7話

BACKBONE.
 7、偽物の個性(下)


 テイクオフはサビから始まるアップテンポの明るい曲だ。ライブで構成するにもとても万能で、初めから盛り上げたい時、最後に明るく締めたい時、バラードとの雰囲気を一気に切り替えたい時、どこに置いても意図した役割を必ず果たしてくれているように思う。
 きっとワンスリーもテイクオフという曲をとても大事にしているだろうし、どの層のファンが聞いても共通の想いで繋がることのできる合言葉のような不思議な魅力のある曲でもあった。
 ただ、誰もが歌いやすい曲というわけではないとは感じる。それこそ過去に放送された選抜カバーに何度かテイクオフが引かれたこともあったけれど、そのどれもが「自分が歌うなら」という前提のスキル勝負だった。
 勿論それが一表現者としては正解の解釈で間違いないし、だからこそオリジナルを期待する人の想定を超える煌めきがそこに生まれないのは当たり前のことだと思う。
 やっぱりテイクオフはワンスリーが歌うから輝く。多分、世の中のオリジナル曲とは恐らく全てがそういう風に出来ているのだろうから。
 でも、今に限らずこの企画自体がナンセンスだとして、それでも”仕事として”やらなくちゃいけないとき自分は一体どうするだろうかと初めて真剣に等身大の自分と向き合って考えた。
 その答えを見つけるにはやっぱり時間もキャパシティも足りなくて結局まだ分かりそうもなかった。仕方がないが個性とは程遠いけれど身に染みているみゅうさんの”真似”で押し通すなんて荒業は今回限りの苦肉の策だろう。
 とはいえ、みゅうさんを真似する以上は絶対に凄くなくてはいけない。
 本来の自分なんかより一回りも二回りも大きく美しく見えなければならない。そしてそんな夢みたいな、或いは魔法みたいなことがやって出来てしまうのはみゅうさんが当たり前に凄い人だからに他ならなくて。
 ステージ上のみゅうさんはいつでも綺麗でかっこよくて、優しくて繊細で強い。声の表情、指先までちゃんと音の通った自由な身体。人を楽しませるための自分の楽しみ方。
 この先自分がどんな顔をするのかは全くもって見当もつかない。でも、これまでのみゅうさんのパフォーマンスが教えてくれた全部の引き出しがここにあるから、今は出来る気がした。今だけは、そのやり方が分かる気がしたのだ。
 みゅうさんが安心してのびのびと歌う姿を見せてくれるから、自分だってどこまでもやれる気持ちになる。その感覚を本当に上手に伝えられる凄い人だから、俺はそれをただ受け取っただけでもこうして外側に放つことが出来る、出来ているのだと思う。

 見てよ、やっぱりすごいんだ、望幸恋という人間は。

 約束通り一曲をフルで一人で演じきり、肩で息を弾ませる慶人に文字通り釘付けになった例の五人は心底信じられない顔でその様子を呆然と見つめた。
「……これオーマイガーでしょ……」
「しかもインテンポかよ」
「コピーって、……こういうクオリティで出せるもん?」
 真木の固い声を聞きながら、それは違うと全員が頭の中で思った。こんな光り方は例えどれだけ上手く真似たとて出せるレベルのものじゃなかった。ならばつまり、晴祝慶人とは元々ちゃんと光る素質がある人間だったということに全員納得せざるを得ない。
 凡に擬態するのがこれ以上ないほど上手すぎるとすら思えるぐらいに。
「どうっ、でしょうっっ……熱いうちにフィードバックカモンっ……」
「これは、プレッシャーかかるね平良と深艶……」
「え? 松くん何?」
「ううん。正直今時点では晴祝が一番仕上がってると俺は思うよ」
「えほんとに!?!?!?!?」
 予想だにしない返答に驚いて顔を上げると、真正面にいた平良とがっちり目が合った。が、舌打ちをしながらも何故かふいと目を逸らされてなんだか不思議な気持ちになる。
「オーバーリアクションクッソうざ、伊達にみゅうオタじゃねんだな、舐めてたわ」
「いや純粋にすげーと思うよ。このレベルでサンくん俺無理だよお~~、え、てか混乱。なんで素になるとあんなヘッタクソになんの?」
「つかよ、真似してこんだけやれるなら能力はあるってことじゃねえか。やれや普段から(怒)」
「え、ねえ、……褒められてるよね……!? 喜んでいいんだよね……!?!?」
 現時点でセンターとして望幸恋の真似を極めるということについて違和感は微塵もないのであれほど嫌だった鏡前でも嘘のように堂々としていられた。
 後から真木にそれが自信だと言われたが、納得できたようなそうでないような複雑な気持ちになった。
 みゅうの真似が一生許されるならなるほどとも思えるかもしれないがそうでないならやっぱり自分にはまだ何もないとそれこそ自信をもって言い切れた。けれど、これまでよりも圧倒的対等にパフォーマンスについての話し合いを出来るようになったそれだけでこの六人での居心地はとても良かった。
 時たまメンバー間で互いに高い質を求めるあまり軽く言い合いになることこそあれど、選ばれざる者には無い余計な悪意が少しも感じられない空間とはどれほど楽に自分のことに集中できるかを思い知らされた。
 きっとこういう人たちから順にデビューしていくのだ。別に疑ったこともないにしろ、それが当たり前で自然的だしこれまでも間違いなくそうしてきたであろうこの方針を守り続けるのがこの事務所なのだと思ったら改めて自分のペースで地道に頑張ってもいつかはちゃんと報われるような気がした。
 
