付き合った経緯の話


グ・ラハとヒカセン(マリィさん)がお付き合いすることになった経緯の話。
ロマンス? ときめき? ちょっと知らない子ですね。

視点はグ・ラハ・ティア(すきすきだいすき)
暁月6.0のすぐ後くらい。
水晶公時代にこれをやってたらで一度走り書きしてたけど、それをやるとこんがらがるのが目に見えてるので、たぶんこれが一番うまくいくと思います。

グ・ラハで書いてるけど、他のカップリング想定でもおおよそこういう話。
暁月開始前に出会った人ならば。ヴァルシャンとかならこうではない。

相変わらずマリィさんはアロマンティック(無恋愛指向)疑い。



■



「ラハ君ってば!!」
「おわっ?!」

 集中して文字を追っていたその最中、急に至近距離で怒鳴るように呼ばれて、流石に驚いて手にしていた書類を散らばしてしまった。ついでに椅子からひっくり返りそうになり、ギリギリ踏みとどまる。
 驚きに早くなる心臓をなだめるように手で抑え、声がした方に視線を向ければ、腰に手を当て明らかにご立腹の様子のクルルがそこに立っていた。

「ど、どうしたんだよクルル。急に大声出して」
「やっとこっちを見たわね、ホントにもう……。言っておくけど、これで3回呼んだから。私に恨み言とか言わないでちょうだい?」
「あ、ああ……?」
「さっきまで、本当にほんの今まで、あの人が来てたのよ? ラハ君の顔も見たいって言ってたのに」

 怒りの次は、呆れ顔になったクルルはオレにそう告げる。
 今の今まで来ていた。つまりは来客があった。
 オレの顔を見たいというその人が来たことをクルルは何度も伝えようとしてくれていた。しかし、オレは書類に集中する余り、右から左へ……いや、意識を向ける事も無かったんだろうから、まったく耳に入らなかった。
 結果その人は帰ってしまった。
 その人とは誰か?
 バルデシオン委員会の分館に来た用事自体は別にあったとして、その際にオレの顔が見たいと言う、その機会をオレが知らず逃して恨み言を言う可能性のある人物なんて。
 ……一人しか思い浮かばなかった。

「……もしかして、マリィが来てたのか?」
「本気で聞こえて無かったのね」

 恐る恐る問うた言葉に、心からの呆れ声。それは肯定も同然だ。
 ざざあ、と顔から血の気が引いた音を聞いた気がした
 暁の血盟が表向きの解散となった今、彼女は救世の英雄という看板も下ろし、元の自由気ままな冒険者に戻っている。周囲がそう扱っているかは別として、本人はそのつもりでいる。
 勿論、縁のある人の所へ顔を出す事は珍しい事じゃなく、ここにだって来る事はある。詳しい事は知らないが、哲学者議会から何かの依頼を受けたとも聞いたし。クルルから依頼を出す事もあるようだ。
 だが、以前のように、長い時間一緒に行動したり話をすることは無い。
 そんな貴重な一回を、オレは、うっかり逃した……
 クルルは悪くない。オレが聞いてなかったのが悪い。自分の集中力が恨めしい。
 べちん、と机に突っ伏す。せっかく、久々に会えるチャンスだったのに……
 あからさまに凹むオレに、はあぁっとクルルは大きくため息を吐いた。

「……もう行っちゃったけど、テレポで転移した訳じゃなかったわ。アゴラの方を見たいし、他にも寄る所があるって言ってたし」

 その言葉に、突っ伏していた顔を勢い良く上げる。
 分館で会ってすぐに話せる機会は逃したが。まだシャーレアンに居るなら、本当に今さっきまで居たのなら、追いかければ間に合うのでは……?!
 そんな期待を抱いたことは、きっとクルルにはお見通しだろう。仕方ないなとばかりに、彼女は苦笑を浮かべる。

