今は昔の
うちに戻ると、ちゃぶ台の上にある四草の電話の液晶が割れていた。
「……うわ、お前、なんやそれ。昨日まではその画面無事やったやないか。」と言うと、四草がなんやしゃべって説明するのめんどいな、という顔になっている。
お前、オネーチャンとおるときそんなものぐさそうな顔絶対してへんやろ。
「いや、電話屋に新しいの買いたいて相談したら、今の一回アカンようにしてくれ、て言われたんです。新しいのを買うとなると金掛かりますけど、前の壊れた言うたら保険で安なと買えますから、言うて。」
「そんなん、オレ言われたことないで。」
「昔っから、これ企業のお得意さんにしか言うてへん裏技なんですけど、て話して貰えること多いんですよ、僕。顔が良くて得したことなんかそんなないですけど、こういうとき便利ですね。」
「そんで、オレが昼に送ったメッセージも見れてへんてことか。」
「洗濯物なら取り込んどきましたけど。……夕飯のメシも炊いておきましたし。子どもはこれから日ぐらし亭に迎えに行きますし。」
いや、そこまでは書いてへんけど……まあ似たようなこと書いたからええか。
それにしても、なあ。
こうやって年取ってくるもんなんやろか。
昔のオレやったらあっという間に血圧上げて、「四草、お前~。これまで、散っ々その辺のオネーチャン引っ掛けて貢がせといて、今更何言うてんねん。寝ぼけてんのんか?」くらいは反射で言うてたもんやけど。
ヘッドロック掛けたらその後が面倒やから、気ぃ付いたら止めてまうていうか。
寝ぼけてますね、言うて開き直ってそのままチューしてくるヤツがどこにおんねん。
「それほんまにデータ取り出せんようになったらどないすんねん。」と画面がバキバキになったスマホを指さす。
そういえば、オレかて、昔はもっと自分の持ってる携帯電話に愛着持ってた気ぃするけどな。
「そう言えば、兄さん、ジャラジャラと仕事で行った出先で買うたり貰たりした携帯の飾りを付けたり外したりしてましたね。」
そういうお前は、オネーチャンからもろたおそろのヤツ、その日のうちにゴミにしてたりしてたわな。
「言うたら、新しい機種買うのに東京の銀座で前の日から並んでる奴らがニュースになったりしてたな。」
「大阪におるのになんで東京の話しやねん、て兄さんめちゃめちゃテレビに向かって悪態ついてましたね。」
そうやったか?
「いや、今のは、ダサいことして手に入れたかっこええ携帯、アホらしすぎてネタになるわ、みたいな話やろが。尊建あたりも話しの枕にしてたしオレだけとちゃうで。」
「まあ、公衆電話探す手間もなくて、カメラの付いた新しいおもちゃに夢中やったてことでしょう。」
「今は昔、か。……それかて、中におチビの写真とか入ってんのやろが。」
「せやから水没とかはあきません、手加減してください、とは言われたな。データの入ったのを入れ替えれば外側はどうとでもなります、ほんまに買うたら買い替え五万です、て。」
ええ~!
「なんやその値段。」
今時、交通費込みでこの値段でお願いします、て言われることもあるこのご時世、一回の仕事の半分が消えてくで。
「今の相場やそうです。」
「しっかし、……昔は携帯電話なんか、ただで貰えたもんやけどな。」
「カルチャーセンターで仕事して、時代は変わってるで、て草原兄さんが言うてたときはそないなことあるんかと思ってましたけどね。」
そら、落語講座の話し聞きに来るのが、前はミドルエイジの奥様だけやったのが年齢層若く見える女の子が増えて来たていう話しやろ。あ、オネーチャンとか女の子とか、ファンの前では言うたらあきません、て喜代美ちゃんから、キツうに叱られたとこやんな。
草若兄さんは、公的な場所に出ること多いですから、四草兄さんよりも気を付けてくださいね、てビシッと言われたけど、みんなお嬢さんでええんかいな?
「ゼロ円ケータイて言われてたのも、今は昔の物語、てことか。」
まんが日本昔ばなしも昔の話になってしもたからなあ。
「時代が変わったのと違いますか。会社が電話代だけで儲けられた時代が終わったていうことでしょう。」
なんや、経済の話になるといきなり大学出みたいような話し方になりよるな、コイツ。
携帯電話も、通話できるだけのことが大勝利やったのに、今はカメラ機能が高くないとアカンとか、色々ありすぎるわ。
「そういえば、お前ああいうのやってんのか?」と言いながら沸かした麦茶を飲むと、四草が僕にもください、と言って手元の茶碗を差し出した。横着すんなボケ、お前が淹れんかい、と思ったけど、これからおチビのこと迎えに行くらしいからな。たまにはええか。
「ああいうのって、何ですか?」
エスエヌエヌとかエヌエヌエスとかいうあの……「ブログブームの後に来たヤツや。」と言うと、ああ、と四草が頷いた。
「若狭に、自宅と子どもが映らないような形でええから、メシの写真とかアップして宣伝してくれて頼まれたんで。」
そない言うたら、草原兄さんもいっとき好きでやってたけど、お前の写真上げたときだけ閲覧数エグくなるから止めたて言うてたで。とか言うてやらへんけどな。
「ああいうのは月に一度、遠出したときくらいでええのと違いますか。頻繁にあげて、住所がバレるのも面倒ですし、目的が手段になってもしゃあないでしょう。」
「そうやなあ。おチビの成長にもよくないような気がするし。」
「まあそうですね。」
「まあそうですね、てなんや、他人事かい……! 自分の子が、いきなり携帯もネットもないとこに行きます、これまで長いこと、世話になりました、て言うて世捨て人になったらお前、困るやろ。」
ああ~、オレがなんや人生嫌になったわ、いうていきなり小浜行ってたりしたのも、あれも教育にはあかんかったかもしれへん。
「僕より兄さんの方が困るんとちゃいますか?」
いや、困るいうよりな、そもそも子どもが心配とちゃうんかい!
「親はお前やぞ?」
分かってへんならそれでもええですけど、て本人前にしてそれはどないやねん。
どういうこっちゃ。
「ほんま、さっきから何をごちゃごちゃと言うてんねん。言いたいことがあるなら、はっきり言えばええやろ。」
「つまり、今は僕も子育てがあるから、ひとり暮らしが出来そうにない兄さんが転がり込んでこられて一緒に住んでんのに、そこまでやいやい言われてへんやないですか。」
そうなんか?
「これで子どもがいなくなると、」
いなくなると?
つまり、めちゃめちゃ心配やし探しに行かんとアカンやろ、っちゅう……。
「兄さんは子どもがおらへんようになっても僕と一緒にいたい、てことになりますけど。」
「ハア!?」
「兄さんは、それでええんですか?」
………ドアホ、そういう話とちゃうやろ!
決まったーーー!
四代目草若、怒りのヘッドロック!
今更ここまで来て、わざわざ念を押そうとすな、このボケ!
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