4話

BACKBONE.
 4、ジャンクション


「いやまず目だよね。目が綺麗すぎ。あんな目みたことねえし魔力的な何かを感じるんだよね。もしやみゅうさんて魔女なのかな……?」
「ふ~ん。知らないけど。じゃハレちゃんはみゅうくんの目が好きなんだ?」
「いやまって、まずって言ったんですが。まずは目だよ。それから顔。声。脳」
「全部じゃん」
「全部で片付けんな! 一個一個素敵だろうが!」
「え~、盲目じゃな~い? じゃ俺の好きなとこあげてみてよ」
「は? ……ん~、全部ゥ」
「全部で片付けるじゃん! 最っ低!」
 さて、慶人が無事に養成所の合格通知を受け取った十六歳の七月からは、通い始めて三ヵ月が過ぎていた。
ド緊張していた初回のペアレッスンで、たまたま声をかけられて一緒になった門出マツリという二つ年下の男の子とは、後から聞けば既にモデル部で活躍しているコルト所属のタレントだった。
確かに、見た目はとてもじゃないが中学生には見えなくて、背も高いしイケメンで歌も上手だしダンスも出来た。おまけに可愛い印象もかっこいい印象も自由自在な表現力まで完璧に備わっていてなんだかすごく、いわゆるプロっぽくてとてもじゃないが凡人からは近づき難いのは事実だった。
そもそも集団には必ず発生するであろう派閥を警戒していた慶人だけに、誰に声をかけようかと迷っているうちにあぶれてしまった自覚はあったのだけれど、それが運命の分かれ道。余り物には福があったし、棚から牡丹餅というわけだった。
勿論、周囲から見れば二人の立ち姿には雲泥の差があったし己の身にその状況が降りかからなかったことに心底ほっとしたことだろう。されど、慶人にとっては何もかもが生まれて初めての経験で、そこに微塵もプライドが無かったことは不幸中の幸いと言えただろう。
実際マツリのカリスマ性が眩しいなとは辛うじて感じた程度で、そこまで特別視しなかった、否そんな余裕もなかった慶人の振る舞いについて、既に一界のプロであるマツリがとても気に入ってしまったのはある意味必然だったのかもしれない。
「ねえねえ、“ハレちゃん”てもしかしてみゅうくんのこと追いかけてコルトに入ったって子?」
「え? 何、なんで!? クサイ!?」
「ぶふ、ウン、すっごいにおうかも~~」
「どのへん!? 変かな!? やば、こわ、雰囲気がオタってのが一番やばい、気を付けよ……」
「まあワンスリーはデビューからイケイケだからね。魅力的だよね」
「ウン……曲もいいし皆カッコいいし面白い。特にみゅうさんとか何でもできるし優しいしかっこいいし歌上手いしかっこいいしやっぱどう考えてもかっこいい」
「え、語彙がなさすぎてウケ、、、」
「だってみゅうさんのかっこよさを上手いこと表現出来る言葉がこの世界にはまだない」
「やば、名言じゃん。言っとく言っとく」
「誰に何を!?!? やめて! 待って、お前みゅうさんとそういう仲なの!?」
「え、ソウイウってドウイウ」
高校生になったからにはレッスン代を自分で稼ぐためにとバイトを平日に詰め込んで土日を中心にしてレッスンへ通っていると、かつてワンスリーの話を共有していた友人とはほとんど遊ぶ暇もなくフラストレーションがたまっていたのは否めない。
だが、その日をきっかけにマツリとは連絡先も交換して普段からよく話をするようになった。
最初は鋭利な物言いに驚きもしたけれど聞けば明確な意見ばかりで為になったし、竹を割ったようなさっぱりとした性格は付き合っていく上ではとても気楽だった。
レッスンで一緒になるたびに引き出し上手の向こうのペースにのっかっては、みゅうの持つ魅力についてをガンガン喋りまくっていたら、次第に周囲からも何かと話しかけられる頻度が増えいつの間にか“ハレ”と呼ばれるようになっていた。
 こうして、何とか集団内での立ち位置が確立したとは言え、特段それで人気者になって目立っていたかと言うとそういうわけでは決してない。何せ、顔も普通だしダンスも歌唱もついさっき始めたばかりの超ど素人の身。みゅうが好きだと口でいくら目立ったところで、やっかまれる価値など一ミリもないのは慶人自身がよくよく理解していた。
それに、大きな声では言えなかったが慶人は実際みゅうという存在そのものが好きで漠然と憧れていただけで、アイドルとかパフォーマーという職業自体に何か夢や拘り、増してやプライドを持ってやっているというわけでは全くなかった。