 それからのひと月弱とはまるで光の速さで過ぎ去った。
「おっしゃどうだコラ」
「いやこの曲ほんと通しキッツ……」
「ハレ~サビ前の接触ごめ~ん!」
「俺もごめんね、多分交差するところが少し早いのかも」
 選抜期間中は他のアンダー生とは完全に異なるスケジュールで動く。半日フリー練習で歌唱、振付指導が交互に全四回入ったが、それはつまりほとんどメンバー主体で全体の仕上げまで行わなくてはならないということだった。
 何せ事務所の先人にはデビューできても活動を続けられず指導者や裏方に回る人達も少なくはない。全方針を指導者に頼りきりにさせないやり方はこの事務所独自の考え方でもあった。
「ハレおま、その納得いかねえ顔やめろマジで、殴るぞ」
「えっ俺~!?」
「分かりやす過ぎんだよ! 甘んじて受けてやっから何が足りないか言ってみろ!」
「平良のそういうとこスキ~、、、ハレイワ先輩俺にも~~、、、」
「……いや、いいと思うよほんと、頑張ってるもん二人とも……」
「そういうのいいからはよ」
「…………。じ、じゃあ言うよ……えっと、なんかこう……サンくんの薔薇っぽさと……陽くんのサイコパスっぽさが足りない……」
「???」「??????」
「あとライくんのマリア様感とさ、すーちゃんのとぅるんって感じも……あとあと、レンくんは随所でみゅうさんと目を合わせて欲しいしさっ…………!」
「……いやとにかくめちゃ不満じゃん」
「聞いといてなんだけどよくわからん……松翻訳……」
「え、ちょーっと俺も全部はわかんないかな今のは……」
 朝から夕まで夢中になって鏡の前に六人で立った。何回も何回も汗だくになって本気で歌って踊り、帰る頃にはもうこれ以上他に何も出来ないと全員でぶつぶつと零しながら別れる。
 そんな日々は有り体に言えばとても充実していて楽しかった。恐らくこの一年のアンダー生生活で一番と言っても良いくらいに。
 休憩もそこそこに三度続けて頭から終わりまで通し終え、松が珍しく大の字に床に伸びながらどうだろ、と一言呟いた。
「待って、さすがに休みたい」
「三回やったね今。どう、ハレイワ」
 普段あまり口を出したがらないシイナにそう問われて何気なく鏡越しに今の自分達の姿を見遣る。
「…………」
「何、まだなんかダメ? これ以上寄せるのは俺無理だよ」
 深艶がやっと嫌そうにそう言うのを見てもちろん、十分過ぎるほどの完成形だと言おうとして危うく鼻の奥がツンとなるのを必死に堪える。どんなに自分の実力に自信があっても、ちゃんと求められた場所へ向かい納得がいくまで真剣に突き詰めるのを辞めない姿を側で見てきた。
 そんな人がもう無理だと言うのだから、それが最高で最善のもの。疑う余地もない。
「……いやもうめーーっちゃサン様でしょ! 平良もやって出来るの凄すごるレベルで陽くんだし皆めっちゃワンスリーで何にも言うことない。あとは……なんで俺がみゅうさんなのかは、まだよくわかんないけど……」
「はーーーー」
「あーよかった。ほっとしたわ」
「てかここまで来てそれ言うのか……」
「自己肯定感低いの生きづらそ~」
 皆で顔を見合わせて呆れたように笑い合う。俄かには信じがたいほどあっという間だったが、収録はついに明日の午後一番に迫っていた。昨日渡された揃いの衣装はごくシンプルで、白で統一されたTシャツとパンツ。その上に選抜メンバーしか袖を通すことの許されない専用の装飾が施されたジャケットを羽織る。唯一指定のない靴は六人で話し合って黒色で揃えようと決めていた。
 ここまで夢中になってやってきたからか今のところは不思議と焦りも緊張もそれほど感じていなかった。いつも通り、今日まで通りやればいいだけ。そんな自信すら自然と湧いていた。
 本番前でもくたくたなのは変わりない最終日の帰り道、事務所のロビーでふいにハレ、と随分と聞きなれてしまった気のする声で名前を呼ばれて振り返る。
「みゅうさん! お疲れ様です!」
 生身に遭遇するとあれほどガチガチになっていたのに最近は今まで以上に毎日毎日顔を見続けていたからか普段の自分ではありえないほどに妙な親近感を感じた。純粋に会えた嬉しさで駆け寄るとみゅうの方が驚いた顔をしてもっと嬉しそうに綻んだ。
「何だ君、犬か? かわいいかわいい~」
「ちょ、どういう距離感? おつです~。終わりですか?」
「お疲れお疲れー。うん、てか君らこそハレとどういう距離感?」
