負うた子の手
午後の日が傾きはじめ、孤児院の庭に長い影が伸びていた。縁側からは子供たちの遊ぶ声が聞こえてくる。その心地よい音の間を縫って、利吉が土井の部屋に現れた。
「先生、少しだけですが」
そう言って懐から小袋を差し出す。中には金子が並んでいた。重みがあり、見ただけで決して楽に稼げる額ではないことが分かる。彼と彼の子の分と考えても多すぎる金額で、土井は溜め息を吐いた。
「またこんなに……利吉くん、気を遣わなくていいんだよ」
土井は苦笑を浮かべるが、利吉は首を振った。
「気を遣ってるわけじゃありません。使ってください」
「でも──」
「今月は薬代がかさむでしょう。子供たちの咳が長引いているから」
言われてみれば、その通りだった。孤児院の経営はもともと楽なものではない。寄進や作物の収穫に頼る部分が大きく、季節によっては手持ちが尽きることもある。特にこんな冬支度時期にはありがたい。土井は小袋を握りしめ、深く息をついた。
「……ありがとう。正直助かるよ」
そう言うと、利吉は小さく笑った。子供が褒められた時のような素直な笑顔だ。それがあまりにも嬉しそうで、土井は思わず問いかけた。
「そんなに嬉しいのか?」
「ええ。あなたが受け取ってくれるのが」
利吉は迷いなく答えた。土井は首をかしげた。
「どういう意味?」
「……忍術学園にいた頃は、絶対に私に払わせてくれなかったでしょう」
「ああ……」
土井は過去を思い出す。確かに、土井がまだ教師だった頃、利吉は何かにつけて土井に奢ろうとしては断られていた。
「そりゃあ、七つも下の君に出させるなんてできるはずがない」
そう言う土井の口振りはあの頃と同じだ。利吉は微笑んで言った。
「悔しかったんですよ。一人前と見られていないようで。見栄くらい張らせてください」
その言葉に、土井の胸に滲むような感情が沸き上がる。あの頃はまだ、自分は彼を子供のように扱っていた。でも今は──こうして自分を支えようとしてくれる。
「……ごめんね」
思わずそう口にすると、利吉は驚いたように目を瞬き、それから穏やかに首を振った。
「ああいうことがあったから、今は嬉しいんですよ」
そう言って包みを受け取った土井の手を、そっと握る。
「あなたを少しでも支えられている気がして」
その声音は静かで、照れ臭くなるほどに真っ直ぐだった。土井は包みを抱きかかえ、そっと笑い返す。
「……困ったな」
「え?」
「そんなこと言われると、君にお礼をしにくくなる」
「礼なんていりませんよ」
「……じゃあ……」
そう言って、土井は利吉の手を引き寄せた。唇がかすかに触れる。
利吉が少し照れたように笑う。
「……どんなお礼より、嬉しいです」
「そりゃ、よかった」
夕陽が傾き、縁側の影が二人を包む。言葉を交わしては隣で相槌を打つ利吉の笑顔を見て土井は思う。子供の頃、遊び疲れて背中におぶったあの少年が、今は隣に並んでいる。支えてきたつもりが、いつの間にか支えられている。
そのことが、少し恥ずかしくて、少し誇らしかった。