そして実際、ここにいること自体が既に選ばれた人間なのだということの自覚さえないまま、自分のペースで呑気に進む慶人が脅威として目に映る者などこの時点では一人として存在していなかったわけで。
そんな調子で、少し悪目立ちをしているぐらいの気持ちはあったがそれだけで、昼の休憩は事務所の隣に建っている商業ビルのフードコートでマツリと二人で和気藹々と過ごすのがここ最近の定番になっていた。
「ねえねえ、ハレちゃんさ、今度みゅうくんとお昼食べない?」
 その日も、素うどんを食べようとしている最中にマツリからそう囁かれ、一瞬理解出来なくて固まる。
「へ?」
「お、ひ、る! 俺来週仕事なんだけど、た~ぶん昼ぐらいに事務所帰ってくると思うんだよね~。そしたらみゅうくん誘ってさ、食べない? 一緒にごはん」
 みゅうさんとひるめし。
「みゅうさんとひるめし」
「そう」
 絶対無理。
「絶対無理」
「えっ何で? いいじゃん、面白い友達出来たって紹介するよお?」
「え、や、やめてよ!!!! いやいや、いやいやいやっ、やだよ何それ俺まだアンダーだよ!? そんなのおこがましいにも程がある!」
マツリが以前からみゅうとは親しいという雰囲気を十二分に醸していたのは感じていたが、それがコネクションになるだとかあわよくば繋がろうだとかそういったことはまるで考えてこなかった慶人だけに今初めて門出マツリという存在自体の脅威に気が付く。
そして、自分の浅はかさが恐ろしくなってどっと汗ばんだ。多分普通はきっと考えるのだろう。ここに来た時点で選んでいる。己が言葉を交わす人間の価値、その先、向こう側。自分が立ちたい場所への近道とやらを探して。
「……」
そう考えたらこれはとんでもない縁だったのだと今更ながらに動揺する慶人を横目に、マツリは口を尖らせながらカフェラテのストローをかじる。
「え~~なんでさ~。みゅうくんのこと好きならお昼ぐらい一緒に食べたいもんじゃないの~???」
「待て、お前それマジで一切分かってねえ。事務所所属してるお前ならまだしも、たかがアンダーの俺如きがみゅうさんと一緒していいわけねえじゃん、てかファン心理的にもくっそNGだよ、接触料として金払っていいならワンチャン別だけどさ、俺と飯とかっっっ……みゅうさんの対価に見合ってないんだよ分かって」
「ふーん、よくわかんな、え、あれ? 聞いていい? 俺とは平気なの何でなの?? 一応俺も所属モデルなんですけど」
「所属モデルだろうと今はアンダーでもあるだろおっ!!! そりゃ凄いのかもしれないけど、俺にとっては同期生なのっっああっよからぬ想像して胃が痛いっっ……」
「……。友達って言えし。ハレちゃんって鉄面皮の割に意外とメンタル弱いよね~。後ろの人と似てる~~」
 ところで、仮に「後ろの人」と言われて本能的に後ろを振り向かないという人間は地球上の割合として一体何人ぐらいいるだろう。反射的にマツリの視線を追って何気なく振り返るとコーヒーのチルドカップを持った推しが三次元的に立っていた。
「よお。珍しいじゃん、お一人様卒業?」
「ふっふー、そうだよ~。俺にもついに友達出来ちゃった♡」
「良かった良かった。なにくん? どこ部? こいつ口が極悪だけど多分悪いやつじゃないからよろしくねほんと!」
 そう言って困った様な笑顔で強めに背中をバンと叩かれたと理解した瞬間、慶人の思考が完全にどこかに飛んでいった。見えているけど見れていない、がっつり目が合ったままなのに現実として推しと対面している事実が受け入れられずにフリーズしているとそれを見たマツリが盛大に吹き出した。
「あれ。だいじょぶ? 見えてる?」
「ぶあっはははははは!!! ははっ!! おもしろすぎっ!!!」
「えっ……なになに……? 俺変なこと言った……?」
「もお~~そんななるか!? 初めて見たわけでもないくせにさっっ……!」
「……あ、お、う、うるさっ……初めてみたいなもんでしょっ!? うっううっ、待って、すげーてんぱる、やっぱプライベートだと思うと無理だっ俺本気でおこがましすぎるっ……すいません、先に拝観料払っていいですかっ……?(早口小声)」
「なんて?????」
「あ~っはっはっは!!!!!」