「えっ何こわ! マジ激重彼氏じゃんみゅうさん!」
「選抜メンバーですー。みゅうさんの引いてくれた選抜カバーで見事晴祝がセンターとりましたよ~。ちょうど明日収録なんでお時間あれば是非」
「へー選抜メンバ~……?」
 さりげない松の告知を一瞬スルーしたかに見えたみゅうだったが、次の瞬間目を見開いて本気のマジで!?!?がロビーに響き渡った。
 その声のでかさに存外驚いた松は笑顔のままハイと小さく頷く。
「え、ハレ????? 俺しばらく忙しいてゆったよな?? SNS見てないの知ってるよな?? 何でそういう重大なこと教えてくれないの????」
「えっ……? 俺にとっては重大でしたがみゅうさんにとっても重大でしたか……?」
「馬鹿なの???? 推しだっつってんじゃんお前は俺の!? ええ~~~~~明日……間に合うかなあ、え、松くん何時からあ?」
「あゴゴイチですぅ……」
「ゴゴイチだよなあ~~、そうだよなあ~~……」
「あ、なんかあれ? 父兄参観みたいなね……?」
 そのどうみても期待を隠せていないみゅうの様子とはなんだかまるで晴祝慶人のあのとんでもパフォーマンスをさも知っているかのような素振りに思えて、つい先ほどまで慶人のことを純真無垢の秘めたる才能人だと思いこんでいたメンツに静かに動揺が走る。
「え、みゅうさん、ハレが結構歌って踊れんの知ってたの?」
 こらえ性のない深艶が思わずそう口にするとみゅうの声が再びロビーに響き渡る。
「そ、そ、そうなのーー!? えじゃあど素人って嘘!?!?」
「!?」
「!?!?!」
「やめろよ深艶あっっ嘘じゃないですし俺単体ではいまだに一ミリも歌って踊れません……!」
「ヤッバまじで心臓高鳴ったわ今。だよね~。俺もそう聞いてるよマツリから。え、なにどゆことお、、、俺を弄んで楽しいかい、、、?」
 困惑したみゅうの更に上をいく困惑に陥った五人は、ものすごく純粋に、だとしたらパフォーマンスを抜きにした晴祝慶人という超凡な存在のどこになんの魅力がそれほどまでにあるのか殊更疑問に思って黙った。
 無論、目立った成績などあるはずもない。活動履歴など皆無だし出で立ちからしてどう考えてもド素人できっと今から輝くはずのいわば種子。確かにバラエティ要素としては多少話題性に強いかも分からないが、それだって望幸恋限定の話だというだけ。
 到底天下の望幸恋と並んで釣り合う様なバランスには思えない。増してや気に入られる要素なんてどう贔屓目に見ても正直どこにも見当たらなかった。
 勘違いしないで欲しいのは、別にそれが悪いわけじゃないし、羨ましいとか妬ましいとかそういう感情も一切ない。
 ただ、誰にでも平等に同じぐらい優しくて、誰とであっても適当にのらくらと核心を逸らしながら人との距離を測るイメージしかないある意味孤高の望幸恋が、この晴祝慶人という何の変哲もない人間を掴んで離さない理由が分からなくて気持ちが悪いというたったそれだけのことではあるのだけれど。
「……じゃあみゅうさんはハレの何にそんな期待してるの……?」
 またもや全員の疑問符を代表して深艶がそうぼそりと零す。するとみゅうはきょとんとした顔でキタイ?と首を傾げたのだった。
「期待は別にしてないよ。ただ俺は、晴祝慶人に興味があるから全部知りたいだけ」
「……キョウミ……?」
「仮に明日の出来が世間一般的にイマイチだって評価されても、ハレが選抜期間に一生懸命やった成果が見れたらそれでいいのよ。手を抜かないで頑張る子だって信じてるからやれることやったことに花丸でしょ?」
「……」
「ママじゃん……」
「え待ってそれだけ!? そんなわけなくない!? てか興味って何!? きっかけは!? まさかこの前のコルガバってわけじゃないんでしょ!?」
「深艶ってば根掘り葉掘り聞くじゃ~ん。ま、俺たちの熱いヒストリーは何れ美味しいネタになる予定だからまだお前らには教えてやらなあい。じゃあ明日頑張って! 間に合ったら絶対行くからね!」
 返答は待たずチラっと腕時計を確認したみゅうはいたずらっぽく微笑んで手をひらひらとさせながらまるで自然にエントランスを出て行った。
「ええ……?」
 取り残された五人は「興味がある」という言葉を反芻しながら、同じように怪訝な顔で突っ立っていた残りの一人の方を見てやっぱり腑には落ちない顔でそれぞれ帰路につくほかないのであった。

