5/11 23:00

「あっそ、わかった。俺っち先帰るわ」

 突き放すような口調とは裏腹に足音ひとつ立てずに離れていく後ろ姿を、俺は間抜けにも口を開けて見つめていた。白いドアの一部を四角く切り取った防音ガラスの向こうで、鮮やかな赤い髪の男が、こんな時にまで行儀よく振り返ってきっちり扉を閉めて。そしてすぐに見えなくなった。
 鏡張りのダンスルームはやたらと広く見え、立ち尽くす俺をひどく惨めにさせた。

 どうしてこうなった? 天城と言い争いをした。俺が近頃あまり眠れていないことに、奴が気付いて指摘した。当然言い返した。それはいつものこと。
 個人的な仕事(例えば演技だとか、ファッション誌のモデルだとか、ぜひHiMERUにとご指名をいただく案件)は天城への相談なしに引き受けることも多い。スケジュール管理に余念はないから安心してもらって構わないと伝えている。自分のキャパシティもわかっている。ダンスや歌のレッスンは隙間隙間でこなしてちゃんと間に合わせているし、ファンレターの返事は夜寝る前に書けばいい。ほら何の問題もないだろう?
「そうじゃねェよ」
 至って冷静な調子で天城は言った。練習を終えた椎名と桜河は早々に退室していた。
「仕事に関しちゃなんも言うことねェよ。おめェはいつでも完璧だ」
「では何がお気に召さないのですか?」
 私物をバッグにまとめながら問うた。顔は上げなかった。
「なんかピリピリしてる。かと思えばうわの空だったりするし」
「──そうでしょうか」
「そォだよ。なんか悩んでンじゃねェの」
「……そうだとして、あなたに話す必要が?」
 無音の部屋に長い長いため息が落ちた。あ、今のまずかったかも。なんて、言ってしまってから気付いても遅いのだ。
「ふぅん……話す気はねェってか」
 冷え冷えとした碧い目がすっと細められたのが気配でわかった。そちらを見られるわけがなかった。──そして冒頭に至る。

「言えるわけないだろ……!」
 俺は床にごろりと転がった。何に悩んでるって、一週間後に控えたあんたの誕生日プレゼントだよ、クソ天城。限られた脳のキャパをこんなことに割きたくなんてないのに、俺のプライドマウンテンが邪魔をする。だって付き合って初めて迎える誕生日だ。すぐに忘れ去られるような日にはしたくない。
 しかしまさかよりによってこのタイミングで、こんな形で喧嘩(?)することになるとは。迂闊。
「……俺が悪いのか?」
 天井に向かって問い掛ける。あいつの指摘は至極真っ当だ。ユニットリーダーとして。そして恋人として心配してくれたとも言えるだろう、わかりづらくはあったけれど。よって俺が悪い。
「どうしよ……」
 吐いた自分の声は涸れていて、情けなさに目元を覆ったのだった。
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