2-5

梅雨入りしてからは、当たり前のことだが長雨が連日降り続いていた。
しとしとと降り続く雨、といえば優雅に聞こえるが、実際はじめじめと鬱陶しい空気に煩わされる日々である。
ラブホテルで一夜を過ごした後は他の人に見られないように早朝に出て別れ、それぞれの家に帰った。母親にはいきなり連絡なしに泊まりなんてとぐちぐち長たらしくお説教をされたが、まあ実際していることを思えばそれもやむなしである。なんだかんだバレなかったことだけは幸いに思っておくべきか。
雨上リラとはあれから、学校では少し親しくなった友人……程度の距離感で過ごしていた。俺から言ったわけではないが、関係を大っぴらにするつもりはなかったのであまり向こうから来ることがないのはありがたかった。
バイトの申請に関しては、俺も一緒に先生のところへ行って頼み込んだ。雨上リラの家の事情はやはり効いているのかそちらは難なく通され、俺に関しては十分な所得の家庭だろうと渋られる。最終的に、社会経験を積みたいのだと親にも先生にも必死にアピールをし、学業に問題がない程度なら、と渋々了承を得たのだった。
なんとか先生を説き伏せ拝み倒して了承を得た後、くたくたになって教室に戻ると彼女は一人で残って課題をしていた。

「まだやってるの」
「うん。ここでした方が集中できる」
「ふーん。真面目」
「そうかな」

何気ない会話をしながら帰りの準備を進めていると、窓の外から不穏な音が聞こえてくる。
雫がぱたぱたと落ちる音が、次第に大きくなり、ざあざあと数えきれないくらいの量になっていく。夕立だ。

「あー……」

面倒臭いな、と思った。俺の家はまあまあ近いのでこの程度なら走って帰ればいいが、雨上リラの家は、バスで通学している程度には遠いはずだ。
横を見ると案の定、彼女の顔にも僅かに途方に暮れたような趣があった。手元の課題は最後まで埋まっていて、後は帰るだけだったのだろう。

「帰れそ?」
「まあ……どうしようもないし。濡れて帰る」
「風邪引くよ」
「大丈夫でしょ。このくらいで風邪引かない」
「いや……」

いかにも大丈夫じゃなさそうな身体をしていてよく言うものだ。俺みたいに健康な男子高校生ならともかく。

「あのさ……俺ん家に一回寄っていけば。傘貸すから」

ちらとこちらを見やる目には迷いと躊躇いが見える。少しだけ、うろ、と視線を彷徨わせたのちに、彼女は頷いた。

「よし。そんじゃ急ごう」

通学鞄を肩に掛けて気合いを入れる。雨上リラはビニール袋を出して荷物を一回そこに全て入れていた。中身が濡れないようにするためだろう、本当にまめなことだ。俺の教科書は既にふにゃふにゃだぞ。
準備を終えた彼女と靴箱まで行き、靴を履き替えて、しとどに降り頻る中に手を繋いで飛び出す。
ざあ、と、耳元まで雨の音が広がった。

「こっち! ……え!? おそ!」
「ちょ、まって、転ぶ……」

雨上リラは、思ったより足が遅かった。背が小さいからというわけじゃないだろう、脚は身長に見合わず長い気がするし。単に運動が苦手なだけかもしれない。
急かすように手を引っ張って応援するように叫ぶけど、雨音で掻き消されていく。雨の向こうの困惑したような表情は、次第に可笑しそうに笑う顔になった。
雨上リラが口を動かす。なんて言ってるのか、聞こえない。ざあざあざあ、と響く雨音の中に涼やかな声のかけらだけが転がっていって、意味を成さない。届いてないのに気づいて、彼女はまた口を開けて笑った。
俺たちは、雨の中を笑いながら駆けていく。こんな映画が、昔あったんだっけな。
葛藤も疑念も不安も、全て雨に溶けて流れていったみたいに、今だけは憂いなく笑い合っていた。
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