第八夜(マッサージ師×未亡人)

 こんな夢を見た。

 ちわ~っす! マッサージ屋さんでェす☆
 いきなりだけど、おね~さんがマッサージ屋を選ぶ時は何を重要視する? 立地に値段、店の雰囲気。ウンウン、勿論どれも超大事。
 マッサージ師の腕? やっぱ一番はそこだよな、相性もあるし。ベタベタ身体に触られる以上、信頼して任せられる人が良いっしょ。
 ちなみにウチの店は駅前にあるわけでもなく、よくあるチェーン店みたいに良心的な価格設定でもない。ちょっと辺鄙で雑然とした裏路地にあるあまり綺麗とは言えない外観。それでもこはくちゃんとふたりで切り盛りするこの店はいつも予約で一杯。それは何故かっつうと簡単な話だ、実力である。何しろウチには他所の店にはない、自慢の特別コースがあるのだ。

 今日も俺っちはおに~さんおね~さん方の日頃の疲れを癒すため、せっせとお世話をし続ける。商売繫盛、千客万来、『お客様は神様です』ってか。
 『おまかせ六十分コース』、毎度あり。『首・肩中心三十分コース』、あ~お客さんめちゃくちゃ凝ってンね。いつもお疲れさん。『全身揉みほぐし百二十分コース』、丹精込めてやらせていただこうじゃねェの。
 ども、こんばんは。『燐音くんスペシャル』をご所望で? ご指名ありがとさんでェす! あァうんそう、指名のお客さんは皆さんこれ目当てで来るンすよね。あんたも口コミ見てくれたンしょ? まァ俺っちに任しといてくださいよ。
「とりあえず問診票デス。初めてっすよね?」
「――、はい」
 その客は芸能人みたいに目立つ容姿をしていた。全部のお客の顔なんざ当然覚えちゃいねェが、この男は一度見掛けたら忘れないだろう。黒のハイネックセーターに細身のデニムを合わせたシンプルな服装が彼の繊細な容姿を引き立てている。腕なんてちょっと力を入れて握ったら折れちまいそうなくらいひょろいから、俺っちがマッサージなんかして大丈夫なのかよと無駄に心配になる。
「それ書いたらこっち来て着替えてくださいねェ~……ハイドーモ。十条要さんね」
 受け取った問診票にざっと目を通して、おやと思ったことがあった。そこに書かれた電話番号に覚えがあったのだ。
「あ~……失礼ですけどあんた、Kさんの……?」
「はい……その節は主人がお世話になりました」
「やっぱそうか。名字が違ェから気付かなかったっしょ。あのひと二週にいっぺんは来てくれてたのに、ここしばらく見ねェから気になってたンだよ。どうしてる?」
「――主人は、亡くなりました」
「へ?」
「亡くなったのです。もう、彼はいません」
 俺っちはびっくりして数秒固まった。かつての常連さんがぽっくり逝ってたって? 寝耳に水だ。
「え~っと…奥さん? 旦那を亡くして独りになったあんたが、わざわざウチに来てくれたのか? 『燐音くんスペシャル』がどんなモンか知ってて来てるンだよなァ?」
 ぴく、彼の肩が僅かに揺れた。動揺するってことは承知の上なのだろう。施術用のバスローブに着替え終えた奥さんが衝立の向こうからおずおずとこちらへ歩いてくる。ウエストで締めた紐がその腰の細さを物語っているのに加え、胸元から覗く肌が目に毒なほど白く、俺っちは思わず生唾を飲み込んだ。
「――よろしく、お願いします」
「……ンじゃ、始めまァ~す」
 施術用のベッドにうつ伏せに寝転んだ彼の背中にオイルを垂らす。とろりと粘度の高いそれが肌に触れると一瞬息を詰めたのがわかった。
「おっと。冷たかったっすかねェ、すんません」
「だ、いじょうぶ、です……」
「あ~い。続けますねェ」
 掌を使ってオイルを肌の上に広げていく。くるくると円を描くように。そのうち体温で温まったオイルがふんわりと、こはくちゃんチョイスの甘ったるい芳香を放ち始める。
「っ、……ふ、……」
「あ、気持ち良かったら声出して良いンすよ~。ここはそーいう場所なンで」
 そう。表向きにはただのマッサージ屋さんを標榜するこの店は、時として性的なサービスを行うことがある。『燐音くんスペシャル』がそれだ。お客の中には性欲を満たすためにここを利用する人が少なからずいる。
「あんたはじっと寝っ転がってれば良いっしょ。これからもっとも~っとヨくなってくっから♡」
 背中から腰までを揉み解しながら、時折性的な触れ方を混ぜていく。触るか触らないかの絶妙な塩梅で脇腹をつうと撫で上げれば、耐え切れないといった風にくぐもった声が漏れた。我慢しなくたって良いのに。
「奥さァ~ん? 俺っちはオーダー通りにやってるだけ、解ってっしょ? 『燐音くんスペシャル』は所謂性感マッサージだ。あんたは百二十分フルで俺っちにイかされまくるンだぜ?」
