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リク剃毛ネタ 刃に委ねる

 春の夜は冷える。
 障子の向こうでは雨が静かに落ちていた。火桶の火が赤く揺れて、二人の影を壁に映している。利吉の前には、剃刀と小さな灯りが置かれていた。研ぎ上げられた白刃が灯を吸い込むように光るのを手に取って、利吉は些か気が進まなさげに問い掛けた。
「……本当に、必要なんですか」
 問う声はかすかに震えていた。土井は穏やかに頷く。
「女に化けて潜る忍務だ。足首ひとつにしても、疑われてはならないからね」
「だからって、どうして私が」
「自分じゃ隅々まで見えないんだよ。特に裏側は」
 そう言って土井が着物の裾を静かに捲り上げると、そこに彼の生身の脚が現れる。しなやかで、普段は袴に隠れて見せぬ部分。それが下準備の油で艶やかに濡れて見える。利吉は一瞬、息を詰めた。
「手元を狂わせないでくれよ」
「……努力します」
 冗談めかした声が、やけに乾いて響く。刃を持つ手が、微かに汗ばんでいた。
 最初の一筋、刃が肌の上を滑った。ほとんど音はせず、ただ微かに空気が震えた。火のはぜる音と雨の落ちる音。そして二人の呼吸。そのすべてがひとつになって、狭い部屋を満たしている。
 利吉は足首から膝へと、剃刀を慎重に動かした。蜜にも似た油で光る肌。滑る刃の軌跡を目で追うたびに心臓が鳴る。土井は目を閉じて、静かに息を整えている。しょりしょりと、刃が肌を滑る音だけが部屋に小さく響く。
「……怖くはないですか」
「怖いよ」
「それでも、任せるんですか」
「君だからね」
 その一言に、刃を持つ手が小さく震える。その拍子に肌にかすかな赤みが浮き、利吉は息を呑み、刃を止めた。
「……大丈夫だよ」
 土井の声は穏やかで、微かに笑っていた。
「たとえ傷になっても……もう慣れているから」
 その笑みが、どこか悲しかった。慣れとは、彼は一体いつの何の話をしているのだろうか。
 刃が灯を受けて光る。雨の音が消えたように感じる。痛みよりも信頼の方が深い場所にあるのだと、利吉はそう感じて土井の肌に触れる。その瞬間、土井の肩がかすかに震えた。
「……冷たいな……」
「すぐ、温かくなります」
「……そうだね」
 沈黙が長く続く。刃がゆっくりと動くたびに空気が揺れて、音もなくただ呼吸だけが響く。恐怖とそれからかすかな羞恥とがただここにあって、まぶたを閉じたままの土井が時折息を詰める様子に利吉は何度も刃を止めた。どこから先に破れるのか分からない。張りつめた糸の上に立つような時間だった。
「……先生」
「ん?」
「信じてくれてますか」
「信じるしかないだろう。でも」
 君に殺されるなら、それも本望かもしれないねと、その言葉に刃を持つ手がわずかに揺れた。
「そんなことを言われたら、もう手がうまく動きません」
「……なら、もっと、優しくしてくれ」
 言葉の端に笑みが滲む。それは涙のように儚い笑みだ。再び、刃が光を滑らせる。火がひとつ沈んで雨音が戻る。脚と呼ばれる肌の箇所が終わりに近づくころ、利吉はふと問いかけた。
「……そろそろ」
「いいや」
 土井は目を開け、静かに言った。
「せっかくだから、もう少し上まで頼む」
 利吉は息を止めた。
「……せっかく、ですか」
「ああ。せっかく、だろう?」
 それだけで十分だった。
 言葉の後ろにあるものを互いに理解して、空気がまた張りつめる。刃先が静かに更に上へ向かう。裾がゆるりとたくし上げられ、土井は静かに息を吐いた。瞳を閉じたまま、小さく笑う。
「……手、温かいな」
 利吉は答えず、ただ刃を握る手を握りしめた。火の揺らめきが二人を包む。刃は太腿の付け根へと差し掛かり、利吉は思わず唇を舌で湿した。指先は熱を持っていて、微かな汗で刃が滑るのすらも恐れているのに、土井の肌はどこもかしこも油にまみれていて艶めかしかった。そして利吉は、ついにその場所に触れた。最も隠された、柔らかな肌の部分。刃先が硬く締まった毛の束へと向けられて、その茂みの端にぴたりと当てられる。土井の息が止まり、それまで微かに上下していた肩がぴたりと動かなくなる。利吉はほとんど無意識に、気づけば声を絞り出していた。
​「……こんなところまで剃って、一体どんな忍務なんですか」
​​「……知りたい?」
​ 土井は、どこか甘やかに、微かに唇の端を上げた。その挑発に、利吉は鋭く言い放つ。
​「やめておきます」
 刃の重さが、鉛のように感じられた。
​​「悋気で人が死にかねませんから」
 その声には、嫉妬とも怒りともつかぬ熱が籠もっていた。土井の閉じたまぶたが小さく揺れ、沈黙ののち、彼は静かに目を開けた。瞳は熱を孕み、利吉の顔をまっすぐに見つめる。火桶の火が一度大きく揺らめいて、ほの赤さの中で土井の身体に微かな兆しが現れ始めたのを利吉は見る。
 研ぎ澄まされた刃の動きが止まる。利吉は剃り終えた白刃を慎重に板の上に置いた。小さな灯りが刃の反射を鈍く返している。
​「──先生」
 低く名を呼んで、利吉は土井の完全に無防備になったその付け根を、指先でゆっくりと撫で上げた。
​ 土井の息が、一瞬止まる。
 今までずっと下帯と着物に守られていた柔らかな肌が、完全に毛を失って利吉の手のひらに吸い付いてくる。その無垢な感触に、利吉の身体に痺れにも似た震えが貫いた。これが忍として潜るための処置であることなど、もはや頭から消え去っていた。​利吉は指先をその剃り上げたばかりの柔らかな付け根へと滑り込ませ、核心には触れずに幾度もその根元ばかりを撫で擦った。
​「んっ……」
 ​土井の身体が、緩やかに反る。肌が摩擦される微かな音だけが、張りつめた静寂の中で静かに響く。
​ 利吉は目を閉じた。手のひらで感じる、滑らかで抵抗のない肌の感触。土井がかすかに漏らす熱い溜め息。それらをひとつも取り零さないように味わいながら、土井の頬を掴み引き寄せて貪るように唇を重ねた。春の夜の冷たさも障子の向こうの雨音も何もかもが、その熱い渇望の前では意味をなさないものだった。