「ちょ、ちょっとだけ、休憩行ってきていいか……?」
「はいはい。この後使い物にならなくなるくらいなら、行ってらっしゃい」
「サンキュ、行ってくる!!」

 すぐさま、仕事中は邪魔だからと外して放っていたストールを引っ掴んで、大急ぎで広間から出る。
 そのままの勢いで分館から出る際、背中にオジカののんびりした『行ってらっしゃい』がかかった辺り、彼も想定した通りなんだろうな。ギリギリ返した行ってきます、は届いただろうか。
 先ずは分館前の通りを見まわしたが、既にその姿は無い。
 そもそもオールド・シャーレアンの街は広いし高低差も大きい。歩いてなんか行かなかかっただろう。
 急いで分館前の移動用エーテライトからアゴラの方へ。
 沢山の店が並ぶ広場にも、姿は見えなかった。それなりに人で賑わっているけど、もしも居るなら見逃す筈がない。
 もう用事を済ませた? でも、先に別の何かを見に行った可能性だってある。なら、ここで待つか?
 いや、彼女が目的もなく店をぶらぶら見ながらうろつくなんて想像できない。であれば、手早く用事を済ませてもう去ったと考える方が妥当だ。
 であれば、ここで彼女が行く可能性のある他の場所はどこだ?
 各学科に協力を求められているという魔法大学? 最近所属して依頼を受けているというグリーナーギルド? いや、ルヴェユール邸かもしれない。アメリアンスさんと仕事をしているとも聞いたし、アリゼー達の様子を伝えるついでにお茶をしていく事もあるとか。
 行きそうな場所の候補を頭の中で纏め、結果オレは智神の港へ転移した。
 ここにはグリーナーギルドもあるし、モブハントの窓口もある。ラストスタンドもある、可能性としては一番高いと判断した。
 果たして。素早く周囲を見渡すオレの視界に、見慣れた英雄の姿が飛び込んできた。

「マリィ!!」
「あら? グ・ラハ、仕事中じゃなかったの?」

 丁度モブハントの依頼書を眺めていた彼女は、オレに呼ばれて振り返る。
 背の高い彼女の元へ大急ぎで駆けていき、はーっと思わず大きく息を吐いた。
 疲れというより、安堵だ。

「すまない、さっき分館に来てたのに、オレ気が付かなくて……」
「相変わらずの集中力だったわね。別に謝らなくても良いのよ、それだけ頑張っているのだもの」

 いやまあ、別にオレに会いに来た訳じゃなく、どちらかというとクルルに用事があって来てたんだろうけども!
 それでも、会いたいと思ってくれたのに、即座に応えられなかった。ふがいない。
 というか、会いたいっていうならオレの方がずっとあんたに会いたかったんだが!

「というか、わざわざ追ってきたの? 仕事は?」
「あんたが来てくれたなら会いに来るよ! ちゃんと休憩も貰ったし」
「そう。それならせっかくだもの、少しお茶でもしていきましょうか」
「い、良いのか?」
「ええ。特に急ぎの用事も無いし、グ・ラハさえ良ければ」
「良いに決まってる!!」

 ぱあぁ、と自分が笑顔になるのが分かる。それを見て、とても微笑ましく思われてるのも。
 オレの方が年上の筈なんだけどな。その年齢差を補ってあまりある落ち着きが彼女にあるから、仕方ない。……あとオレの方の性格の問題もあるか。
 二人で連れ立って、ラストスタンドへ行く事になった。この街でお茶をするなんてなったら、当たり前の選択だ。
 昔はオレも他の研究者達と同じで、味なんて二の次、大事なのは体と頭の回転を維持するだけの栄養……と思ってたものだけど。
 今じゃ美味しい物を食べる喜びをしっかり覚えてしまったし。何より、この人の口に入るのならば、栄養だけのものよりも心のこもった美味しい物であって欲しい。

「相変わらず忙しくしてるみたいね」
「ああ、まだまだかかりそうだけど。でも、結構片付いて来たぜ」

 なんせ、バルデシオン委員会の歴史と資料の再編だ。
 所属していた人の多くがもう居なくなってしまった。何より、ガラフさんが居ないのが大きい。
 本来取りまとめていた人が居なくなってしまったのだから、これから再建してクルルがそれを背負っていく為には、必要な事だった。
 関わっていた事象は多岐に渡るし……それでも、ほぼ壊滅状態となった委員会のその原因の解明と解決はマリィが大きく関わり担ってくれたし、その志だって受け継げたと思う。

