後方支援
ん、と母親に手渡した長方形の茶封筒には彼女宛の軍資金が入っている。先に社会に出た桐ケ谷に出来る事はこれぐらいしかない、彼女と母親の買い物に着いて行ったって足手まといになるのは目に見えている。こういう場面では男は何の役にも立たない、それに中途半端に口を出した所で弁が立つ母親に言い負かされるのがオチだ。それなら軍資金を手渡して後方で見守っているぐらいが丁度いい。
「こんだけあれば一式揃うだろ」
「誰に似たんだか」
「お節介な母ちゃんに似たんだよ」
桐ケ谷の母親は茶封筒の中をチラリと見て、デパコス一式プレゼントなんてやるじゃん、と桐ケ谷の肩を遠慮無しの力で叩く。
「ったく、痛ぇって」
「これ唯ちゃんに言わなくていいの?あんたからのプレゼントって」
「選ぶのは母ちゃんだろ、おれは何買えばいいとか分かんねぇからさ。助かるわ」
検索履歴には化粧品の相場が並んでいる。無知なまま金をポンと出すのは厭味ったらしい気がして何件か化粧品のレビューに目を通してみたが良し悪しなんて結局は使う本人次第だろうと早々に匙を投げた桐ケ谷。
「あとさ、妙に自信ねぇ顔すっからさ、自信つけてやって」
ステージではあんなに自信に満ち溢れているのに自身のビジュアルには自信が無い彼女。桐ケ谷の整った顔立ちの横に並ぶとなるとハードルは相当に上がる。だが、桐ケ谷自身にその自覚が無い為、彼女の悩みが理解出来ずにいる。
「それはあんたの役目でしょ」
母親のギロっと吊り上がった瞳が桐ケ谷を非難する。褒め言葉が恥ずかしいなんて言わないわよね、と圧を掛けてくる自身の母親に桐ケ谷は苦笑を浮かべる。
「違ぇって」
俺が言ってもさ、効果ねぇんだよ。それにやっぱ同性から褒められたら嬉しいんじゃねぇの、と桐ケ谷はスマートフォンに届いたマインの通知に視線を向けた。
「お、唯もうすぐ着くって」
素早く返信を返した桐ケ谷は母親に勢い良く頭を下げる。
「唯のこと頼む」
「……あんたってそんな声出たんだね」
「は?声?」
母親が聞くには甘過ぎる声だ。たった一人に愛情を向ける男の声というのはこんなにも甘かっただろうか、随分と昔に似た男の声を聞いたような気もするが自身の息子に聞かせる話ではないと口には出さずに母親は成長した息子の頭をくしゃりと撫でるのだった。