 涙を流して笑い転げるマツリを他所に、何故か今度は四人掛けのテーブルのわざわざ真向かいに座したみゅうこと望幸恋は真顔でストローに口をつけ、モデル部? と普通に話しかけてくるものだから、どうしたらいいか分からずマツリの方をちらちらと見ながらなんとか首を振った。
「いえ……とんでも……しがないアンダーなんです……」
「えっ! うそ、何でマツリと一緒にいんの?」
「あの、はい、レッスン一緒で……」
「レッスン? マツリレッスンしてんの?」
「あ~~~~~~~~~マジいい空間だねこれ~~~~~、そうだよお。社長がそろそろやっとけって」
「何、ユニット?」
「まだ詳しくはなんもないよね。なんとなくモデル部から出すつもりなのかなって思ってるけど」
「へ~。最近はマルチにとか言ってなんでもやらされるから大変だよな」
「マルチ代表望幸恋に言われたくな~い。てかいま昼? 珍しくない?」
「聞いて驚け。オフだ」
「社畜じゃん! こっわ!」
「つって、ちょこっとスタジオ借りに来ただけ。もう帰るとこ」
「ふ~~ん。グッドタイミングだったわけだね。ところで、アンダー生の晴祝慶人くん、君の推しの望幸恋のプライベートな会話ですけど、いかが」
「お、ハレイワヨシトくん。覚えた。推し? 俺?」
「そのうちデビューして目立っちゃう予定なんだから見ててよね。ね~ハレちゃん」
「いいねいいね。後輩グループ何気に注目されてる気配あるしね。てか俺推しなの?」
「……あっ、俺のようなもののことは全然おかまいなく、いや、なんか聞いてていいのかわかんなくてマジで困っており……ね、マツリ俺そろそろ行こうかな……? 邪魔だよね……?」
「あはははははは!!!」
「? ……? もしかして俺怖い……?」
 眉がハの字になったみゅうを見て更に笑い転げるマツリをじっと見つめ、慶人はもう本気でいたたまれなくなってくる。肉声で繰り広げられる怒涛の会話劇に圧倒されて危うく素粒子に戻るところだった。半分椅子から浮きながら冷静にいいえ、断じてと首を振った。どうでもいいけれど、こんな凡人と喋ってみゅうさんの頭が悪くなったらどうしよう。唐突に不安になったのでそそくさと立ち上がって声を潜める。
「あの、俺行きますね……みゅうさん本当に全然怖くないですし、大好きです……ずっと応援してます……お邪魔致しました……では……」
「あっちょっとハレちゃん!!! 逃げたっ! うどんはー!?」
「たべていいよっ俺もう限界だからっ胸いっぱいっ」
「えー!? ほらたべていいってよみゅうくん」
「マジ? じゃ食お~」
「い~~や~!!!!! 待ってよ、みゅうさんはダメです!!!!!」
「えっなんでっ……!?」
「あーーーはははははははっ!!!!!!! わらいすぎてしんじゃうよおっ!!!!!!」
 だって推しに己の残り物を食わせるわけにはなにが何でも絶対にいかない。仕方がないので半泣きで戻って泣きながら冷めた素うどんを必死で啜っていると、その様子をじっと見つめながらみゅうは真顔でハレイワくん俺推しなの? と再び問うてきた。
「え……」
 隠してもしょうがないし、渋々頷いてやっとこさ目を合わせると端正な顔立ちが一心にこちらを向いていて緊張してしまう。かっこいい。率直に、生きててよかったと思う。
「……そうです、デビューからずっと好きでした……っていうとやばいヤツだと思うので忘れてください……下心とかないんで……」
「えっ、下心ないの? 俺が好きでここにしたんじゃないの?」
「そうですけどっ……でもまだ素人だし、みゅうさんのお目にかかるには見苦しいのでなかったことにしてほしいです」
「なにそれ。プライド?」
 思わぬ問いかけに顔をあげると、何の感情も読み取れないその凪いだ目に囚われてなんだか身体が強張ってしまう。プライドかと言われたら確かにそうだった。自分の未熟さを自覚しているからこその敬遠。そう考えたら今はまだ、いつかきっとという未来ありきの勝手なエゴなのかもしれないと素早く脳裏に過る。
「…………え……そ、そうかも……しれません……」
 あまりにも核心的な言葉で上手くいなせずに曖昧に頷くと、みゅうはまるでこちらの心を見透かしたように微かに笑ってから余裕のしぐさでコーヒーに口をつけた。
「くだらないからやめなよ。いいの? 俺あと三秒後にはこの世界線にいないかもしれないよ。人生何が起こるかわかんないし他人に思うことがあるなら言える時に伝えといたほうがいいと思うけどね」
