ごっちんとあずちょも



II


 後家兼光は一体全体どうして自分含めて長船派が黒スーツ集団なのか常々不思議に思っているし、一文字派が白一色なのかも不思議に思っている。黒と白。いや刀剣史的には白黒の順番か。人は対に美しさを見出すものだから、梅と桜の兼光と長義しかり、鎌倉備前の二大刀派に二項対立のシンメトリーを感じているのかもしれない。それが装束にも影響を与えているとか。刀剣男士とは歴代の主個人のみならず刀派の歴史も体現する存在だ。
 そういうことをつらつら考えながら風呂上りに厨で牛乳を一気飲みしていると、計ったように真っ白いジャージを羽織った刀がやって来た。山鳥毛だった。
「山鳥毛はインナーは黒なんだ」
「ああ、そうだな? ……君とは逆だ」
「あー確かに。ボクのインナーはおつうとおそろいかな。で、上着は長船。山鳥毛のは何由来?」
「さあ……。我が翼も姫鶴も、そういえば則宗もか、下は黒だから単に上に合わせただけではないか?」
「白には黒ってわけね」
「小豆長光も下のTシャツは白だ」
山鳥毛の言葉がしんとした空気に溶けていく。夜更けの厨は静かだった。後家が牛乳を嚥下する音すらよく聞こえる。雪国暮らしが長かったから、この静けさは雪降る夜の静けさだと直感で理解していた。明日の内番はきっと雪かきから始まるだろう。窓の外の真っ暗な闇に白い雪が降り積もる。そういえば雪はそれそのものは白いわけではないらしい。透明な結晶が乱反射して結果的に白く見えるそうだ。では雪とは白いわけではなく様々な色の集合体として白く見えるわけで……
「小豆長光のことは苦手か?」
「え?」
没入していた意識が引き上げられる。山鳥毛はいつもの柔和な笑みを浮かべていた。後家の話を聞いてくれるときの表情だった。
「あまり話しかけに行かないと思ってね。推しなのだろう?」
「ボクは上杉箱推しだから推しにはキミも入っているし、推し方って色々だよ。推しに認知されたくないひともいる」
「認知されたくないわけか」
「一! 般! 論!」
山鳥毛は声を上げて笑った。揶揄われている。むっとして答えた。
「小豆長光は川中島の合戦で謙信公に振るわれ信玄の軍配を切った名刀中の名刀だ。謙信公を体現した素晴らしい刀だよ」
「私の質問には答えていないんじゃないか? 後家兼光」
山鳥毛は愉快そうに言った。
 面倒だとは思った。これは正直に話すまで逃がしてくれない奴だ。山鳥毛は、特に後家が相手のときは聞き役に徹することが多いが、いざというときは全然誤魔化されてくれないし聞き出すまで食い下がり続ける。なお悪いことにひとを丸め込む術だって心得ている。実は執念深いひとなのだろうと後家兼光は思っている。
 後家を追い詰める山鳥毛は楽しそうだった。一体なにが琴線に触れたのだか。そうして後家は小豆長光について、山鳥毛から表面的な話以外は聞かされていなかったことに気がついた。仲は良かったらしい。恋仲でもあったらしい。山鳥毛もその事実を否定しなかった。だが心の内のことは何も教えてくれなかった。後家が踏み込まなかったのもあるが、穏やかな物腰ではぐらかされてきた。
「上杉家には‟小豆長光„という刀はいなかった。あれは物語の産んだ名称だ。後家兼光、君も知っているだろう」
気を遣ってあえて触れなかったことに山鳥毛は自ら言及した。
「分かっていて鎌かけたでしょ」
「君があの刀に興味を持たないはずがないのに避けているようだったからね」
「別にぃ……避けてはないし。おつうに釘は刺されたけど」
「なるほど」
小さく笑うと山鳥毛はゆっくりと立ち上がった。コンロにホーロー鍋を置く。
「ホットミルクでも飲むか」
「甘いの?」
「苦手か?」
「いいや、好きだよ」
山鳥毛も台所に立つらしい。刀剣男士として顕現してもなお一家の長なんてやっているから、家事全般はやらないものだと思っていた。後家の驚きに反して山鳥毛自身は慣れた手つきで牛乳を鍋に注ぐ。
「砂糖とメープルシロップ、どちらがいい?」
「任せるよ」
隣に立って鍋を覗き込む。牛乳は真っ白だった。雪のはかない白さではない。とろみが生々しかった。
「作り方、小豆長光に教えてもらったとか」
「……そうだな」
「断袖の仲ってやつ?」
「また古風な……」
「古臭いんでしょ?」
「……作り方を教わったのはそういうのではないからな。それに、奴は袖を切るくらいならたたき起こしてくる」
「へえ……」
「なんだ」
「あー、山鳥毛が|そっち《、、、》なんだなって」
「後家兼光……!」
「あはは、ごめんって」
山鳥毛は手で口元を覆って呻いた。目元が赤い。紋にも朱が走っている。
 うわ、すごいところ見ちゃった。にやけかけた唇を咄嗟に噛んで平静を装う。山鳥毛が動揺を見せるなんて珍しい。しかも色恋沙汰だ。それなりに長い付き合いで初めてのことだった。それだけ小豆長光の話題は心の柔らかい部分の話なのだろう。
 揶揄って申し訳なかった気になりつつも、とにかく音に聞こえし謙信公の御佩刀と無事に元鞘ったのは喜ばしいことだった。まあおつうの歯切れの悪さからその辺は察していた。
「よそではやるなよ」
「はいはい、ごめんなさい。……上杉のこと、うちだって思っているんだ」
山鳥毛はちらりと視線を寄越した。
「私は上杉家の重宝だが、一文字一家の長でもあり小鳥の持ち刀でもある」
「肩書長くね?」
「残るとはそういうことさ」
山鳥毛はこともなげに言った。
「残ったから兼光じゃなくなっちゃったんだもんね」
「……ああ」
「あーあ、おつうにとられちゃった……」
「その言い方はやめてくれ」
「小豆長光は何か言ってた?」
「いいや、小豆も刀剣男士とはどういうものか理解している。変わったのはお互い様さ」
「|小豆長光《、、、、》について話したことがあるんだ」
「まあな。|余桃《、、》になっても困るだろう」
「心変わりするなら山鳥毛の方じゃない? 六百年くらい経つでしょ」
「食いかけの桃などいくらでも分け合ったよ」
「惚気んじゃん」
「興味があるんだろう?」
「まーね」
いよいよ牛乳からは湯気が立ち始め、山鳥毛は棚から取り出した砂糖をばさばさ入れていく。
「そんな入れんの? 多くない? 大丈夫?」
「多めに入れているからな。かなり甘いぞ」
「山鳥毛、そんな甘党だったっけ」
「君は一人でいても頭の中で喋り続けるだろう。人の身は頭を使うだけでも疲弊する。……マグカップを出してくれ」
自他ともに認めるお喋りの後家が言葉を失ってしまった。顔に熱が集まるのを感じる。ちょっと、これは……嬉しいけど、めちゃくちゃ照れる……
「やっばー……。惚れそー」
「いいんじゃないか? 小豆と話すきっかけにしたらいい」
「いやーでもボク一言多いらしいからねえ……」
「怒らせるのも一興だぞ。うん、面白そうだ。ちょっと行ってやって来い」
「推しに斬られる願望はないなー……」
カップに牛乳を移しながら、いよいよ山鳥毛は声を上げて笑った。




