慕情
秋の夜は冷える。
利吉が忍務から帰還して、久々の逢瀬だった。抱き合ったあとの静寂の中で、宿の一室には火鉢の赤がぼんやりと灯っている。外では風が笹を鳴らし、障子がときおりかすかに鳴る。
「先生、寒くないですか」
布団の中から、利吉の声がした。
「うん……少し」
「では、もう少しこっちに」
利吉の腕が伸びて、土井を抱き寄せる。その体温がゆっくりと背中に移る。衣擦れの音が小さく響いた。
「……暖かいね」
「そうですか?」
「うん。……君は、昔からあったかい」
「それは、子供だったからでは」
そう笑いながらも、利吉は土井の指を一つずつ包むように握る。指先がくすぐったくて、土井は笑った。
「ねえ、利吉くん」
「はい」
「こうしてる時が、一番落ち着く」
利吉が少し息を呑む。少し間を置いて、彼は低く答えた。
「……私もです」
しばらく二人は言葉を交わさず、ただ寄り添っていた。外の風が障子を揺らすたびに、布団の中の温もりがより際立つ。
利吉の指が土井の髪を撫でた。
頬に指を這わせ、首筋を軽くなぞる。何度抱き合っても、彼は初々しくこうやって触れてくる。土井はくすぐったさに少し笑った。
「もう……いつまで触ってるんだ」
「気持ちがよくて……つい」
利吉の指が土井の背筋をなぞり、尾骶へと滑り降りる。
「こら……」
土井は利吉を軽く制したが、その声には怒りがない。むしろどこか蕩けた、甘えたような響きがあった。
「もう十分触っただろう?」
「十分なんてことはありません」
利吉は土井の耳元で真面目ぶった声で囁く。
「何度触れても、足りないくらいです」
土井は苦笑した。利吉の気持ちが分かるからだ。こんなふうに求められることが、こんなにも心地よいものだとは思わなかった。
利吉の手が土井の腰を撫でると、土井は身体を震わせた。
「そこ……くすぐったい……」
「知ってますよ」
利吉は悪戯っぽく微笑んだ。
「先生の身体のこと、だいぶ分かってきましたから」
土井は何も言えずに顔を背けた。それくらいにもう幾度も、互いの身体の奥深いところに触れ合ってきている。
「もう……君は……」
「私が?」
「……意地悪だ」
悩んだ末に言った挙げ句にいやに子供っぽい言葉を選んだ土井に、利吉は小さく声を立てて笑った。この人は困りきると子供のようになるところがあるのだと、最近は利吉も分かりはじめていた。
「先生は、可愛いですね」
利吉が土井の額に軽く口づける。土井は小さく息を吐いた。
「可愛いなんて……歳を考えてくれ」
「歳なんて関係ありません。可愛いものは可愛いです」
利吉は土井の手を取り、いとおしげに指先を握り込む。その手はすぐに解かれてそのまま土井の頬に触れ、髪をすくい上げるようにして、耳の後ろをなぞった。土井の身体がわずかに震える。
「……悪戯っ子だね」
「悪戯のつもりはないのですが」
いつだって真剣ですよ、と、唇が首筋に触れた。ほんの一瞬の接触。それだけで心臓が波打つ。
「やめなさい」
「やめてほしいんですか」
「……どうだろう」
甘い吐息が混ざる。正直な言葉に、利吉が微かに笑う。
「じゃあ、やめません」
小さくそう言って、再び唇が触れる。夜気の冷たさと肌の熱が交互にせめぎ合って、その合間に障子の外の虫の声が遠く響いている。
やがて、利吉の胸元に顔を埋めながら、土井がぽつりと呟いた。
「ねえ、利吉くん」
「はい」
「こうしてるとね、子供の頃に戻ったみたいな気がする」
「子供の頃?」
「怖い夢を見て、母の膝に顔を埋めてた時のこと……」
少し照れたように笑って、土井は続けた。
「でも今は……それよりもずっと安心する」
利吉はその言葉に、黙って抱く腕の力を少しだけ強める。
「私も……こうしていると、帰ってきたんだと思えます」
その声は静かで、少しだけ震えていた。
外では風がやみ、虫の声も遠のいていた。火鉢の赤が次第に小さくなり、二人は寄り添ったままやがて眠りに落ちた。
布団の中も、触れ合った肌も、いつまでもあたたかくて。
夢の中で懐かしい景色が見えたような気がした。