「マリィだって忙しいだろ? 今日も委員会に来てたのは、またクルルに何か依頼されたのか?」
「ああ、いえ。今日は別件でね、預かってもらっていた物を受け取りに来たの」
「? 何か預けていたのか?」
「ボクが預けているというか、他の人が預けていたというか。まあ、手紙よね」
「……そういうのって、普通レターモーグリが届けるんじゃ」
「ボクの個人的な手紙の送り先を知らない人からだからね。それじゃあ、モーグリ達だってどこに届ければいいか分からなくて困ってしまうもの」

 ああ、まあそりゃそうか。
 それでも、あんたほど有名なら、英雄のマリィさんに! で届きそうな気がするけど……いや、都合よく出会えるとも分からない人への郵便物を持って探し回らせるのは酷か。
 それでも届けようとしたら、有名な所属先である暁はもう今は表向きにはないし。となれば縁の深いバルデシオン委員会や、もしくは今も石の家を利用しているタタルのどちらかに預けるのは妥当だな。
 注文したコーヒーを飲みながら、そういう事もあるのだろうなと納得する。

「感謝とかお礼の手紙とかか? それなら、双蛇党に預けたっていいだろうに」
「そういうのもあるけれど、これはね。たぶん預かって貰えないんでしょう」
「……待ってくれ、いったい何を送り付けられてるんだ?」

 世界中から感謝されるべき人だけれど、彼女を恨み憎む人だって居るのは仕方ない。
 そんな害意や悪意をクルルが素直に預かったとは思えないが、いったい何があったのか。

「別に毒や爆弾じゃないわよ。うーん、なんて言うのかしらこういうの。ん-……、……お見合いの申し込み?」
「は?」
「本当に『は?』って感じよね。利用価値があるのは理解出来るのだけど、まさか複数来るとは思わなくて、正直ボクも戸惑ってるわ」

 ……いや、オレの今の『は?』と、マリィが感じてる『は?』はニュアンスが違う気がする。
 お見合いの申し込み。見合いの釣書的なもの?
 誰から? あんたの個人的な連絡先も知らないような連中から? しかも複数?
 第一声はそれが上手くかみ砕けなかったが故の戸惑いだったが、理解が及ぶと途端にイラっと……そんな生易しくないな。明確な苛立ちを感じた。
 が、ハッキリ怒りを表明できる関係でもない。大切な仲間で友人で憧れの人ではあるが、それだけなのだから。

「……それ、どうするんだ?」
「とりあえず、帰って目を通して、お断りのお手紙を出すだけよ」
「わざわざマリィから直々に?」
「そりゃあ、ボクに来てるのだし……」
「募集しても居ない見合いの申し込みをしてくるような、失礼なヤツらじゃないか」
「そうだけどね。でも、こちらも会いもせずにお断りするのだもの。この程度の誠意くらいは、あってもいいと思うわ」

 そう、なんだろうか?
 確かに、直接会いに行って断るでは、言いくるめられたり、二人きりにした事を周囲に喧伝して変な事実を作られたりするかもしれない。それなら、手間でも直筆のお断りの手紙が一番無難か。
 それでも、英雄からの直筆の手紙だと……!! うらやましい。いやうらやむ内容じゃないけど。
 何とも言えない気分になったが、でもホっと胸を撫で下ろす気分だった。
 どんな人間から送り付けられているのかは分からないが、この人に誰かと婚姻を結ぶ意思は無いという表明がされた訳だ。
 彼女の手を煩わせている誰かに苛立ちは感じるが、彼女が誰の物にもならないという事実に、不謹慎ながら安堵してしまう。

「まあ、あんたは人気者だもんな。しかも星を救った英雄ともなれば、良くも悪くもそういうのが来るのは仕方ないか」
「別にボク一人でやった訳でもないのに、どうしてかしらね」
「それはそうだけど、先頭にいたのはあんただからじゃないか?」