 後家兼光は神経が図太く能弁ではあるが、その割には顕現直後からどうにも小豆には遠慮がちだと山鳥毛は思っていた。しかしながら元の物怖じのしなさが凄まじいので、気が付いていたのは上杉の古馴染み連中くらいのものだろう。
「きみも上杉おしのかたなになったのかな」
「私は上杉家御手選び三十五腰の一振りだが?」
すぐさま言い返すと小豆は面倒くさそうな顔をした。おい、吹っ掛けて来たのは君だろう。しかも事後に。
 軽くシャワーを浴びただけとはいえ、風呂上りの身にはよく温まった冬の屋内は少々暑い。山鳥毛は行儀悪く胸元をくつろげ、座椅子にもたれかかりながら団扇で涼を取っていた。小豆は小豆で卓の上のスポーツドリンクをぐびぐび煽っている。
「さいきんよく、わたしと後家兼光のことをにやにやみているだろう。きもちわるいのだが」
「旧知の刀が仲が良いようで嬉しいだけだ」
「それだけ?」
「……かなり愉快だとは思っている」
それはもう。特に小豆の態度が。
「後家と手合わせをしているときの君は、とりわけ謙信公によく似ていると思ってね。戦いぶりと言い、態度と言い、惚れ惚れするな。惚れ直しそうだ」
手で顔を覆う小豆に笑ってしまった。
「なんだ、自覚していたのか」
「やっぱり、かっこうつけているようにみえる?」
「気合が入っているなとは」
「……うん、そうだよね」
「見ている分には面白いが」
「てきびしくないかな!?」
「君が先に言ったんだぞ。南泉くんのまえで、そんなにかたひじはるひつようあるの?」
そっくり声音を真似してやったら、「わるかったよ」と心底悔しそうな声で謝られた。
「期待には応えたくなるものだがな、ほどほどにしておくんだな」
「せんぱいからのじょげん?」
「そんなところだ」
「ありがたくちょうだいしておくよ」
ああもう恥ずかしい、と気まずげに小豆は呟く。こういうところは可愛げがある。



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