***

 十秒前に返って来たマツリのメール曰く、ちょうどリハーサルが終わって本番の撮影に入るところ、だそうだ。ロビーを颯爽と駆け抜けて受付もひとまず目配せで顔パス。何か背中に叫ばれたようだがそれは後で聞きに行く。地下のスタジオへ急ぎ走る。
 重たい防音扉を一枚開くと、耳慣れた音は既に鳴り静かに袖へ滑り込む頃には一回目のサビに差し掛かっていた。ギリギリセーフといったところか。若しくはアウト。
「はあー、くそ、入りも聞きたかった。でも間に合ったぜい」
「…………」
 先に来ていたマツリの横に立ってそう言ったが、当の本人はこちらを見向きもせずにとりわけ真剣になってステージ上を見つめている。
 息を整えながらやっとその視線を追うと、本来ならば立っているだけで花丸のはずの晴祝慶人が一際眩い煌めきを放ちながらとても堂々と前を見て歌っていた。
 不思議とそれほど驚きは感じない。期待していないのは本当だったが無論それは出来ない方へも然りだ。どんな形であろうとも晴祝慶人が燦然と輝きを放つ時がやってくるのは、遅かれ早かれ絶対的なことだと予感していたわけだし。
「…………」
「……すごお~いよ、ハレちゃん……みゅうくんみたい」
「うんとは言いずらいなそれ……。あれ、てか、歌ってんだよね?」
 先ほどから耳を疑うレベルでオリジナル音源にほど近いメンバーの歌の癖が聞こえる気がして寧ろそっちに驚く。甘いが低く鋭い連のアタック。のびやかなユニゾンはいつも陽の明るい声質がリードしてくれた。歌を着飾るのが好きな春瀬がとても自由に自己表現しながら楽しそうに繋いでくれるから、自分は特別なことは何もしないでいてもよかった。
 ごくシンプルに自分の歌を誰かの前で真っすぐに歌えるのはとても気持ちよくて嬉しい。あわよくばそんな喜びの気持ちごと聞いている人に届けられたならそれが一番、自分にとっての幸せであること。
 まるで自分が歌ったかのような完璧なタイミングで慶人の澄んだソロパートがまだ見ぬカメラの向こう側に届くのを想像して涙が出そうになる。
 果たして自分達は今これほど人の心を動かすことのできる音楽を発信できているだろうか。
 この映像が世に流れたその時、オリジナルとして見劣りしない表現が出来ていると胸を張って言い切れるだろうか?
 そんなことを考えさせられてしまうほど熱い熱い感情のこもったパフォーマンスには素直に感動した。無論、慶人だけが凄いわけじゃない。六人全員がきちんと同じ完成形をゴールに持っているからこそのとんでもない一体感。
 やがて音が止みカットがかかっても数秒誰も何も言わずに佇むのを見て、完全燃焼とはこういうことを言うのだろうなとふと思った。
 小さいが一応ライブホールなのでカメラの後ろに並んで立って見守っていた講師陣が各々拍手で労う音が聞こえてくる。
 そこでようやっと松がはにかんで慶人の背中を軽く叩けば、汗だくの顔でほっと息をついたその安堵の表情を黙って見つめていると、自然と羨ましいなという気持ちが浮かんできた。
 放心するほど夢中になれる何か。同じ方向性を持って進んでくれる仲間。やりきった瞬間の熱の共有。いいなあ。もし生まれてくるのが少し遅くて晴祝慶人と同じ時期に出会っていたらこの場所に一緒に立ってあの頂の熱さを感じられていただろうか。
 たらればに執心しても仕方がないことは分かっている。でも、ならじゃあもしいつか、晴祝慶人と二人で並んでステージに立つことが出来たなら、その時はそこにも、自分にも、この強い情動は果たして生まれてくれるのだろうか? いいなあ。欲しい。羨ましい。たった今このシチュエーション全部が、もしも自分が含まれたものだったら一体どれほど心満たされることができていただろう。
 光る側をぼんやり見つめていると、ふと六人全員が一斉にこちらを見てきて急に我に返る。疲れた顔の深艶が右手を大きく振ると選抜ジャケットの透明なラインストーンがキラキラと光った。
「みゅうさんだ~。間に合ったんだ」
「ギリね! てかおい、みんなお疲れ様ーー! めちゃくちゃシビアに寄せてきてたよね全員!? 音源使ってんのかと思ったよ。深艶と平良なんかよっぽど真反対だったろうに、よく頑張ったよ!」
 軽い嫉妬心を振り払い、努めて明るくそう言って深艶の頭を軽く撫でる。別に何も考えていなかった。ただ本当に良かったと思ったからそれこそ労いの意味を込めてそうしただけで。
 すると、驚いた顔で固まった二人の感情が一瞬で揺らいだのが分かった。
「……まあ、久しぶりにマジにはなりましたね……」
「え、おれはほんとにがんばったから……みゅうさんに言われたら、……ずるい、」
 泣かせるつもりなど微塵もなかったが、泣くほど本気で努力したその分、足りない自分に不安もあったのだろう。言いつつくるっと後ろを向いた深艶が鼻を啜る音がした。
「あーーー最悪、もう全っ部ハレが悪い、謝れバカっ……」
「み、深艶……無理させてごめ……」
「っントだよ……! カラアゲくん驕れっっ」
