03.ウバ・ハイランズ 大宇宙の声(たたうら マゼラウ、ヴェリリ)

 パチパチと木が燃える音と、オレンジ色の明かり。周囲を見れば仲間たちの寝息と、遠くでうごめいている異形の気配。空を見上げれば満天の星。神様が用意した無数の希望。旅の途中で立ち寄った神殿で、僕のことを地上に舞い降りた希望の星だという神官の人もいた。
 そういう時、そう言った人たちは僕を見る目は僕を僕として見ていないような。勇者としてでもなく、なんといえばいいのか。目の前にいるのに目の前の僕を見ていないような眼をしていて、僕は何とも言えない気持ちになる。
 でもそういう時は僕はヴェルナーを思い出す。誰よりも僕を勇者として信じてくれていて、半面、僕を僕として、マゼル・ハルティングとして見てくれる。ヴェルナーがいてくれることが僕が僕として立てる重要なことなんだ。

「マゼル」
「ラウラ」

 ほう、と、ため息をついて空を見上げていた僕にラウラが声をかけてきた。その手には湯気を立てるカップがあった。お茶を淹れてくれたらしい。

「どうぞ」
「ありがとう」

 最初、不寝番はラウラとフェリは除外しようって話があったんだけど、二人からの猛烈な抗議があって、結局二人も順番に入ってる。今となってはこうして二人で話ができる時間は少しうれしかったりする。
 そんなことを思いながらカップに口をつけた。爽やかな香りがして、渋みはあまりない。これはヴェルナーが持たせてくれた茶葉の一つかな? 旅に出る僕たちにヴェルナーは色々用意してくれたけど、そのうちの一つがこの茶葉だ。辛いことがある旅先でも、飲みなれた紅茶があるだけでも、ということらしい。フェリは角砂糖をいっぱい貰ったって言ってたっけ。
 僕たちの中で紅茶を淹れるのが一番美味いのはラウラ。その次が僕で、ウーヴェとルゲンツが底辺争いをしているって感じ。うん、その、茶葉の良さでもカバーできないことってあるんだなぁって、僕は知った。

「美しい空ですね」

 ラウラも空を見上げて呟いた。うん。と、僕も頷く。美しい空だ。
 ――そう言えば、リリーがヴェルナーに星空に絵を描く話を聞いたって言ってたな。リリーにとっては村を出てすぐの、まだ気が緩まない中での、それでもヴェルナーとの大切な思い出らしく、とても嬉しそうに話していた。
 僕の知らないヴェルナーの話に、なんとなくもやっとしたのは僕だけの秘密だ。
 それにしても大きな星を繋げて絵に見立てるなんて、あんまり、その、芸術方面に興味のないヴェルナーにしてはずいぶんロマンチックな話だなって思った。

「空に、絵ですか。ヴェルナー卿も面白いことを考えますね」
「うん。あ、でも、あの青白い星を中心にこう繋げると――」
「……猫、ですわね」
「うん!」

 マゼルの指が青白い恒星を中心として指を滑らせると、夜空に浮かび上がるのは尻尾の長い猫だ。ヴェルナーがリリーに語ったものと比べると随分と複雑なのは、彼の美術的センスがヴェルナーと比べ物にならないものがあったからなのか。

「きっと黒猫ですわね」
「だね!」

 くすくすと笑うラウラにマゼルは自分が思い浮かんだものと同じものを彼女も思い浮かべてくれたことに笑みを浮かべてうなずく。それからあれこれと、あれはスコーンだ、紅茶のカップだと空に絵を描いてその夜は過ごした。



 その後、マゼルが魔王を討伐した後にラウラとともに語った星座の話はラウラから王太子に伝わり、なんやかんやあってヴェルナーがリリーに語った様に、剣を構える勇者座が作られるようになった。彼にとっての計算違いがあったとすれば、勇者座と背中合わせになるように槍を持つ英雄座が作られたことだろう。
 だがこれにより、ヴァイン王国を中心として槍術スキルが再評価されることになるのだがそれはまた別の話。
 さらに、ラウラとマゼルが最初に作った『黒猫座』の瞳にあたる星が、ヴェルナーの前世でいうところの北極星にあたる星であったため、後世の旅人たちにとって「黒猫の導き」と呼ばれる慣用句が生まれることになるのだが、当然そんなことはマゼルもヴェルナーはもちろん、その黒猫が誰を表しているか理解している人々も知るよりもないのである。

powered by 小説執筆ツール「notes」

304 回読まれています