 どうしても何もって感じだけど、最も貢献したという自覚は今も昔も無いんだよな。
 偉業を笠に着ない人だ。どれだけ偉大な英雄なのか、本人だけが分かっていない。
 だからこそ、いつも自然体なあんたに惹かれる人は沢山居るのは、それこそ仕方ない事だ。

「そのうち、その手の申し込みは無駄だって分かってくれるといいのだけれど」
「長引きそうな気はするな。あんたは恋愛事とか結婚とか興味無さそうなのに」
「いえ、別にそんな事はないのだけど」

 …………。……え?
 コーヒーの香りを楽しみながら話していたら、途中でまた理解しがたい内容が飛び込んできた気がして、思考が止まってしまった。
 改めて視線を上げるが、向こうもオレと同じでコーヒーの香りと味を楽しんでいる。
 本当になんでもない事を言っただけのように。

「……マリィ?」
「なあに?」
「マリィって、……そういう興味って、あるのか?」
「正直言うと、恋愛事には無いわね。というかもう、自分に恋という感情が搭載されてないんじゃないかって思ってるわ」
「極論過ぎないか?」
「いえだって、これだけ多くの場所に行って、沢山の人に会って、尊敬に値するような、好意的に思える男性にも女性も出会って来て、真っ当な人間なら一度くらい胸がときめく瞬間がある気がするのよ」
「……うん、そうだな?」
「それなのに一度も無いの。恋がどういう風な心の動きをするのか、本や人の話としては理解してるけど、当て嵌まる感覚は無くて。もう、たぶんボクにはそういうのがそもそも無いか、あるいは想像できないほど、とんでもなくニッチな特殊性癖なんじゃないかと思うわ」
「いやだから極論だな?」

 彼女が誰かに恋をしては居ないのだろうな……とは、オレも、暁の他の面々も思っている。
 誰にでも優しい人だけれど、誰かに強く執着した所を見た事がない。強いて言うなら一番執着しているのは彼女の家族で、それは普通だしこの話とは別枠だ。
 次に他より気にかけているとしたら、アルフィノとアリゼーの二人。ただそれは、自分より年下の身近な仲間だからだと思う。彼女から二人へ向ける視線は、とても優しい、姉のような目だ。
 ただでさえ同族で年下と来たら、弟に重ねて見るのは仕方ないだろう。本人達もそれを理解して、何も言わずに受け入れているらしい。
 確かサンクレッド辺りが酒の席でヤ・シュトラに話を振った時、デリカシーが無いわねと呆れながらも、そういう事は無いんじゃないかしらと口にした。
 世界をエーテルで見ている彼女からしてみれば、大きな感情の揺れ動きはそれこそ目に見える。強い怒りや喜びは、その人のエーテルの流れに影響する。無論恋もそれに含まれるんだろう。
 そんな魔女から見ても、マリィが恋に浮つき、けれど外には出さず……なんて心の動きをしたのを見たことがないそうだ。無論、人並みに怒り悲しみ喜ぶ事はしているのを確認した上での話。
 彼女は誰の事も特別に好きだとは思っていない。……オレ達全員を含めて、だ。
 その事を、オレ達は知っている。

「恋は興味ないけど。ただ、そのうち結婚したいとは思うわよ。子供は欲しいから」
「お、おう……? そういうものなのか?」
「ええ。だって、ボクの家族と同じ血を引いているのは、ボクしか居ないもの。いえ、親戚くらいどこかには居るでしょうけれど、知らないし」
「……ああ、なるほど」

 つまりは、やっぱり彼女は何より家族を愛している、という事だ。
 自分で愛する家族の血が途絶えてしまう、それが悲しくて、出来れば次に繋げたい。
 そういう事ならば、恋は興味が無くても結婚自体はしたい、という思考になるんだろうな。

