第九夜(御主人様×女装メイド)

 こんな夢を見た。

 地方財閥の御曹司、家督を継ぐ器、いずれは人々の上に立ち支配する存在。生まれた時から耳にタコが出来るほど言われてきた肩書には少しも惹かれなかった。そんなものは聞き飽きた、もうたくさん。けれど血縁とは呪いの一種であり、逃れたくても逃れられない檻みたいなモンだ。
 二十歳を過ぎてもろくに家業を手伝いもせず賭博やダンスに興じる俺っちに、新たに付け加えられた呼び名が幾つか。放蕩息子、親の脛齧り、ろくでなしの道楽者。酷い言われようだが、金と権力のお零れに預かりたいだけの取り巻きに坊ちゃん坊ちゃんと持て囃されるよりは、ずっと気楽だった。すげェのは親父であって倅の俺なんか大した人間じゃねェってのに、無駄にヨイショされンのは御免だ。
「――燐音様。今日も会合をすっぽかしたそうですね」
「あ~……聞いた?」
 私室を訪れたのは天城家付き召使いの要だった。
 出稼ぎだとかでここよりもっとド田舎から単身やってきたこいつは、実質俺っち専属の従者――言い方を変えればお目付け役――だ。生真面目で自分にも他人にも厳しい奴だが、ウチで雇う条件として『メイド服を着て従事すること』を課したら馬鹿正直に従いやがった。真面目過ぎるのも考えものだ。
 彼はソファに脚を乗せて寛ぐ俺っちの近くまで来ると、その上品なつくりをした顔をこれ見よがしに歪めた。
「悪い噂はすぐに耳に入ってくるものなのですよ」
「げえ、地獄耳。ここの皺酷ェぞ~」
 〝ここ〟と言ってぎゅっと寄せられた眉間に人差し指を伸ばす。と、すかさずはたき落とされた。
「あなたが『きちん』としてくれさえすれば、俺もこんな顔をせずに済むのですけれど?」
「はいはい、それは昨日も聞いたっしょ。用件はそんだけかァ? 済んだら御主人様のお部屋から出てってくんねェ?」
「……」
 唇を真横に引き結んだ要は無言でテーブルにカップを置いた。湯気を立てるカモミールティーの香りが漂い、鼻腔を擽る。
「――、おやすみなさい」
「……おう、おやすみィ」
 ロングスカートを翻し背を向けた彼に、ひらりと手を上げて応じる。心配してくれているのはよおくわかっているのだ、近頃夜遊びが増えて休息が足りていないことをあいつは把握している。だからわざわざリラックス作用のあるハーブティーを選んで持ってきてくれたンだろうし。
「わっかりづれェンだよなァ……」
 お節介な奴。けれどそんなところも好ましい。日々こんな風に不器用な優しさを受け取っては、勝手に頬が弛む。自身のメイドに恋心を抱いていることはとっくに自覚していた。
「あ~あ、なんっか切っ掛けがあれば良いンだけどなァ……要に触れられる、切っ掛けが」
 ともかく今夜は彼のお茶のお陰でよく眠れそうだった。
 確か明日は古い名家である斎宮家から、跡取りの宗くんと従者のみーたん(勝手にそう呼んでる)が会食に訪れる予定だ。あんまりあいつを困らせるのも良くねェし、明日くらいは出席してやっても良い。そう考えながら眠りに就いた。