「あはい……あの、いっぱい買ってあげるねっ……」
 気が付けばいつの間にかマツリの姿が無くなっていて、そこでようやっと自分がこの空間に水を差している可能性に気づく。確かに六人の時間を邪魔するつもりは毛頭なかった。
 本当は、ハレと少しだけ喋れたらそれで良かったのになあと考えながら、ちらっと慶人を見ると何でかちょうど目が合ってドキリとした。次にはすかさず微笑んでお疲れ様と口から飛び出るのだからこの身体の便利さったらない。本心と虚像を本当によく理解して学習した我ながら実に出来の良いシステムだと感心すらした。
「やれば出来るってレベルじゃなかったなあハレ」
「でも、全部みゅうさんの真似っこなんで……。俺は何も出来ないままです……」
「偏屈だな~。普通は真似しようとしても出来ない人の方が多いと思うけどね……」
「そんなことないです。みゅうさんが普段から丁寧に正確に皆に伝えようとしてくれてる全部を受け取ってただけなんで。というか多分みゅうオタさんなら皆できるしうたえr」
「いやんなわけwwww」
 あんまり自信がなさすぎるのもいかがなものかと呆れていると存外真剣な顔でじっと見つめてくるので何かもっと喋りたいのだなと察する。というか、なんだかチワワみたいで抱きしめたくなるのをぐっと堪えて、正面から見つめ返しながらどうしたと問うてみる。
「あの、俺の個性ってなんでしょうか」
「コセイ」
「みゅうさんが大好きってことしか取り柄がなくて、俺の売り方が未だに分かりません……」
「いや~それとってもヨイ個性だと思うよボカァ」
「でもそれだけじゃダメなんだなって今回やっと気が付いて」
「……それだけじゃダメなのか……」
「……。やっぱり今の時点では思い浮かびませんよね……」
 しんなりと肩を落とした慶人は心底困った顔で俯いた。否、実際心底困っているのだろう。
 無論、浮かばないわけじゃ決してない。素直で純粋で、理想もプライドも無い。でも、唯一の好きに頑なに真っすぐ突き進んできた結果が今ならそれは果たして没個性と言えるものだろうか、と上手い言葉を探る。
 晴祝慶人に圧倒的にあって他の人にないもの。まあ、フツーに愛だろ。望幸恋への。
「えっとね、トータルしたらカリスマ性じゃない?」
「え……?」
「ハレはそのままがいいよ。だって今のままで上手くいったじゃん」
「……上手く……いって、ますかね……」
「飽くまで自分は何もしてないってんでしょ?」
「え、いや、そういう意味じゃなくっ……限界までちゃんと頑張ってはいて、」
「そりゃ皆そうだよ。でも、その当たり前にやった努力の結果に皆ついてきてくれたわけでしょ。なら特別なことはしてなくても十分魅力的に生きてるってことでいいんじゃない?」
 チワワがぱちぱちと二度瞬く。そして、この流れからは一ミリも予想していなかったまさかの悲しい表情を繰り出されて思わず眉を顰めてしまった。
「んん……?」
「……それは多分、……みゅうさんがまさにそうだからで……。俺、いつの間にか生き方まで真似しちゃってたのかなあ……」
 自己肯定感が低いのもここまでくると病気だなと思った。いくら褒めても否定材料をわざわざ探して自分が自分を褒めようとしないならいつまで経ってもそのループに終わりなど来るはずもない。
 なにぶん自己否定からくる渇望には一入の持病があるので、陥る側の気持ちは痛い程によく分かるつもりだ。だがだからこそ、他人にならば偉そうなことが言える場合もあるわけで。
「まあ、それならそれでもいいんじゃん? どれだけ俺の真似してたところで、お前は俺になれるわけじゃないし。俺だってハレにはなれないしさ。俺は今のハレが一番好きだよ」
「……今のままで?」
「ん。今のまま進めばオッケー! だから次はさ、下手でいいから自分が楽しいやり方でやったらいいよ。はじめはそこに魅力がないって言われたとしても、どうせいつかありのままのハレの良さを皆が見つけてくれるんだから」
「…………」
 そう、結局凄くても凄くなくても、恐らく晴祝慶人はこれからもっともっと多くの人に愛されていくのだと何度言ったら分かるのだ。元より素質があるとこの身をもって感じている。
 その証拠に、こんな短期間でたったこの五人ですら百発百中で晴祝慶人の虜になった。手放しで面白く思ってもいられないが、それだって既に無自覚な魅力の一部なわけだし個性がどうとか才能がどうとかはこの先悩みの対象にすらなっていかないと思う。
 今はやれることが限られているから狭く感じているだけだ。自分の楽しいと思うフィールドが分かればおのずと得意は極められるように出来ているものなのだから。
「…………。みゅうさんもそうでしたか……?」
「……ふ」
 尚も大層不安げにそう問われて、結局同じがいいのかそうじゃないのかと思ったら少し可笑しくなる。これ以上は埒が明かないし他人の答えなど所詮借りてきた答えにしかなり得ない。曖昧に笑って多分ねと言うに留めることにしたのだけれど。