「ただ、こういう人となりもよく知らないのにお見合いを、という相手ととは思えなくて」
「それはそうじゃないか? そりゃあ人によっては家柄とか利益とかを考えて婚姻をするだろうけど、あんたはそんなのに縛られる必要無いだろ」
「ボクもそう思うのよ、貴族でも名家の血筋でもない、あくまでも田舎の一般家庭出身だもの。と言っても、流石に現在の立ち位置的に、誰でもいいとは言えないけど」
「うん、まあそうか……。下手な相手を取り込んだら、それこそ世界の危機になりそうだ」
「困ったことに、そうなのよね。だから、少なくともボク自身を知らない、英雄なんて肩書や、この力をアテにしているようなのは、ちょっとお断りね」
「当たり前だな」

 いったい、彼女の肩書や存在にどれほどの価値があるか。
 マリィ自身に正確な理解は無いだろうけど、面倒なことが起こりそうな予感は持っているようで、何よりだ。
 ただでさえ、ウルダハとかでは騙されたり利用されたりした訳だから。多少、自己防衛をしようとは思ってくれてるみたいで安心する。

「だから、最低でもボク自身にちゃんと好意を持ってくれて、冒険者をまだ続けることを理解してくれて。後は、政争とか金儲けとかそういう類に利用しそうにない人。それから、結構ボクを恨んでる人って居るから、最低限の自衛行動が出来る人、が条件かしらね」

 ……いや、そんな人間、たぶん両手で数えきれないくらい、居ると思うんだが……?
 指折り結婚するならという条件を上げる彼女を、思わずまじまじ見てしまう。

「なあに?」
「いや……その、マリィからの好意とかの条件が無いが……?」
「あー……そうね、子供に両親が不仲だとは思って欲しく無いものね。だから、ボクから見ても普通に敬意と好意を持てる、は必要だわ」

 なんというか、話としてはそれはそう、なのだが。とんでもなくズレてるように感じるのはオレだけなのだろうか。
 いや、気のせいじゃないだろう。だって、一連の話に自分が幸せになりたいとか、好きな人と結ばれたいとか、そういうのが一切無い。
 相手を選ぶのは、その相手や周囲の人間を不必要な危険に晒さないため。子供が欲しいのは、自分と言うより愛する家族の血を繋ぎたいため。自分に対する好意を求めるのは、その結果である子供に寂しい思いをさせないためだ。
 徹頭徹尾、自分に対する思いやりが無い。条件さえ満たせば、自分が最低限嫌悪さえ感じなければそれで良しとしそうだ。というか、たぶんする。
 それでいいのか? いや、良い訳あるか?!

「あのさ、一生に一度……とまでは行かないにせよ。そういうのって、もう少し慎重に考えた方が良いと思うんだが……」
「考えてるわよ? だから、お見合いの申し込みは断っているのだし、そもそも条件を満たす人なんてそうそう居ないでしょうし」
「いや先ずそこがズレてる……」
「何にせよ、別に今すぐそうしたい訳でもないわ。まだまだ冒険者で居るつもりだし。幸い、まだ若いし。いつかそのうち、別にそれで構わないって言ってくれる奇特な人に出会えるかもしれないし」

 いやだから、あんたが言った条件をクリアする人とか、思いつくだけでも二桁は居るぞ?! なんなら、片手分は暁の皆で余裕で埋まるが?!
 うーん、いずれはそうなったら良いくらいのつもりで、積極性は無いようだが、本当に……
 どこまでも自分の価値と魅力に無頓着なマリィらしい言い分に、苦笑を浮かべるしかない。