「わ、わかっています!」
 焦ったように声を上げた彼はキッと眉を吊り上げて俺っちを睨んだ。金色の垂れ目に涙の膜が張っていて迫力はまったく無かったけれど。
「――主人が」
「うん?」
「主人が亡くなってから、誰にも触れられていなくて……身体が、切なくて。この店の存在を思い出して、勇気を出して来たは良いものの……まだ少し、怖いのです……」
「……。そーかい」
 俺っちは頭を掻いて深く息を吐く。こういうお客さんの緊張を和らげるのもプロの仕事だ。
「いいぜ、ゆっくり深呼吸して。吸って……吐いて。力は抜いてな。そう……俺に委ねて」
「ん、」
 耳元に唇を近付け低く囁けば言う通りに身体の力が抜けていく。俺っちの口調は優しくエスコートするようでいて、その実命令と変わりない。
「奥さんはァ~、だんだん気持ち良くなァ~る♡」
「あっ⁉ あ、んん!」
 オイルの滑りを借りて後孔に中指を突き入れる。枕に顔を埋めていた奥さんは急な刺激に喉を反らした。
「ひっ、アア♡ そ、こ……うあ、ッ♡」
「ん~? ここかァ? あんたのイイとこ♡」
 指を二本に増やしてナカの固いしこりを押し潰すように擦ると声に明らかな色が混じった。わかりやすいのは良いことだ。
 しっかし旦那が死んでもなお気丈に独りでいる妻……なんつーかちょ~っと、ちょっかい出したくなっちまうよな。奥さん綺麗だし、貞淑なのかと思いきや意外と跳ねっ返りで可愛げがあるし。端的に言えば俺っち好み。つい悪戯心が湧いちまう。
「なァ奥さん、旦那にはどうやって触られてたの? 俺っちに教えてくんね?」
「ん、んっ♡ は、ァ、そこ、をっ、ぐりぐりってぇ♡」
「はいはい……これで満足?」
「うう♡ た、りな……」
「どうしてほしいか言ってみ、場合によっちゃ聞くぜ?」
 もうひと声。男は可愛いオネダリが大好きな生き物なのだ。
 ウチは基本的に本番はナシだけど、奥さんなら相手してやらんこともない。これは俺っちの気紛れ、けど誰にでもってワケじゃないぜ? あんたにゃ特別だ。
「やぅ、そ、なこと、言えません……っ」
「へェ。意外と強情だねェ」
 旦那の手前、ってやつ? そういう態度取られちまったら余計燃えるじゃねェの。
 彼の身体を引っ繰り返して仰向けにさせ、ベッドに乗り上げる。ぎし、業務用のパイプベッドが耳障りな音を立てて軋んだ。すべすべの肌のあちこちにキスを贈る。臍、腹、胸、鎖骨、首筋。顎を掠めてから唇にギリギリ触れない距離でその瞳を見つめる。ああ、迷ってる。
「カマトトぶンなよ奥さん、旦那のと俺っちの、どっちがデカいの?」
「……っ、ぁ、ア♡ はいっ、て」
「キツ……。マジで久し振りなんだ?」
 わざと前立腺を外してゆるゆると腰を動かしながら挿入すれば、彼がもどかしげに身じろいだ。俺っちは唇を歪ませて薄く笑う。落ちるまでもう少し。
「ほら言えよ。〝燐音のデカチン奥にください♡〟って」
「ッ♡ ……り、ねの、でか、ちん……おくに、くだッ♡ んああ♡ あ~~っ♡」
「はァい、毎度あり♡」
 ずぷん。オネダリにお応えして俺っちのを根元まで沈めると、ナカが小刻みに痙攣する。いくら表面を取り繕って清純ぶったって、しばらくぶりに男を咥え込んだそこは大喜びで纏わり付いてくる。
 いや~チョロいねェ、こんなにチョロくて大丈夫か奥さん。心配だから定期的に俺っちに会いたくなるように仕込んでやろうか。これからはウチで心とケツの穴を埋めると良い。
「はっ、よく言えましたねェ~? ご褒美に、もっと奥までハメてやンよ♡」
「んっ、はあ、や、きもひ、い♡ うぁ、ごめ……ごめ、なひゃ♡」
 誰への謝罪なのかって、そんなん決まってる。もう遅いっつうのに泣ける……いや逆か。笑えてしょうがねェ。俺っちの下で泣きながら謝ったって何も許されやしないのに。
 なァ天国のKさん見てるゥ~? あんたの奥さん、もう俺っちのモンになっちまったわ。きゃはは、ゴメン♡ 『燐音くんスペシャル』はリピート率百パーセント。お客さんは必ず俺っちの技術の虜になって帰っていく。例外はない。
「これであんたも俺っちの上客の仲間入りっしょ。喜べよ、なァ要さん」
 残り時間はまだ六十分以上もある。俺っちを覚え込ませるには充分な時間だと、こっそりほくそ笑んだ。





【あんたにゃ特別フルコース】 





・26歳×23歳若妻未亡人
・奥さんはいいとこの子なので18で20歳上の旦那とお見合い結婚
・燐音の気に入りの客は複数人いたけどこれからは要さんひと筋になります
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