現パロ利土 准教の土とコンサルやってる利の続き 春待ち
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自宅に戻り、玄関で靴を脱ぎながら土井は深いため息をついた。
コートを脱ぎ、今日の自分の行動を反芻する。頭を巡るのは、いくらなんでも不自然ではなかっただろうか──という後悔ばかりだ。
今日自分が利吉にプレゼントした革製のカメラストラップ。バレンタインに男が男に贈るものとしてはあまりにも度が過ぎている。利吉の趣味を調べ、カメラ用品店を何軒も回り、店員に相談しながら選んだ品だ。予算もチョコレートの相場をはるかに超える。バレンタインに渡す羽目になったのはたまたまだったが、そんなことを言い訳したところで今更どうしようもない。
「……完全に、やりすぎた」
リビングのソファに倒れ込み、土井は腕で目を覆った。
利吉はどう思っただろうか。気持ち悪いと思われなかっただろうか。三十五歳の大学准教授が、取引先の若い男に高価な贈り物をする。客観的に見ればどう考えても異様な行動だろう。
言い訳は用意していた。カメラが好きだと聞いたから。ストラップは消耗品だから。けれどもそれが苦しい言い訳であることは土井自身が一番よく分かっている。本当は、利吉に自分のことを覚えていてほしかったのだ。写真を撮るたびに、ストラップに触れるたびに、自分のことを思い出してほしかった。そんな浅ましい欲望があの贈り物には込められていた。喜んでほしい、なんてことは建前だ。
(最低だな……)
土井は身を起こし、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。一口飲んで、スマートフォンを確認するとニンスタに通知が来ていた。
riki_nowhereが新しい投稿をしました。
土井は反射的にアプリを開いた。利吉の投稿は大抵夜か早朝だ。こんな時間に投稿するのは珍しい。そうして画面に表示された写真を見て──土井は息を呑んだ。
(カメラ……)
利吉の愛用している一眼レフ。そのストラップ部分に、土井が今日贈ったばかりの革のストラップが取り付けられた写真だった。深い茶色の革が黒いカメラボディに映えていて、構図も光の加減も、撮影者が拘って撮ったことが伝わってくるものだった。
土井は利吉の過去の投稿を思い返した。数百枚はあるだろう利吉の写真の中で、こうした「物」の写真は片手で数えるほどしかなかったはずだ。利吉が撮るのは、多くが景色や自然物だ。山、空、海、木々、花。時折古い建物や街並みを撮ることはあっても、こうした人工物——しかも自分の持ち物を撮ることは、ほとんどない。
キャプションには、こう書かれていた。
『大切な人からの贈り物。これから春を撮りに行く。まず行きたいのは——』
大切な人。
土井は何度もその言葉を読み返した。大切な人。利吉がそう書いている。自分のことを。
心臓が痛いほど鳴っていた。期待してはいけないと分かっている。利吉にとっての「大切な人」は、少し変わった友人という意味でしかないだろう。それでもその四文字は、土井の胸をひどく焦がした。
土井は震える指でいいねを押した。それからコメント欄を開いて、何かを書こうとして——やめた。何を書いても自分の感情が溢れ出てしまいそうだった。
利吉は覚えていない。前世のことも、自分のことも、何ひとつ覚えていない。それでも今、こうして現世で新しい関係を築こうとしている。少しずつ、少しずつ、距離を縮めている。
──焦るな。急ぐな。
何度目になるか分からない自戒を、再び自分に言い聞かせる。けれども心臓はまだ早鐘を打ち続けている。ふと手の中で、スマートフォンが震えた。利吉からDMが来ていた。土井がいいねを押したことに気付いたのだろう。
『ストラップ、ありがとうございます。春が撮れたら、先生に一番に見せますね』
一番に。
土井は目を閉じた。瞼の裏に今日の利吉の笑顔が浮かんだ。ストラップを受け取った時の少し驚いたような、それでいて嬉しそうな表情。遠い記憶の中にある彼の表情と、寸分たがわぬ面影に胸が痛む。
『大事に使います』
あの声が、まだ耳に残っている。
缶ビールはすっかりぬるくなっていた。それでも土井はしばらくそのままソファに横たわっていた。利吉の言葉を何度も反芻しながら、春が来るのを待ち侘びるように。