「…………」
「なんだよー、俺のどこが好きかくらい教えてよ。明日死ぬなら俺としたいことないの? 追っかけてここ来るぐらいの熱量があるのに今更もったいぶるのはさすがに生意気じゃない?」
 鋭い言葉とは裏腹にびっくりするほど優しい顔で唆されてしまったら、立場とか見栄とかそれこそくだらないプライドとかもっと言えばさっきまで考えていた誰とも問わない多角的な視線から見えている自分達とか、やっぱりみゅうの前ではどうだってよくなってしまってただただ同じ空間にいられる幸福感だけが心にぽつんと残った。
「…………」
 だけど、それがとても楽だと思ってしまったからには慶人はこの時点で自分がこの世界にはまるきり向いていない人間なのだとなんだか急に思い知った。恰好を整えるだけで手一杯で、自己表現なんて大袈裟なものなどまだ持ち合わせてもいない。どころか、今ここにあるのはみゅうが見ている世界線だというたったその高揚感のみ。真似がしたいわけじゃない。でも、なりたい自分像など分からなければとりあえずの前進としてどこへ向かおうとも自然にみゅうという存在にばかり目がいった。
好きなところなら山ほどある。けれど、一緒にこの世界で何がしたいかと言われたらそんな恐れ多い創造は少なくともまだ今は出来なかった。
 考え方が甘くてどうしようもなく不甲斐ない。飛び込んだらなんとかなるとそこそこ本気で思っていたからこそ分かったが、具体的な目標を掲げないままの自分にはきっとみゅうへと繋がる扉などこれからも用意されっこなかった。自分の未熟さを突如思い知らされて、慶人は急に物凄く落ち込んだ。人生至上一番好きになった人からどこが好きかと聞かれたのに、何も言えないまま黙って俯いてしまう。
「……」
 そんな一部始終を横で見ていたマツリだったが、みるみるうちに落ち込んでしまった慶人の様子を後目にみゅうを一瞥してついに怒りの攻撃に入った。慶人の思うところも、みゅうの思うところも、両方手に取る様に分かるからこそ互いのコミュニケーションの相性の悪さに今から頭を抱えてしまいそうになるところでもある。とりあえずどっちも頭でっかち過ぎるのだ。言葉にしても伝わらないことなどこの世界には山ほどあるというのに。
「ねえちょっと。ハレちゃんまだど素人なんですけど。自分の体裁整えてる最中! いっぱいいっぱいにさせるのやめなよ! みゅうくんほんっと素で性格悪いよねっ」
「えっ……俺性格悪かった……? ごめ……お、落ち込ませるつもりはなかった……推しって言うから……ただすきすきしてほしかっただけで……」
「じゃあフツーにそう言いなよ! キザぶっちゃってさあ! “俺と仕事したいならもっとガツガツしな! 俺はいつまでもお前をみてるわけじゃねえんだぜ!” ぐらいには調子乗ってたよね!」
「やッば、ごめん、ごめんね……そんなつもりマジでなかった……作業がドン詰まっててちょっとポエマーだったかもしんない、ほんとごめん……そんな落ち込まないで……抱きしめていい……?」
「それからハレちゃん!? みゅうくん別にハレちゃんのあり方にずけずけ言ってるんじゃないからね。この人自分のこと好きな人間にはめちゃくちゃ甘いところあるから大好きですーってのがありったけ欲しいだけなんだよ。こう見えてすっごい不安症なんだから」
「言うじゃん。まあそう、俺はいつでも愛が足りてなくて不安なのよハレイワくん。ねっ、すぐ枯れるから定期的にわーきゃー言ってもらわないと死んじゃうから」
「……見てよこのふてぶてしい顔。なんならいつもみたいに好きなとこ隅々まで言ってやりなよ!」
「ナニソレ聞きたい、はやくちょうだい」
「っああっ、いやっそんなっ……こちらこそすいませんっ……急に黙っちゃって……あんま人と喋るの得意じゃなくて……」
 それぞれの発言の真偽はともかく、人前でこれほど直情的に落ち込んでしまったことに慶人は自分で驚いてしまう。多分余所行きのベールを被る余裕などないまま物凄く素の自分でみゅうと向き合ってしまっていたのだと遅ればせながら自覚する。
 それぐらい”みゅうさん”という最早架空の存在とは今までの慶人の内面に深く深く入り込んで人生の何もかもに影響し続けていたものだから、実際目の前で向き合って現実的なことを繰り出してくる望幸恋という人の人間性に触る準備をしていなかった。
