2023/10/18 鯖缶マリネ
◆ヒュベルトゥス・ナーレス・ヴァイス・ヴァインツィアール
経済学部の教授。通称ヒュベル教授。もしくはイケメン教授で大体通じる。
ヴェルナーに対して何かしら思うところがあるらしい。時々変な事件に二人して巻き込まれている。
◆メーリング
◆ファスビンダー
ヒュベルトゥスの護衛兼秘書。
ガコッと、明るいキッチンに冷蔵庫を開ける音がして、明るくなった空洞を照らす。
「なんもねぇ」
どうしてこうなったのかと言う仔細は省くが、別学部の教授であるヒュベルトゥス・ナーレス・ヴァイス・ヴァインツィアール教授が一人暮らししている俺の部屋に来ている。色っぽい理由ではない。どっちにしろ二人とも男だ。これまた諸事情を省くが、二人そろって面倒ごとに巻き込まれて終電を逃がし、教授のお迎えが来るまで我が家で休んでもらっているわけだ。
もうコンビニに行く元気もなく、しかしながら何か胃に入れたいという一心でキッチンにたどり着いたのだが、普段から料理をしないものだから友人たちが置いて行った酒と鯖缶とドライフルーツしかない。あと、悪あがきで野菜層を開けたらタマネギが一つだけ転がっていた。多分マゼルが置いて行った奴だろう。ないよりましだと親友に感謝する。
が、タマネギ一つあっても、あるのは鯖缶と枝付き干しブドウとタマネギ。うーん、詰んだ。何か作れないかと記憶を探るがヒットするのがマゼルが作った酒の肴しかない。そして酒は冷蔵庫にあって、そして今俺は疲れている。ヨシ。と、なにもヨシではないがそうひとつ気合いを入れると、鯖缶を開けて水切る。
玉ねぎはスライサーで薄くスライスして水で晒す。その間にボウルに鯖缶を入れてほぐし、干しブドウを枝から外して放り込み、酒を冷蔵庫から出してグラスを用意。
水にさらしたタマネギの水を切って、ボウルに放り込んで酢と、オリーブオイル、それから塩コショウで味付け。マゼルが作った時は緑の何かが入っていた気がするが今回はなし。そんな洒落たものはあいつが持ち込むとき以外はないからな。
「ツェアフェルトくん?」
「お待たせしました。飲みましょう」
「……そうだな」
前後をぶっ飛ばしてトレイに酒とつまみを持ってきた俺に、ヴァインツィアール教授も何も言わずに頷いた。いつもきっちりしている彼には珍しく、ネクタイを緩めて第二ボタンまで開けている。いや、割とよく見る姿だな。と、どうでもいいことを思いながら酒を注いだグラスと取り皿と箸を差し出す。
「これを君が?」
「親友が居酒屋でバイトしておりまして、よく作ってくれるんです」
そのまねで、材料もいろいろ足りてませんが。と、言えば、十分だ。と、ほのかに笑う。
「さて、献杯、かな」
「はい、献杯ですね」
魚なので精進落としと言うわけにはいかんが、気持ちだけは少しだけ悼み。グイッと飲み干す。少しだけ胸に残っていた苦みを飲み込む。明日から俺たちはまた日常を過ごすのだ。
あとこの時作った鯖缶のなんちゃってマリネを教授が気に入ってしまい、何かと作ることになるのだが、それはまた別の話だ。
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