the non-vanilla day(いつもと違う日)

新野と南(メルトカフィその後)

「……お前はなんかしたいことってないの?」
拗ねた口ぶりで春翔が唐突に訊いてきたので、さて脱がすかと手をかけた春翔のシャツの裾を思わず戻した。そのままあぐあぐと俺の裸の肩を甘噛みしているのはかわいいにしても、そういう雰囲気のときのものにしては噛む力が強いような。ちょっとだけ痛い。
今日の春翔は入れられたい気分みたいだなと思ってたけど、そうでもなかったのかもしれない。なんだか不服そうだ。
「したいこと? うーん……旅行?」
就活が終わったらどこかに行こうと言葉を続けると、そうじゃないとしょっぱい顔で首を振られてしまった。何か違ったらしい。
こういうことはたまに起こって、そのたびにあのテレパシーはちょっと便利だったなと思わないこともなかった。
「えー……じゃあ、何?」
尋ね返してみたら、噛むのすらやめて黙り込んでしまった。そのあとうーうー言いながら、俺の肩口に額を擦りつけるので、抱きしめて頭を撫でてやる。春翔は撫でられるのが好きらしく、こうしているといつも力が抜けてくるのがかわいい。
シャツ越しでも春翔の体は温かくて、裸の背中だけがうっすら寒く感じる。
「なんかいつも……俺がやりたいようにしてるから、」
少し間が空いてからぼそぼそと回答がある。
たしかに最近はこういうことをするにしたって、どっちをやるかは春翔の気分によるし、どうするかも春翔次第なことは多い。春翔が俺の隙を狙って何か仕掛けてくることがよくあって、それに俺がいつも馬鹿みたいにどきどきしてしまうせいだ。そうやって俺が自分のペースを乱されているところこそを楽しまれているとはわかっていても、相手が春翔じゃ、とても平常通りにはいかない。
でも。
「――お前がなんか我慢してるんじゃないかって」
「いや、全然?」
ほとんど間髪置かずに返す。まあ、そう続きそうだなとは、枕の言葉で思っていた。
春翔はどうも、思ったよりネガティブなところがある。もしかしたらそういうのが人見知りする一因なのかもしれないと、こういう関係になってから気付いた。
それに俺は付き合う前は出歩いていることが多くて、捕まえにくいとまで思わせてしまっていたから、たぶんまだあんまり、俺のほうに信用がないんだろう。俺は春翔からすごく好かれてるのを実感してるだけだけど、春翔は俺を付き合わせてるんじゃないかって怖くなったのかもしれない。
でも、俺だって自分がないわけじゃない。やりたいようにさせるのもそれが春翔だからだ。俺にやりたい放題をして、興奮して目を輝かせている春翔がかわいいからだ。不意打ちに翻弄されるのだって楽しんでるし、俺がほんとうに嫌がるようなことを春翔はしない。こういうときの役割決めにしたって、気持ちいいからどっちにも満足しているだけだ。どうしてもというときはちゃんと言っているし。
そもそも、好きなやつにかわいいわがままを言われて、嬉しくないやつはいないのに。
「ほんとかあ?」
「ほんとほんと」
顔を上げながらの猜疑の声すら愛しくなってしまって、キスを額に落とす。ごまかしてないかとまだ疑う視線ににっこりと笑って、ぎゅうぎゅうと抱き締めて囁いた。
「……そんなに疑うなら、試しに今日は俺に任せてくれる? やりたいことやるから」
するりと背中側からシャツの裾をめくると、息を飲んだ気配がした。何の途中だったか思い出してくれたらしい。流れに関係のある話ではあったけど、それこそ俺が我慢をしているといえば、今のこの状況だ。待ては得意だけど、おあずけは勘弁してほしい。
「続き、いい?」
頷いたのを確認して、今度こそ春翔のシャツを脱がした。




***

(おまけ)

「なんか……いつもとそんな変わんなかった」
「だから、はるととは俺、いつもしたいことしてるんだって」
「えー。だってお前むっつりなのに……」
「……まあ、そこは否定しないけど」

「……でもさ、むしろそんだけ気にするってことは」

「はるとが、俺の好きにされたいってこと?」

春翔があからさまに「しまった」という顔をしたから、思わず声をあげて笑った。

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・ふだんのごはんもおいしいのに、たまにすごいご馳走が出てくるな…たまんないな…と思っている犬
・フットインザドアが得意
・期待されてるなら応えないとな、という姿勢で押し流してネガをうやむやにする
・たぶん南くんのガス抜きみたいなもの(南くんもそのうち慣れるんだろうな)
・バニラは英語の俗語で「ふつう」って意味がある
・新野はほんとうにいつもやりたいことをしてる(南くんを甘やかすのが楽しい)
・でもそれはそれとして実際に「新野の好きに」したら南くんにスリップダメージがすごい(ねちっこいから)

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