 むきだしの心で他人の言葉を受け取ったのだからこれはもう仕方がなかったと割り切る。今までずっと受け取りたい言葉だけを受け取って一方通行に励ましてもらっていたみゅう本人から、今の自分の在り方をとても強く否定された気がした。いわゆる被害妄想だと冷静に受け止めた。
 逆に言えばもう、”みゅうさん”とは自分にとって画面越しのスーパースターなだけじゃない。感情を口にしたらそれはそのまま言葉として伝わってしまうし、手を伸ばしたら簡単に触れられるそんな場所にいることの実感がようやく湧いてきてドキドキと心臓の鼓動が早くなる。
 この時こそが慶人が初めてみゅうこと望幸恋を一人の人間として自分と同じ世界線に捉えることが出来た瞬間でもあった。徐々に思考が醒めてきた慶人がやっと顔を上げ改めて人生の推しと向き合えば、言葉にしたい感情が自然とあふれ出てきてくれたことにひとまずほっとする。
「あの、てんぱってすみません……。改めまして、晴祝慶人です。どう考えてもまだまだ全然なんですけど、いつかみゅうさんと一緒の景色が見られるように全速力でがんばります!」
 元々の原点であるその揺るぎない決意表明にはすぐにマツリが色めき立って反応し、ハレちゃんかわいー! と手を叩いて喜ぶ。
 それから、束の間きょとんとしていたみゅうもぱっと顔色を明るくして笑顔になった。
「なんか聞いたことあるよそれ。君かヨシトさんて! すげー! ちゃんと来てくれたんだ!」
「え……!? それはまた想定外の……いやでも流石はみゅうさんのメモリー機能……」
「なになに? ヨシトさんて?」
「はあ~、そっっかあ~。一年前か? いや、嬉しいよね。すごい嬉しい。今でも俺のこと好きでいてくれてるってことだもんね?」
「勿論です。ていうか、……俺みゅうさんに人生変えてもらってるんで絶対この先も一生、死んでもずっと大好きでいますから……」
 余りにも本心を呟いてしまってから我に返ったが、もはや隠す意味もない。人間誰しも出会いの最初が肝心だと言うし初心にかえればみゅうに会えたら言いたいことなど究極それだけだ。
 愛が重たいとは重々承知の上で思い切ってみゅうを正面から見遣ると、既に真剣に無表情な顔でまっすぐに見つめられていて、息が止まる。
「……いやええ~、それはさあ、プロポーズゥ……」
「ぅげほァっ……カッコ、……イイ……シヌ……」
「君面白いね……そんなこと言われたら俺ちょろいから大好きになっちゃうけどいい……? 嘘ついたら何が何でもハリセンボン飲ますので……とりあえずさ、番号交換しよっか?」
「っっっええーーッッ……こんな簡単に人と繋がっちゃって平気なんですかみゅうさん、すごいっすね……あ手震える」
「推しを尻軽みたいに言うんじゃねえよ」
「ちょ、ねえ俺仲人なんだけどっ急に結婚して置いてかないでよっヨシトさんて何なのっっ!?!?」
 後日談、マツリいわくみゅうから連絡先をせがむところなど初めて見たと耳打ちされて嘘でも本当でもちょっとだけ喜んだ。
反面、ずっと好きでいた身からすればみゅうがファンにすこぶる優しいのは“当たり前”のこと。みゅうと連絡先を交換したところで今やるべきことは何も変わらない。変わらないのだけれど、もう今にもはちきれてしまいそうなどうしようもない高揚感をそう無理に思い包めることで、慶人はしがないアンダー生としての平常心をなんとか保った。
改めるとすればこの世界で掲げる大きな目標とは、ひとまずワンスリーのバックに着くこと。でも、そこへ行くには身につけなければならないことなど山ほどあり、今は浮かれず自惚れず地道に堅実に出来ることを精一杯やらなくてはスタートラインにも立てない。
慶人のネックとも言える感情の抑圧は、時にこういった冷静な観点でもって彼の人生を助けた。ヒートアップした本能を上回る理性は常に客観的に全てを捉えてはその臆病な核を護ってくれていた。
ともあれ、今の慶人にとっては自分の連絡先にみゅうの番号が登録されたというそれ“だけ”で既に人生の有頂天で無敵モードだった。
つまりそこには発展も進展も増してや親交という発想がそもそもなく、いわば神社のお守りみたいなものとして大事にされていたものだから、万が一にも慶人からみゅうに連絡をしようなどという考えにはそれからたった一度ですらも至らなかったのであった。



