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俺たち男子高校生の間には、秘密の情報網がある。
それは事の始まりとなった動画サイトのように、無料で楽しめる“ああいった”コンテンツを共有する情報網である。これは大変重要だ。もちろん俺もそれのお世話になり、“#裏垢女子”の検索などのテクニックを身につけているわけだ。
そんな中、新たな情報が入ってくる。いつもの面子のメッセージアプリのグループチャットに、ピコピコ通知が鳴る。

『最近はハッシュタグ変わってきたって言ったじゃん』
『うん』
『パパ活ってもう古いんだってさ 最近はP活』
『へー』
『検索してみたら分かる』
『うわめっちゃ出てきた』
『やば』

へえ、とぼんやり眺めていたが、ふと思い付いてSNSのアプリを立ち上げる。検索設定の位置情報をONにして、ハッシュタグP活で検索。案の定、この近辺で募集している投稿が並んだ。居並ぶ女子の写真をついついとスクロールしていると、見覚えのある髪色が目につく。やっぱり、やっていた。あの噂が本当なら、雨上リラもこういうのに居るんじゃないかと思ったのだ。
マスクをつけた自撮りの写真と、皿とカトラリーの絵文字、それから何故か工具の絵文字の横に2とか4とか数字が並んでいる投稿には、この近辺の地名のハッシュタグがついている。よく見たら今日の夕方くらいの投稿だ。ざわざわと心が波立つ。こういうことはしているんだろうと承知していたつもりだったが、実際に見ると俺なんかお呼ばれされてないんだと言われるみたいで。
行ったら会えやしないかと、親にはコンビニに行くと説明して外に出てみる。あのホテル街に近いから、バスに乗ればすぐだ。
人の少ないバスに揺られて着いた先、車内で調べていた通りに公園に向かう。この辺りの売春してる学生が集うスポットらしい。足早に向かっている途中、横を通りかかった道に目的の人物を不意に見つけた。
いつもの黒いタイツを脱いで、知らないスーツの男に腰を抱かれた姿で。
腰のあたりを掴む男の手が隠れて、雨上リラのスカートがくしゃりと皺が寄ったように揺れる。彼女はそちらに少し目をやって、それでも愛想の良い笑顔を浮かべていた。
ざわ、と鳥肌が立つ。
雨上リラが俺に気づいたようで、二言、三言相手と話した後に手を振って別れる。相手の男はこちらの居る方に歩いてきたが、こちらをチラとも見やらなかった。すれ違ってみると、身なりのそこそこ良い、どこにでも居る頼れる男性のように見えた。こんな奴が女子高生買ってるなんて。
男が角を曲がって消えたところで、愛想の良い笑顔は消える。こちらを見る瞳は相変わらず昏い。

「なんでこんなとこ居んの」
「……投稿を……」
「見つけた? そんで買いに来たとか? ないよな、あんたホテル代しか払わないし」

嘲笑を含んだ声に、ぐ、と言葉に詰まる。小遣いの少ない学生にはホテル代だって小さくない出費だった。

「なんでこんなことしてんだよ」
「逆にしてないと思ったわけ? あんな動画があって?」
「そうじゃないけど……」
「金に困ってるからしてる。以上。他に言うことある?」

彼女はいつになくすげない態度で腕を組む。金に困ってしている、それ以上でもそれ以下でもないのなら、そしてそれをどうにかできる術は俺にはない。
何か反論しようとしては思いつかず唸るばかりの俺の様子を、雨上リラは鼻で笑う。

「本来ならあんたからも金取りたいんだけど。ま、おっさん相手より楽だからサービスしてあげる」

それが、お前なんか大した相手じゃないと言われているようで。

「……いくらだよ」
「は?」
「お前の値段、本来ならいくらなんだよ」
「顔合わせ1食事2大人4」
「何て?」
「要はセックスしたいなら4万。安い方だけど」
「4万!?」

俺の小遣い約3ヶ月分に相当する。財布を見る。2万。先月あんまり出費しなかったからちょっと残っている方だが。

「〜〜ッ……、……出世払いする!」
「あ?」

目の前の手を咄嗟に掴むと、彼女はびくりと身を震わせた。

「足りない分出世払いするから、お前を買う!」
「……、何それ」

呆れたように、彼女が相好を崩す。笑うと八重歯の形が出ていて、やっぱり幼く見える。

「ま、……いいよ、それで。サービスしてあげる」

眉を下げて笑う彼女の表情に浮かぶのは諦観なのだと、この時の俺は気づく由もなかった。
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