ごっちんとあずちょも
I
「後家兼光か……」
山鳥毛が端末に目を落としてそう言うので、小豆は蜜柑を剥く手を止めて横から覗き込んだ。今年の連隊戦の報酬だというその刀は、長船揃いの黒スーツを纏いつつも白い籠手が大変目を引く姿をしていた。
「きみのとうはのいろだね」
「姫鶴に寄ったんだろう。直江の刀だからな」
「いつ上杉に?」
「兼続が亡くなってからだから……、江戸の将軍が代替わりした頃か?」
「へぇ……」
相槌には感嘆が混じっていた。いつか来るかもしれないとは思っていたが、いよいよ小豆の知らない上杉の刀が顕現するようになったのだ。少しの寂しさも覚えたが、それより遥かに喜びが勝っていた。後家兼光は小豆にとって謙信公の家が長く続いた証だった。
どんな刀なのだろう。姫鶴一文字が「ごっちん」と呼ぶくらいなのできっと気の良い刀に違いない。再び蜜柑の皮を剥き始めると、山鳥毛が剥き終えた果実に手を伸ばしてくる。すかさずはたき落とした。
「きみとはどう? なかよかった?」
「当時は同派だったが、どうにも畏まった態度を直してもらえなくてね。謙信公の御刀だとかで。……少々寂しかったな」
「そういえばきみ、けっこうこさんだったね」
「失礼だな。謙信公に献上されたことは記録にも残っている」
「はいはい」
蜜柑を一粒分けてやれば、早速口に放り込んでいる。甘いなと呟く山鳥毛は刀身、拵ともに現存し、号が記された史料すら残っていた。虚実入り混じった逸話から成る自分とは正反対の刀だ。小豆は山鳥毛のこの頑強さを気に入っていたので、皮を剥いただけのもう半分の蜜柑も分けてやった。自分でも甘やかしがちだとは思っている。
「まあそうだな。結局後家兼光とは君たち兄弟のようにはなれなかった。仲が悪いわけではなかったがね」
「あのひとはなれなれしいだけだよ」
「仲が良い証さ」
笑う山鳥毛は半身の蜜柑を分解した。太い指で白い筋を丁寧に引き剥がしていく。山鳥毛は人が剥いたものについては決して不平は言わないが、自分ですると一筋残らず綺麗に取り除いていた。
少々寂しいと口では言うものの、後家兼光との関係に不満があるわけではないのだろう。真剣に蜜柑の筋取りに励んでいるところを見ながらそう思う。この物分かりの良さは山鳥毛の良いところではあるが、姫鶴からすればもどかしいのかもしれない。さて当の後家兼光はどう思っているのだろうと興味がわいた。彼が本丸に来たらそれとなく尋ねてみようか。山鳥毛たちが自分亡き後をどのように過ごしていたのかは気になっていた。
もう少々後家兼光について聞き出そうとしたところだった。
「奴が上杉に献上されるまでは、私の方が後家兼光だったんだ」
「え……」
思わず顔を上げると目が合う。山鳥毛の瞳は愉快そうに細められていた。
「連れ合いを亡くしたばかりだったからな」
緊張に唾を飲み込み、とはいえ小豆は何も返す言葉はなかった。謝ったら斬られることは知っていた。
幾ばくかの沈黙の後、「食うか?」と山鳥毛が手元の蜜柑を一粒差し出した。筋がすっかり取り去られた、ぴかぴかの一等大きな粒だった。
「わたしがあげたやつ」
「気にするな」
「ありがとう……」
口元に差し出されたものを口に含む。甘酸っぱい味が口中に広がった。
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