>>>







2-1 門出マツリ/御幸恋

 マツリはみゅうちゃんが信頼する数少ないお友達です。グループ内では年下三人と年上二人に挟まれた中間子となっていて一人っ子の神経質にはやや厳しい環境ではありました。
初ツアーで文字通り身も心もボッロボロになっていたみゅうちゃんは、その直後にアドレナリンが切れてあほほど体調を崩してしまいなんとか縋ったのがマツリでした。
 その日は朝から晩まで丸一日眠っており、頭が痛くて起きたものの飲み物も食べ物もなくて仕方なく階下のコンビニに向かおうとしたのですが玄関まで向かうのですら精一杯で無理すぎてマアに電話しました。
 幸い、マツリは撮影から帰宅して間もなかったのですぐに電話をとってくれました。

「もし。ツアーお疲れ~。連絡来ると思ってた。どっか出る?」

 この時点では、自分が精神的に脆い人間だということはまあ一応辛うじて匂わせるぐらいにして留めていたので、家を出てからこの瞬間まで本当にしんどい時に誰に頼ったらいいのかはみゅうちゃん自身にも分かっていませんでした。
 なのでただただ必死にこのどうしようもないしんどさから救って欲しい一心、或いは物理的にやばそうだと思った本能からの行動だったかは定かではありませんが、本来のみゅうちゃんにとってマツリを呼ぶこととは最終的な緊急手段として頭にある程度のものでした。