 朝。すっきり目覚めた俺っちの目に見慣れないものが飛び込んできた。部屋の壁から突き出た尻である。
「は、何? まだ夢⁉」
「くっ……燐音様、俺です……!」
 尻が喋った。ウチのメイドの制服で、けれど脚の長さから形から靴の大きさから、男のモンであることはパッと見で判る。女装メイドなんてウチにひとりしかいねェンだからよ。
「だろうなァ~! そうじゃなくて……何してンの?」
「――実は、虫を……」
「虫ィ?」
「燐音様を起こしに参ったのですが、壁に羽虫がいるのを見つけまして。確実に仕留めようと思い切り拳を振るったら、その……」
「勢い付けすぎて壁にめり込んだと。ンなことあるゥ⁉」
「も、申し訳ありません……」
 尻が謝ってる。なんだこの状況。
 要は上半身と下半身が綺麗に壁に分断されているようで、向こう側では必死に腕を突っ張って抜けようとしているらしい。半ばヤケクソなのか壁を蹴ってみたりもしているがびくともしない。どんな力で壁殴ったンだこいつ。
 ところで、だ。本気で困惑しているらしい要を余所に、俺っちのアソコは活き活きとテントを張っていた。毎朝起こしてもらう時は頑張って隠してるが、今はその必要もない。俺っちは堂々と勃起したまま目の前の尻をしげしげと眺めた。
 恋している相手の尻、そこから伸びたすらりとした脚。スカートの中を覗いてみたい。靴下を脱がしてみたい。触ってみたい。
 女を抱いたことはあるけれど、本当の本命に対してだけは臆病虫が顔を出す。軽いボディタッチが精々だ。てめェの意気地なしっぷりが情けなくなってきたところで、燐音様、と不安げな声で呼ばれた。
「ん、何?」
「あの……黙らないでほしいのです。あなたが何も仰らないと、心細くてどうにかなってしまいそうで……」
 恥ずかしいのだろう、小さな小さな声で要はそう訴えた。俺っちの前じゃいつ何時でも凛と背筋を伸ばして立つ彼の珍しい弱音に、不覚にもキュンとしてしまった。くそっ、好き。
「あ~、わかった、悪かったよ」
「すみません……。あと、業者を呼んでいただけると」
「お、おう、そうだよなァ~。俺っちに任しとけ」
 反射的にそう言って外へ向かいかけた足は、数歩進んで止まった――本当に呼びに行って良いのか、俺? もうしばらくこいつの尻を堪能していても罰は当たンねェンじゃねェか? 考えたら急に惜しくなった。
 ああ、時間よ止まってしまえ。あいつに触れるチャンスなんだ、もう少しこのままでいさせてくれねェか、神様。
 俺っちは信じてもねェ神様とやらに強く強く祈った。こんな邪な祈りを聞き入れる神なんざろくなモンじゃねェだろうが、この際何でも良い。俺っちの願いを――
「……、……お?」
 瞑っていた目を開ける。音が無い。カーテンは風を孕んで膨らんだ形のまま固まっている。
「ハァ⁉」
 思わずでかい声が出た。ありのまま今起こったことを話すぜ。マジで時間が止まってる。何を言っているのかわからねェと思うが俺っちも何が起きてンのかわからねェ。
「ハァ⁉ ハアァ~~~~~~~⁉」
 本当に神様がどうにかしてくれたとでも? ンな馬鹿な話があるか。落ち着け俺、落ち着け……そうだ、要は?
「要っ! おい!」
 呼び掛けに返事はない。腰のあたりをちょんちょんと突っついてみる。無反応。
「……止まってるっしょ……」
 ――そうだ、これは夢だ。それなら何をしたって良いはずだ。俺っちはそう決め付けることにした。夢ならば、浸ってる間は好きにやらせていただこうじゃねェの。
「ンじゃ、失礼して~……と」
 まずは足元に片膝をつき、そっと靴を脱がせていく。なけなしの理性をはたらかせて優しく。脱がせたものは『きちん』と壁沿いに揃えて置いた。
 次に手を掛けたのは足首までを覆う白い靴下だ。こちらも丁寧に抜き取って、滑らかな素足と対面する。メイドの制服は肌という肌を覆い隠してしまうから、顔と手以外の生の肌を見るのは初めてだ。
「うおお……なんかすげェ……悪ィことしてるみてェ」
 いや悪ィことしてるっしょ、犯罪だ犯罪。心の中で咎める声も、今だけは聞こえない振りだ。
 片足を持ち上げて肌理の細かい足の甲を撫でる。
「要は、どこもかしこも綺麗なんだなァ……」
 ぽつりと零れたのは心からの言葉だった。コンプレックスと汚ねェ欲に塗れた俺っちとは違う。要は綺麗だ。
 膝を曲げさせて持ち上げた足を顔の前まで持ってきた俺っちは、その指をぱくりと咥えた。口に含んだまま、飴を転がすようにころころと舌で弄ぶ。一本一本の指をそうしてしゃぶっては、指の股や足の裏まで舐り尽くす。
 あいつ怒るだろうな、嫌がるだろうなァ――そう考えるほどに興奮するのは何故だろう。唇を離すと自らの唾液が糸を引いて伝い落ちる、そんなことにすら堪らなく劣情を煽られる。
「悪ィ要! よいしょ~っと」
 長いスカートを捲り上げると男物のパンツが現れた。下着まで女物だったらどうしようかと思った(それはそれでアリだ)けれど杞憂だった。腰から先は壁にめり込んでいるから触れるのは臍の上あたりまでだ。手を伸ばしてまさぐれば、彼にも自分と同じものがついていて新鮮に驚く。いやいや当たり前なんだけど、要もちゃんと男だしちんぽあんのな。
「……燐音、いきまァす」
 何の宣言だ。馬鹿馬鹿しいが声に出さねェと踏ん切りつかなかったンだよ、他人のパンツ下ろすなんてよォ。てなわけでパンツは脚から抜き取ってそのへんに放った。あとスカートの布がまあまあ邪魔だったから鋏で切っちまった。これも間違いなくめちゃくちゃ怒られる。
