コメンタリー:5.茨の君
5.茨の君
甘い血の味とともに、ロクスブルギーは目を覚まします。暗い部屋、見知らぬ天井、騒ぎ立てる夜鬼の声。ロクスブルギーがこのとき理解できたのは、起き抜けに喉を潤す血の甘美さと、目の前に泣いている子供がいるということ。そしてどうやらこの子供は、ここしばらく自分にかけられ続けていた声の主のようです。
棺がどれくらいの間カウフマン家にあったのかはあまり明確に定めていない部分ですが、二、三年はあったのではないかと思います。棺がどうやら他のものと分けて保管されていることにルー少年が疑問に思うまでに一、二年、棺を開けてからは一年経つか立たないかくらいのイメージです。
前の方のコメンタリーで少し触れたのですが、ロクスブルギーは眠っている間に聞いたことを、断片的に記憶しています。人間に眠りの深い時と浅い時があるように、吸血鬼の休眠にもそうした波があり、浅い時は意識が覚醒し、周囲の音や声を認識したり思考したりすることもできます。なのでロクスブルギーからすると、ルー少年は見ず知らずの子供ではなく、「最近よく声をかけてくる子供」という認識です。一方的に知っている、というのも実はお互い様という状態なのです。
ロクスブルギーは泣きじゃくる子供の拙い説明から、どうやらここで夜鬼が少年の父親を含む人間たちを虐殺しているらしいということまでは把握しますが、ここがなんのための場所で、なぜ自分がここにいるのかは、この段階では分からなかったかもしれません。もし、目を覚ました時にいかにも金持ちらしい大人が視界に飛び込んでくれば、これまでの経験上競売にかけられている最中だと気付いたかもしれませんが、毎日自宅で語りかけていたはずの少年が突然死地に追いやられている状況は、この吸血鬼を大いに混乱させたでしょう。とりあえず夜鬼を排すればいいようだ、とシンプルに考えることにしたロクスブルギーは、起き上がるといよいよその圧倒的な力の片鱗を披露します。
今作品の『|吸血鬼《ドラクル》』たちには、いわゆる魔法のような力がいくつか備わっています。ロクスブルギーが持つ力は『形質変化』、つまり「自分の血を任意の物質に変化させ、操作する」というものです。これはほとんどの場合、戦闘時に武器を生成するために用いられます。一突きで蜂の巣のように穿たれた夜鬼が描写されていますが、これはロクスブルギーの戦闘技術だけでなく、突き刺さる瞬間に剣の形を変化させて無数の切先を生み出しているからなのです。
そして吸血鬼を含む夜鬼たちは、同族である夜鬼の血が致死の毒――不死である吸血鬼にとっては、死ねない激痛――になるため、ロクスブルギーのこの力は、夜鬼を倒すことに特化しているともいえるでしょう。彼にとって、他者を力で捩じ伏せることは、他のどんな選択肢よりも簡単なことなのです。
そうして文字通り、瞬きほどの間に夜鬼を葬ったロクスブルギーは、この場所から移動することを静かにルー少年に促します。ルー少年は名前を呼ばれ、戸惑いながら後についていきますが、何故ロクスブルギーが彼の名前を知っているのかは、ここまでのコメンタリーで示している通りであり、後々ルー少年も知ることになります。
ルー少年や、あるいはこの物語を初めて読んだ方などは、何故この吸血鬼が親切なのかを疑問に思うかもしれません。下手なことをすれば命がないだろうと考えているルー少年ですが、そんな彼の杞憂を他所に、ロクスブルギーは歩くのが辛ければ運んであげるという意外な申し出さえもします。この様子は人間の年長者が子供に接する時のそれと変わりありません。これは、ロクスブルギーという孤高の吸血鬼に、思いやりや社会性が存在していることを示しています。
SNSで公開している情報ですが、ロクスブルギーには便宜上「姉」としている存在もいますし、その姉には子どもたちもいます。初稿執筆時にはこのあたりの設定というのはそれほど固まっておらず、単純に「この話は人間と吸血鬼が仲良くなる話で、ロクスブルギーは人間らしい感情に理解がある吸血鬼だから」というテーマに沿ってこのように描いているのですが、設定を作っているうちに、このシーンには説得力が出てきたように思います。ロクスブルギーはおそらく、姉の子の面倒をみていたこともあるのではないでしょうか。だから、泣き疲れている子供が大人の歩幅に合わせて歩くことが辛いのではないかと考えて声をかけた――とすると、とても分かりやすいのではないかと思います。
