コメンタリー:3.隠者の告白

3.隠者の告白

 ここで場面は現在の時間軸に戻ります。財産も身分も失い、田舎でひっそりと隠れ暮らしている老人の元に、教会の男ことルー・ループス・カウフマンが訪れます。冒頭の会話で、この老人が『ロクスブルギーの棺』の偽物を骨董屋に売った人物であることが明かされます。

 この老人、ガーランド卿はかつて莫大な資産を持っており、商人であったルーの父親の友人であり同好の士でもありました。富を持つ人は常人には考えも及ばないような趣味を持っていることもしばしばあります。ガーランド卿も例に漏れず、夜鬼の遺物――身体の一部そのものであったり、あるいはそれを利用した工芸品や美術品などを蒐集するという悪辣な趣味を持っていました。あるいは、最愛の妻を失い悲しみに暮れているルーの父親をその道に誘ったのもこの老人だったかもしれません。

 しかし、夜鬼のそうした遺物は一般には所持することを禁じられています。それは宗教的な意味合いもありますし、夜鬼の生命力が凄まじく、身体の一部であろうとも人間に危険を及ぼす可能性を秘めているからです。そのため、教会機関は厳しくそれらを取り締まり、違反したものには相応の刑罰を与えています。夜鬼の遺物を集めたオークションが各地で秘密裏に行われ、摘発された例は度々あります。ガーランド卿もそのようにして教会機関に罪を問われましたが、財産のほとんどを教会機関に『寄付』――そのままの意味で使われたものも、そうでないものもあるかもしれませんが――することによって、資産家の身分を手放し、片田舎で静かに祈りを捧げて暮らすことを許されました。これが教会側の気まぐれな恩情であることを心得ている老人は、とにかく人目を憚り怯え暮らしていました。

 そこへ、教会からの使いが来たのですから気が気ではありません。ルーはルーで、面白おかしく人の興味を煽る様な文句と共に偽物の棺を売ったのが父の友人だと知り、気が立っていたというところもあったのかもしれません。そうでなければ、こんな脅しのようなことはしなかったでしょう。この話のルーは非常に乱暴な一面を見せていますが、これは彼が職務に忠実な審問官であるというだけでなく、時に強硬な手段をも辞さない性格であることを表現しています。筆者の中でこの男は「不良聖職者」であり、そこまで性格が良い男でもないのですが、読んで頂いた方の感想を見ると、好意的に受け取ってくださっている方が多いようでありがたい限りでした。

 そんな不良聖職者は強硬にガーランド卿の家に上がり込み、両者が対面します。実を言うとこのふたりもまた、二十年ほどの時を経た再会でした。父の友人であったこの老人――かつてはもう少し若々しかったでしょうが――をルーは憶えています。老人の方はすぐに彼を思い出しませんでしたが、一枚のコインによって、記憶が繋がります。そのコインは夜鬼の遺物を蒐集していた「同好の士」たちが持っていた、いわば会員証のようなものです。「目のような刻印」があるデザインのコインですが、イメージとしてはクトゥルフ神話に登場する「|旧神の印《エルダーサイン》」のようなものです。これは|夜鬼《ナイトゴーント》がクトゥルフ神話に登場する怪物をそのままモチーフとしているため、同じ流れの要素として加えました。

 二十年ほど前は十歳にも満たなかった、小柄でやや内気だった少年が、堂々とした体躯のふてぶてしい大人になったことに、老人は驚いたことでしょう。このあとに回想が長く挟まることも踏まえて、ふたりの会話はあえて細かな説明をつけずに進めています。ここの会話によって、教会の男・ルーが吸血鬼に対して抱いている感情が、否定的なものでないことが分かってくることと思います。
 ルーは未だ『ロクスブルギーの棺』の本物の所有者が自身――正確にはカウフマン家――であることを主張し、棺の価値を貶めるような老人の行動を咎めます。その実、本当に主張したかったのは、棺の主――ロクスブルギーのおかげで自分たちは生き延びたのだ、ということの方でしょう。これは、一話で語られていた棺の逸話とは真逆の話です。骨董屋が語ったのは「ロクスブルギーが夜鬼を率いてオークションに集まった人々を殺した」という内容でしたが、実際にはそうではないということ、かつてのルー少年と老人が、その惨劇の場所に居合わせたことが明らかになり、かつての惨劇の輪郭もまた、おぼろげに浮かび上がってきます。老人がここで一度口を噤んだのは、あの惨劇を引き起こしたのがロクスブルギーではないことを、薄々分かっていたからなのかもしれません。

 ガーランド卿は、かつて存在した本物の『ロクスブルギーの棺』への想いを語り始めます。ルーの父親から棺の存在を聞き、事前にそれを見せてもらっていた老人は、その惨劇の日に棺を手に入れるはずでした。しかしそれが叶うことはありませんでした。その時の未練から『ロクスブルギーの棺』の偽物を作らせましたが、当然ながらその中に吸血鬼はおらず、姿形だけ同じものを手に入れても何の意味もなかったのだということを悟ります。ガーランド卿が熱望していたのは、その棺を開け、美しい吸血鬼と見えること。あの棺の真の価値はやはりそこに集約されていたということでしょう。

 そのガーランド卿の様子を見て、彼もまた吸血鬼に魅入られた人間だったことを、ルーは理解します。老人の返答如何では、彼を異端者として再び裁判にかける気があったかもしれませんが、ここではそれをしないことを選びました。そして別れ際、夜鬼に魅入られ全てを失った老人は、友人の忘れ形見であるルーに、自分や父親と同じ轍を踏まないよう忠告をします。しかしそれは本当に遅すぎた忠告です。

 ルーは既にこの二十年の間に、この世でもっとも夜鬼の情報を手に入れられる場所に留まるために命がけの職務に就き、何度もあったであろう普通の幸せを手に入れる機会をすべて捨てて、ロクスブルギーを探し続けていました。それはルーの真心が変わらず、吸血鬼の傍に寄り添っていることを表しています。「もしも俺が処刑されたら」というのは、教会の教義とロクスブルギーへの真心、どちらかを選ばなければならなくなったら、異端者として裁かれることを選ぶということです。何故これほどルーがロクスブルギーに対し、執着とも呼べるような強い感情を向けているかということは、この後の回想を含めて全貌が明らかになります。

 この話はガーランド卿が在りし日の友を思い返すシーンで締めくくられますが、書籍版では最後のシーンを含め、多めに加筆をしております。
 書き始めた当初は、本当にただの同好の士としてルーの父親とガーランド卿を描いていたのですが、年齢的に老人と表現しているガーランド卿と、二十年前に幼い子供が一人いたルーの父とでは少し年齢に開きがあるであろうこと、にもかかわらず、先んじて棺を見せていたりなど親交が深い様子を描写したので、もう少しこの二人は親しい間柄だったのではないかとだんだん考えるようになりました。もしかすると、商売で成功を収め富裕層への仲間入りを果たしたばかりのルーの父に、先輩風を吹かせてあれこれと世話を焼いてくれたりしたのかもしれません。だからこそ、彼が幸運にも棺を手に入れたことに対して、悔しさや恨めしさを強く持ったのかもしれません。

 ルーの来訪をきっかけに、ガーランド卿は二十年ぶりに、旧友の笑顔を思い出すことができました。思いがけず、老人の胸中に燻っていた複雑な感情を供養する結果ともなったのです。

 そして物語は、かつての惨劇の回想へ――

(4話コメンタリーにつづく!)




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