シークレット
「それでな、嵌めもんない前座の落語の時は若狭がオチコあやすの替わってくれてたんで、久しぶりに草々の弟子の成長を見届けたろ、と思って聞いてたんや。いや~~~~、あのド下手なの聞いてたら、オレももう少し頑張らな、て思うから有難いわな。」
「草若兄さん、今更、下見て安心しててどないするんですか。」
四草は、ちゃぶ台の上でオレが喜代美ちゃんから預かってきたアンケート用紙の下半分に書かれた「次にかけて欲しい落語」を抜き書きしている。肘をついて顔を伸ばすと、四草の字が目に入って来る。
草々に愛宕山、草々に景清、草々に崇徳院、草々へのリクエストばっかやな。おチビが隣で明かりに背を向けて丸くなってすうすうと寝息を立ててる横で、オレは四草の布団で横になっている。
「……草々の落語聞いて落ち込むよりはええやんか。」
「いい悪いの話とちゃいますけどね。明日っからちゃんとお稽古してくださいよ、年末に掛けるんでしょう、はてなの茶碗。」
「……おー。」
小草々に掛け取り?
アイツ今、鉄砲勇助以外の落語もしてんのか。
「僕も楽しみにしてますから、頑張ってください。」
「おー……?」
ん? お前今楽しみにしてるて言ったか?
嫌みか、と思って顔を見たら、いつもの澄ました顔で、欄外に草若、と書いた横に、はてなの茶碗と書きつけている。
「お前、それ今日の落語会におらんヤツの名前なんか、書いてどないすんねん。」
「どうせここで用紙捨ててまうんですから、別にええやないですか。僕がここで何書いたかて、どうせあっちには誰が書いたかなんて分かりません。」と澄ましている。
「リクエストがあるなら、今ここで掛けたってもええで。草若独演会や。」
そんなに聞きたいなら、聞かせたる、とちょっとばかりいい気分になったオレは、四草の布団の上で胡坐をかいた。そこでアンケートの手を止めた四草は、やけに、じっとオレの顔を見つめている。
「もうパジャマになったんだから、今夜は隣に戻ってさっさと寝てください。」のく、のところで顔を近づけてきて、年上の男は、あっという間にこちらの口のところにふわっと触れるだけのキスをしてくる。
「……お、おま、」
「リクエストせえ、ていうからしたまでです。」
おやすみのキス、と耳元で言う。
お前……恥ずかしないんか、それは。
そもそも、ここまでしといて、隣で寝ろ、て。
「最悪や……。」
「今週お稽古頑張ったら、週末に子どもがおらんとこで続きしましょう。」と言って、悪い男は心底楽しそうに笑っている。
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