後から付け足していった設定で、こうした部分に深みが増す現象は面白いなと思います。これはある意味、都合の良い辻褄合わせでもあるのですが、いかに読み手にそう思わせず、自然な形で辻褄を合わせられるか、ということは意識を向けている部分のひとつではあります。はじめからきちっと定めて書ければそれに越したことはないのですが……。ロクスブルギーという吸血鬼については、なかなかうまくいったと思う部分のひとつです。
吸血鬼の人情味が垣間見えるシーンから一転、惨劇の現場にふたりは到着します。筆舌に尽くしがたい惨状を目の当たりにし、父の死を受け入れる少年の様子が描かれていますが、少しあっさりとし過ぎていたなと思い、書籍版では数行加筆をしました。ルー少年は後々吸血鬼との再会のために、人生の途上のあらゆる幸福を捨てるような男になるわけですが、決して父の死や、この凄惨な事件に対して胸を痛めていないわけではありません。むしろこの事件から救われたことによって、より吸血鬼への想いを強めたことは確かです。この惨劇が少年にとって、一生消えない深い傷であることは間違いないでしょう。
一方、百年以上の眠りから覚めたばかりのロクスブルギーは渋々死体の残骸から血を啜って、ルー少年を見守っています。ここですぐさまルー少年の血を吸おうとしないのも、元来ロクスブルギーが穏やかな性格であることの表れかもしれません。ルー少年に父親の安否を訊ね、既に手遅れだと分かると、すぐさまこの場からの離脱を提案します。しかし、外には行く手を阻むように待ち構えている大量の夜鬼。生存者の気配を察知して吠えたてるその姿を見て、ルー少年は再度の命の危機に恐怖を憶えます。ですが、先程と違うのは――すぐ隣に、吸血鬼がいることです。
ロクスブルギーはルー少年に対し、安全と引き換えに血を要求します。
正直なところ、たとえルー少年が血の提供を断ったとしても、ロクスブルギーは少年を見捨てたりはしなかったでしょう。傷つき疲れて百年以上眠っていたのだとしても、吸血鬼が名前も持たない夜鬼に後れを取ることは、太陽が西から昇ることよりもあり得ないことです。ロクスブルギーはわざわざ血を貰わなくても、夜鬼を退けることには問題がなかったはずなのです。
ここでロクスブルギーがあえて血の提供を求めたのは、言ってしまえば「どれくらい本気でこの子供を助けてやろうか」という程度を、自分の中で定めるためです。ルー少年を値踏みしていたとも言えるでしょう。さすがに最強ともいえる生命体なので、このあたりは当然のように傲慢さを発揮しています。
ここでルー少年が覚悟を決めて頷いたことで、彼らのこの先の運命は定まったのでしょう。吸血鬼は柔らかな子供の皮膚を破り、その中に満たされた甘い血で渇きを潤します。痛みと一緒にルー少年が感じている高揚感の正体は、吸血鬼の牙が誘発させる性的快感なのですが、八歳の子供であるルー少年にははっきりとそういうものだとは分からなかったと思います。そして大人になったルーはマゾヒストの気があることが有識者の間で囁かれていますが(?)、そのきっかけがあるとしたら、それは確実にこのときです。そのことを踏まえると、このシーンは様々な背徳感に満ちていますね。
ちなみに性的快感を齎すという設定については、どこかで見た吸血鬼の特徴から拝借したのですが、どこで見たのかを忘れてしまいました。見つけたらこっそり教えてください。
そして物語中ほぼ唯一の戦闘シーンが入ります。書いてる側としてはこれは戦闘シーンとは呼べないな、というくらい味気ないですが、このシーンは味気なくても良いのです。何故ならこれは戦闘とも呼べない、圧倒的な力量差を見せるだけの場面だから。夜鬼どもを斃すのに、ロクスブルギーは様々な手段を取ることができましたが、このときは最も迅速で、確実な方法を取りました。自分の血を変化させるという彼の能力の都合上、広い範囲を攻撃しようとすればするほど、一時的に自分の血を大量に消費するので疲労感が強く、喉も渇くのですが、これは覚悟を決めた少年への敬意でもあるのでしょう。お眼鏡に適ったようですね。
その光景に、ルー少年は「やっぱりきれいだ」という感想を抱きます。たとえロクスブルギーが、他の夜鬼のように人間を殺して踏みつけていても、そう思うことは止められない。人間でありながら、人間の敵になりえる存在に心から惹かれてしまっているのです。この場所の様子を想像すれば、美しいという表現からは程遠い惨状であったはずですが、その光景さえも、ロクスブルギーの存在ひとつで塗り替えられてしまったのです。
どんなに長い夜も、時が巡る限りいつかは明けるもの。
そして夜の終わりは、吸血鬼との別れを意味します――
(6話コメンタリーにつづく!)
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