「……あの、……マツリ、頭痛くて……」
「?? え? ごめん、聞こえない。電波悪い? どこにいるの?」
「……う……」
「……みゅうくん?」
「やっっば、うううーーーー、あったまいっっった……」
「え」
「…………ぅ、マジこれは、し、しぬのかも、」
「えっちょっと何、大丈夫? どこ? 部屋?」
「……ぐ……」
「みゅうくん!?」

 通話は切れませんでしたが、そのまま応答がなくなったのでとりあえず急ぎみゅうちゃんの部屋に向かうマツリです。
 ※因みに入所当初から互いに事務所の並びにある社員寮の一室を借りていて、今現在も同様ですがマツリは八階、みゅうは六階に住んでいます。
 すぐに駆け付けたマツリは、勢いのままドアを開けたのですがなんとドアチェーンがかかっていて一瞬思考が止まりました。

「!? あ、鍵!? いや鍵は開いてるのかっ、何っあ、チェーンかっ!!! うそうそ、どうしよっっ、みゅうくん!? いるーー!?」

 隙間から中を覗いてみると、リビングの方に灯りはついているので中にいるのだと思い込み必死に呼びかけ続けていると、急に真下からズボンを掴まれた感覚がしてまた思考がぶっ飛びました。
 見ればドアのすぐそこに、蹲ったみゅうちゃんが唸っているではありませんか。

「ひえ」
「わるい……チェーン、……外せなかった、しめていったん……」
「!?!? なに、なになにっ……!? 俺どうしたらいのっ!?」
「…………ぅぅ、しめろって、今外すから……」
「はあ、え、怖いっ……どうしよう、事務所、マネージャー?! 救急車!?」

 てんぱって震える手でドアを閉めると、中でチェーンを外す音こそしましたがみゅうちゃんはドアを開けません。マツリは一秒だけ躊躇いましたが我に返ってすぐにドアを引きました。

「ねええっやだやだやだ、どうすればいいの、みゅうくんしっかりして……!」
「…………」

 玄関に蹲ったまま何もしゃべらないみゅうちゃんに咄嗟に触れた途端、燃える様に熱かったことでサっと冷静になったマツリは問答無用で救急車を呼んだのでありました。
 全身疲労ということで一晩病院のベッドで休んだ次の日には平然と撮影に出向いたみゅうちゃんでしたがそんな体たらくにマツリはかんかんです。

「ちょっと、へらへらしてんじゃねえっ冗談じゃないんだけどっ」
「えー? まあまあ。いや~頭痛すぎて死ぬかと思ったわマジで。マツリさんきゅーな。ほんと助かった」
「さんきゅーじゃないよ!!!!!! マジで今後二度とドアチェーンかけんなよっっっあの瞬間が人生で一番てんぱったわ!!!!!! 合鍵もよこせよ馬鹿っ!!!!」
「ごめんて。。。そんな怒んないでよ。。。」
「心配してるんだよ! 頑張るの限度はちゃんと決めておきなよ……!」
「初ツアーだもん。限界なんて分かんない」
「…………え、無理、この人やばすぎ……ねえ、いいからっとにかく疲れたなって思ったら早めに申告してよ!? 今回みたいなのもう絶対なしだから……!」
「はあい。努めます。へへ……」
「笑いごとじゃないっっっ」

 これを機にみゅうちゃんの誘いにはなるべく顔をだすようになったマツリでした。
 それは、倒れるギリギリになるまで平気な顔でまっすぐ立っていられるというある意味ぶっ壊れている精神に危機感を感じていたからでもあります。
 オンとオフの差が激しいので近しい人間からすれば繊細で神経質で不安定なのは周知の事実でしたが表側から見た限りではタフでフットワークが軽いように見えていたようで体力オバケだと言われています。



>>>
マツリとみゅうちゃんの出会いはべったー+にて展開予定だす
次へ

powered by 小説執筆ツール「arei」