 じゃーん。要はこっちに突き出した下半身になァんにも纏ってない、すっぽんぽんの状態になりました。拍手。
「い~い眺めだなァ」
 掌で形の良い尻を撫で、つるりとした手触りを楽しむ。両手で双丘を割るみたいに掴むと露わになったふたつの肉の中心にある蕾に、俺っちの両の目はたちまち釘付けになった。単なる排泄器官でしかないそこに、わけがわからないくらい欲情している。
「かなめ、要……ッ」
 床に膝をつき迷わずそこに顔を埋めた。舌を伸ばして穴の周りを囲む皺のひとつひとつに唾液を塗り込むように、丹念に舐めていく。
 己の性器はもう爆発寸前で、痛いほど張り詰めている。ここに挿れたい。要の中に入りたい。そう願えば今度は蕾が柔らかく綻び、ぷくりと愛液のようなものを滲ませ始めた。マジでどうなってンだ。
「まァでも、都合は良いっしょ……♡」
 神様(?)がここまでお膳立てしてくれたンだ、有難く恩恵に与らせていただくぜ。
 これまでになくバキバキに硬くなった性器をそこに宛がった途端、腰を進めるよりも前に先端が飲み込まれていく。熱くて柔くて複雑にうねるナカの感触に眩暈がした。嘘みたいに気持ち良くて、これじゃああっという間にイッちまいそう。
「早漏は避けたいとこだけど……ッ、あんたが見てねェ今なら、許されっか……?」
 言い訳紛いのことを呟いてから、やっぱり我慢出来ずにナカに一度目の精を放った。無論これで終わらせる気はない。
「俺でおまえのナカ、一杯にしてやるから、ッ」
 腰を使う度に先程出した精液が空気を含んでぐちゃぐちゃ言うのも、周りに音が無いせいで頭をぐわんぐわん揺さぶってくる。ああ不味い、これはかなりクる。
「あ~、やっべ……要、今度は一緒にいこ、な……?」
 意思を持ったようにうねうねと蠢く襞に持っていかれそうになりながら、腹に添えていた手で要の性器を握り込む。律動に合わせてそこを扱けば嬉しそうにふるりと震え、鈴口からだらだらと先走りを零した。
 止まっててもちゃんと反応するンだな、なんて熱に浮かされた頭でぼんやり考えた矢先、急な締め付けに俺っちはまたナカで吐精した。それでも萎えない息子に呆れつつ、飽きもせず何度も、要のナカに吐き出した。
「はあ……要ェ、俺っちそろそろおまえの声が聞きたい」
 気持ちいい思いをたくさんさせてもらったら、多少は頭が冷えたらしい。段々要からの反応が無いのが空しくなってきたのだ。恋する彼の身体や体温は本物だとは言え、何だかマネキンを抱いているみたいで。
「時間よ動け~、なんつって」
 ぱちん。おふざけのつもりで指を鳴らしてみる。
「ぁひッ……⁉」
「んお⁉」
 びくん! 今までぴくりとも動かなかった要の腰が大きく跳ねた。
「かな――」
「あ、あ、ア! んひィ、いぐ♡ イくイく、イッ、あっあっ♡ ああ♡」
 ――嘘っしょ、時間、動いた。
「や、……んで……なんでぇ♡ イくの止まんな、ひ♡ やら♡ せーし、ずっと出てるっ♡ イってるのにぃ、またイく、ッううう♡ ひぐ、たすけてぇ……!」
 要は襲い掛かる暴力的なまでの快楽に翻弄され、悲鳴を上げて絶頂し続けた。過ぎた刺激が受け止めきれないのか脚をばたつかせて。
 ぱんぱんに膨らんだ性器からは、止まっている間吐き出されずに溜まった精液が一気に噴き出しているようだった。白濁が出終わるとお次は先端から透明でさらさらとした液体が飛び散る。今の要は流石にカワイソウだけれど、潮を吹くまで感じてくれたってことなら俺っち的にはすっげェ嬉しい。
「要……要、大丈夫か?」
「ひう♡ りんね、さま、ぁ♡ うそ、今の見て……」
「ばっちり見てたぜ? 上手にイけたなァ♡」
 よしよしと尻を撫でてやる。酸素を取り込み損ねた要の喉がヒュウと不穏な音を発した。おいおい、そんなに怯えンなって。
「声聞いたら、今度は要がどんなエッチな顔してンのか、見たくなっちまったなァ……」
 人間ってのは上手く出来てるモンで、ひとつ器が満たされたらまた別の器が空いて渇きを訴えてくる。
 要の顔が見たい。俺っちにひいひい泣かされてトロトロになった可愛い顔が見たい。ひと度首を擡げた欲望は暴れ出して止まらない。
「や、です、りんねさま、見ないでくださ、」
「い~や、見せてもらうぜ」
 ドゴォン!
 渾身の蹴りは要が埋まっている場所のすぐ脇に風穴を開けた。そこから亀裂が広がっていき、脆くなった壁は崩れてようやく彼を開放した。その身体を抱き留めて俺っちはゴキゲンに嘯く。
「御主人様の命令は~、ぜったァ~い♡」
 もう夢だろうが現実だろうが関係ねェ、この俺の御曹司ちんぽで屈服させてやりゃ良いンだろ。待ってろよ要、今にメロメロにさせてやンよ。

 このあと要を性的に陥落させることには無事成功したものの、先に肉体関係を持ってしまったせいで積年の片想いが余計に拗れることになろうとは、この時の俺っちは知らない。





【御主人様は女装メイドにご執心】





・21歳御曹司×18歳女装メイド
・実家の貧しい家族のために出稼ぎに出たのにどうしてこうなったのか
・女装の条件を出した燐音には当然下心があります
・パロディ元はジョジョとアムロ
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