があまりにも不憫に思えてならなかった。
 処刑を見学に来ていた民衆は少女を哀れむような声を上げていた。それもまた苦しく心が痛くなる。それでも彼女は泣きもせず暴れもせず、死刑執行人に身を委ねたのであった。
 少女は肝が据わっている。今から自分の首が刎ねられるというのに何故こうも落ち着いていられるのだ。自分の罪を素直に受け入れているというのか…。
 そう思っている間に、父が跪いた状態の少女の首元を目掛けて剣を振り下ろした。あれほど取り乱さなかった少女は最期という時に身体を動かしてしまい(おそらく恐怖で身を捩ったのだろう)刃が肩の方に命中した。
 「!」
 失敗してしまったのだ。首を目掛けて剣を振り下ろしたつもりでも、相手が少しでも身体を動かしたり死刑執行人が動揺したりすれば失敗することは目に見える。死刑執行人にとって失敗することは名誉を汚してしまうも同然のことであった。罪人に余計な苦痛を与えてしまうことになり、更に民衆から反感を買う羽目になる。今まで少女を哀れんでいた民衆は父に文句を言い始めた。
 少女はもがき苦しみ呻いていた。
 私はあまりの酷たらしさに耐えられずに目を閉じてしまったため耳から入ってくる情報しか覚えていないのだが、その後再び剣を振り下ろしたところで執行を成功できたようだ。
 いつも手際良く執行していた父でさえ(父は死刑執行人になって十五年ほど経っていた)こうして失敗することがある。相手が少女ということもあって躊躇ってしまった部分もあったのだろう。この長い死刑執行人の人生において、少年少女を処刑しなければならない事例は他にもあったはずだ。恐らくその度にこうして心が揺さぶられてしまったのではなかろうか。
 以前父が言っていた「そのうち慣れる」という言葉をここで思い出したのだが、あれは私を励ますために言ったのであって、父自身が刑の執行に慣れていたわけではないのだ。
 そして「哀れみを向けるな」「私情は無用」とも言っていたが、この時はほんの一瞬でもその念を抱いてしまったに違いない。

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