 ロビーへ戻ると顔馴染みの受付嬢にしこたま文句を言われながら退場処理を終わらせる。
 先ほどの収録が配信されるまでには恐らくそれほど時間はかからない。それまでにはツアー前の準備をさっさと終わらせて番組にかこつけて晴祝慶人を私的に呼びつけたいなあと密かに企む。
 今日までだって多忙のフラストレーションは溜まりに溜まってはいたけれど、久しぶりに強烈なパッションを目の当たりにしたお陰で少しは気分転換になった。
 何より、改めてあの時悩んだ末にテイクオフという曲を作って歌っておいて本当に良かったなと思えたのでそれだけでも大分自己肯定感は上がった。
 慶人ほどでは決してないが、人並み程度に自分の感性に自信が持てなくなることなどしょっちゅうある。
 世間の評価はダイレクトに仕事に繋がるのである程度重要視はしているが、自分の感性を切り取って作り出している一曲とはやはり自尊心と同等。大切にされたらめちゃくちゃ嬉しいし、万一文句を言われたら腹を立てるし落ち込むし反省もする。好き嫌いや得手不得手を凌駕して今や人生の一部と言える曲作りは自身最大の自己表現の手段でもあった。
 だから、”ヨシトさん”がそれを聞いて心を動かされたと知った時も、実際に自分で動いて養成所に入ってきてくれたと知った時も、アンダー生になった晴祝慶人として変わらずにワンスリーを愛してくれて、望幸恋のファンで居続けてくれていると知った時も、
「…………」
 自分の一挙手一投足を文字通り真剣に真似ることで疑似的な自信にしてくれた今日さえも、全部全部、テイクオフを産み落とすと決めた瞬間から生じた小さな小さな波紋に影響された人の返答なのだと思ったら、当然そこに心の底からの情動を感じずにはいられなかった。
 ふと、やっぱりどうしても好きなんだよなあと思い直す。それは、性別も関係性も一切関係なく、ただ人として晴祝慶人の何もかもが好きだというとてもきれいでシンプルな感情。
 でも、やっぱり誰にもとられたくないんだよなあとも率直に自覚し直す。まだやっと側に寄ってきてくれるようになった程度で手にも入れていないはずなのに、否、寧ろ手にいれていないからか?とまごうことなき立派な独占欲が頭をもたげ段々イライラしてくる。このままだとツアーの最終チェックに影響しそうなのでこれ以上は考えないようにと必死になって気を逸らす。
 願わくば今はただ、晴祝慶人がこの先どれほど多くの人に愛されても、どうか変わらず”今のまま”自分を好きでいてくれよと怨嗟の如く祈ることでしかこの心の安寧は守られそうもなくて長い長いため息を吐いてしまうのであった。




