II、哀れみ(1)


 「僕が助手に…?」
 十一歳の夏、私は父に命じられて死刑執行人の助手を務めることになった。
 前々からいずれは助手になるよう言い聞かされていたが、いざそれを告げられると怖かった。いよいよ自分の手で刑の執行に携わる時がきたのだと。
 「はい、父さん…頑張って父さんを支えるよ…」
 その時の声は弱々しかった。
 過去には処刑台の上に流れる血を見る度に吐き気や嘔吐を繰り返し、酷い時には発熱もした。大好きだったトマトスープはしばらくの間は食べられなくなった。その赤色が血の色を思い出させたからだ。
 刑の執行を目の当たりにしたことは私にとってあまりにも重すぎた。子供の心と身体には到底耐えられるものではなかった。
 しかし、助手となったからにはたとえ子供であっても甘えは許されない。大人と同じように任務に当たらなければならない。死刑執行人の家に生まれた子供は早いうちから助手を務めるものだ、と教えられた。
 公開処刑を行うには『舞台』が必要でそれを作り上げる作業がある。これがなかなか大掛かりで時間がかかるのだ。
 必要な資材や木材を集めたりそれらを運ぶために馬車の手配をしたりする。そして刑場となる広場で壇上を組み立てる。
 死刑執行人は刑の執行だけをすればいいわけではなく、これらの下準備も自分たちで行う。
 すなわち、助手はその壇上作りにも関わっている。当然私も大人に交じってその手伝いをした。夏の日差しが照りつける中、汗水流しながら。
 処刑人ってこんなことまでやらなきゃいけないなんて大変だなあ。などということは心の中に留めておいた。口に出せば「仕事だから仕方ない」と返されていたに違いない。
 壇上を作っている最中、すでに民衆が集まってきていた。私たちが作業している様子を見て一目で何が行われるのか把握できたのだろう、口々に物を言い始めた。
 『おお、ここで処刑が行われるのか?』
 『いや、今回は鞭打ちだってきいたぞ。楽しみだな』
 『一番よく見えるところで眺めたいわ』
 どうしてこんなものなんかが楽しみなんだろう、この人たちは。
 当時の私には当然理解できるような感覚ではなかった。公開で行われる刑罰を『娯楽』として観ている彼らの感覚が。
 その『娯楽』のために死刑執行人は働いているのか? それなら僕たちはただの『見世物』じゃないか…。
 こうした思いを抱えながら作りあげた『舞台』の上にまた一人、罪をまとう『主役』が登壇する。

 
 今回の『主役』は女だった。
 数名の助手に両腕を抱えられるようにして連れてこられた。
 「触らないでよ! 自分で歩けるってば!」
 女はこれから自分が罰を受ける立場であるにもかかわらず反抗した。
 だが、いざ舞台の真ん中にやってくると身が竦んだのか大人しくなる。
 「さ、両腕を上げてくださいマダム。我々に触られるのは嫌なんでしょう?」
 助手は嫌味を交えて命令した。すると彼女は助手を睨みつけたものの、何も言わずに静かに両の腕を上げた。
 その状態のまま助手は迅速に縄をかけ柱に縛り付ける。女の白い衣服の背部は裂かれ、綺麗な背中が露わになった。
 この光景をしっかり目に焼き付けたであろう『観客』は興奮した様子であった。
 『おお、始まるぞ…!』
 『泣き叫ぶところを見せてくれよ!』
 いよいよ処刑人─私の父─の出番である。鞭を手に罪人の背後に立った。
 そして一発二発と勢いよく女の背中を打ちつける。
 曇天の空の下で乾いた音が刑場に響き渡った。私は身が竦んだ。
 女は必死に堪えているようだが、苦痛にまみれた呻き声をもらし、息を荒らげた。
 それでも父は顔色ひとつ変えずにただ罪人に罰を与え続けるだけだった。
 刑場を囲んでいる民衆は「もっとやれ」だの「まだ足りない」だの、口々に叫んでいる。こいつらにはよほど刺激が必要なようだ。
 ねえ、もうやめようよ…。
 乾いた音が鳴るたびに、彼女が悶絶するたびに身体が震え上がった。
 斬首の様子を見せられるよりはどうってことない…だって相手は殺されるわけではないから…そう思いたかったがそんなわけあるはずがない、精神的な苦痛は大きかった。されど、これも処刑人の家に生まれた者のさだめ、耐えなければならないものがある。
 ましてや今は助手として務めなければならないのだから。
 父がとどめの一発をお見舞いすると刑は終了した。
 その後、女は拘束していた縄が解かれるとその場にくずおれた。
 私は彼女の背中に刻まれた傷痕を見て一瞬でも哀れんでしまった。
 かわいそうに、こんな風にされて。
 裂けた皮膚から血が流れている。それは汗に滲んで一層痛ましく見えた。
 痛々しい傷口は彼女自身が犯した罪の重さを物語っていた。これが彼女に対する罰と報いであるはずなのに、私は非道な行いだと感じてしまった。 
 あの時父が言っていた言葉を忘れたのか?死刑執行人は「悪い人をやっつける」のだよ…。
 こんなやり方で? こんな風に苦しめてまで?
 周りの人間は死刑執行人に対して「残虐なことをする恐ろしい存在だ」「人の心なんてない」「死神だ」などと侮辱するが、この時まさに「死刑執行人は残虐だ」と思ってしまったのだ。
 今回は死刑ではなかったが、人間の身体に傷をつけるというやり方は同じだし、やっていることは残虐なものと感じても仕方がない。
 これが「正義」なんて…。
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