 ……が。次の瞬間、とんでもない自分の浅慮に気付く。

 いつの間にか、会話をしているオレ達の周囲の音が殆ど無い。
 全くない訳ではない。オレ達以外の会話の声はする。しかしそれは何故か、妙に抑えられた、ひそひそとしたものになっている。
 今自分達はどこにいるか。オールド・シャーレアンの智神の港近くのカフェ、ラストスタンド。
 この街には、味は二の次で大事なのは栄養、という考えの研究者が多い。故に、飲食店というものは少なく、その味も死んでいる。だから、外から来た人々は確実にここを利用する。
 以前よりこの国も開かれ、外からの商人や冒険者も多く訪れるようになった。
 無論、美味しい物を求めるシャーレアン人もここを利用する。その中には研究者から学生、果ては哲学者議会の議員だって居る。
 誰が居るか分からない場所なのだ。上から下まで。
 そんな場所で、今オレ達はとんでもない事実を暴露した。
 即ち、『我らが英雄殿は、決して婚姻関係を誰かと結ぶ事を忌避していない』。
 本日二度目の顔から血の気が引く思いがした。
 まずい。とんでもなくまずい。
 今まで、徹底してそういう浮いた話の無い人だった。誰にでも分け隔てなく優しい、凛とした英雄。誰の手も届かない高嶺の花。
 そういうイメージだったから、その見合いの打診の手紙というのも、彼女が手ずから返信しようと思える数で済んでいた。そう、まだ少ない方だった。間違いない。
 なのに、今この場の沢山の人に気付かれた。別に一生独り身を貫くつもりでもなく、今すぐではないがいずれそういう相手を得る希望がある、と。
 恐らく、明日の今頃にはこの情報は各国に知れ渡る。なんなら紆余曲折の末、『救世の英雄が婚姻相手を探している』にまでねじ曲がり、とんでもない事態になる。
 利権目当ての金持ちから、純粋に彼女にあこがれる人まで大挙して押し寄せる。その混乱を抑える為に各国の盟主まで出てくる可能性も大いにある。なんなら盟主のうちの何人かが名乗りを上げる事だってあり得る。
 そこまで行ったら、もうダメだ。誰か明確な相手を決めるまで、騒動は収まらない。例え、彼女が望まなくても。そこに行く着くまでに、どれだけ突撃してくる求婚者が発生し、その対応に迷惑を被るか。
 高確率で……否、ほぼ確定で起こるだろう予想図に、咄嗟にオレは立ち上がっていた。

「マリィ!」
「?」
「あんたの伴侶として、オレが名乗り出たい!」

 ……瞬間。今度こそ、ラストスタンド周囲の音が全て消えた。
 静かに打ち寄せる波の音だけが聞こえるような静寂の中、決意を込めて見つめる先の彼女は、丁度コーヒーを口に含んだところだったらしく。完全に虚を突かれたと言ったように目を丸くして、それから、冷静にこくんと口の中の飲み物を喉の奥へ落とし込んだのが分かった。
 オレだったら、唐突にこんな場所でこんな事言われたら、吹き出すかムセる自信がある。こんな時でもこう、無様は見せない辺りがすごいなあ、と全く状況にそぐわない事を思った。
 そんな事を言われるとは全く欠片も思っていなかった、というのがハッキリ分かる顔で。それでも、周囲から一切の音が消えた……即ち、自分達の状況を固唾を飲んで見られている状況、というのが彼女にも理解出来たようで。
 視線がオレから外れ、いくらか周りを見た後。カチャ、と小さく音を立てて、手にしていたカップをソーサーに置いた。

「こんな所で話す事じゃなかったわね。場所を変えましょうか」
「あ、ああ」

 それは本当にそうなんだよな。
 とんでもなくプライベートな話をしてしまった。酒を飲んで口が軽くなったという訳でもないのに。
 先に言ったのはマリィだけど、興味を持って聞いてしまったのはオレだ。たぶん、彼女自身さして重きに感じていない事柄だったのだろう。だから答えてくれてしまった。
 だが、この先は本当にその辺で話すことじゃない。そう判断してくれた事がありがたい、ような、いや、どちらかというと恥ずかしいよりは、やらかしたという凹みがでかい。
 普段通りの冷静な表情と声色に戻り、場所を変えようと席を立った彼女に続いて、オレもラストスタンドを後にする。
 何処に行くのだろうと思ったが、どうやらバルデシオン委員会の分館に戻るみたいだ。それはそうか、ここで安心して他人の目から離れて話せる場所の心当たりは、あそこくらいだ。
 心臓の動悸がヤバい。憧れの人に求婚してしまったという事実もあるが、むしろこれは処刑場に引き立てられる罪人みたいな緊張感と恐怖によるものだ。
 それでも、逃げる訳にはいかないので。
 無言で先を歩いている彼女に遅れないように、ぎゅっと心臓の辺りの服を掴んで落ち着くように自分で自分に言い聞かせながら、歩いて行った。



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