>>>>>
こいつらの親愛度をあげていく行為は
少しずつジェットコースターの頂点に昇っていく感覚と似ています
安心してください急降下はまだまだ先でございます









主要ではない登場人物が増えたので補足

望幸恋→晴祝慶人
*ハレ
天然気味。自己肯定感界隈の底辺王。

伊波連→松崇仁
*松くん
いつも温和に微笑む優等生。基本的に優しいがシビアなので指摘にぬかりがない。なんか知らないが誰も逆らえない。小5から近所のダンススクールに通っていてそこの先生がコルトの講師を兼務することになったのでなんとなく養成所に入所。ジャンル問わず踊ることが好き。歌唱は素人だが上手い。

福多三千→景裡深艶
*深艶 みっちゃん
三人姉弟の末っ子。姉二人が地下アイドルとして活動しているので引出が豊富。ずけずけと物を言うので敬遠されがちだが全く気にしていないので永遠にずけずけ言う。ダサいものが生理的に無理なのでプライドは高い。どちらかというと可愛い路線が得意。高校生まで独学の知識でユーチューブを運営していたが養成所はコルトが初めて。基礎的な実力が高い。

松永陽→平良廣祐
*平良
ストリートでダンスバトルをしているところを社長にスカウトされてやってきた。スカウト特典で半年通い放題と言われてなんとなく入所。見た目に反して歌うのも存外好き。なんだかんだ一年通っているので楽しいみたい。口が悪いしトゲトゲしている挙句圧倒的にスキルがあるので誰も触れない。ダンスのことを聞くとめちゃくちゃ分かりやすく教えてくれるのを知っているのはカーストトップだけ。

雀田光→真木英央
*真木
塩顔の美人。美容が好きでごくたまにマツリと化粧品の話をしていることがある。モデル部に憧れの人がいるのでモデル志望らしいが社長のすすめで養成所スタートに。歌唱は得意だが振りを覚えるのが少し苦手。本人はあまり興味がないらしいが演技力が高い。あと写真写りが望幸恋よりもよい。

袴田春瀬→神戯シイナ
*シイナ
普段からあまり前には出ないが顔とスタイルが良いので大体目立つ。一度雑誌のモデルを経験しているが特に楽しくはなかったよう。顔がいいからと従兄弟のすすめで養成所に入所したが他に社会人のフットサルチームに入っていたり日曜大工コンテストで優勝したりと将来有望の多趣味。でももし高校在学中にデビューできたらアイドル活動してみたいと思っている。


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