恋文


ラブレターって貰ったことありますか。

譲介からの藪から棒の質問に、TETSUは眉を上げた。
さんざん搾り取られたセックスの後に話すようなことか、とは思うが、相手が何を思ってそんな話題を選んだかは、こちらが手札を出さないことにはその理由を伺い知ることは出来ない。
……ラブレターねえ。
疾うに葬り去ったと思っていた忌まわしい記憶が、頭の隅から這い出して来て、TETSUは顔を顰めた。
言い淀むこちらの様子をどう思ったのか、うつ伏せになって肘を付いたままこちらの様子を伺っていた譲介は、ファンレターは除外してください、と一丁前に条件を付けて来た。
出すものを出したんだ、とっとと寝ちまえ、と小突いたところで、物事はそう簡単にはいかないものだ。
こうなったときの譲介の話がどれだけ長くなるのかは、良く知っている。
たまには付き合ってやるか、という気持ちで、よっこらせ、と仰向けの体勢を変え、譲介の方に向き直る。こちらも同じ姿勢で目線を合わせても良かったが、そうすると後になって腰が痛むのだ。
そういうおめえはどうなんだ、と尋ねると、そういうのは、携帯電話のメールとかラインで来ちゃうので、そもそも僕から連絡手段を相手に渡さないことには進展しないんです、と譲介は言った。
「ラブレターって、良く知らない相手からも貰うんですよね。ファンレターみたいに。」
まあ、そりゃそうだ。一目惚れの相手なんかは、ほとんど見知らぬ他人だ。
「捨てられるかもしれないものを、どうして渡そうと思えるのかな。」
譲介が心底不思議そうな声で呟く横顔を眺めて、TETSUは苦笑した。
……なるほどなァ。
恋文なんてもんは、今の若い奴らにとっちゃ化石も同然ってことか。
新人類とは良く言ったもんだ。
自分が上の世代にそう言われてる頃には、こいつら何を言ってんだ、と鼻で笑っていたが、手前の頭ン中の考えが相手にとっては常識と程遠いということにこうやって気付かされれば、そんな風にも言いたくなる道理だ。
はてさて、この場をどう言い抜けるか。
そんなものには縁のない人生だったと素直に白状するには、プライドが邪魔をする。
かといって、嘘を吐いてまで誤魔化したいわけでもなかった。
貰ったことがないわけでもねぇ、と誤魔化しの利く言い回しを、思いついたままにTETSUが口にすると、譲介は「それって、どんな内容でした、」と食いついて来た。
覚えてねえな、とTETSUは嘯く。
小中高と、ずっと「真田くん、これお兄さんに渡して。」と言われて来た学生時代。
何十通もの恋文を手にしたことはあったが、その中身を見たことは一度もない。
だから、その中に綴られていたのが、恋情なのか、あの兄の視界に入っていない少女たちの自己憐憫が綴られていたのかも分からなかった。ただ、手渡された時の、相手の緊張した顔つきだけは良く覚えている。
「そもそも、そんなことを聞いてどうするってんだ。」
この話を続ければ、どこかでボロが出るだろうと思って反駁すると、相手が「僕から貰ったら嬉しいかなと思って。」などと言うので、TETSUは笑ってしまった。
嬉しいには嬉しいだろうが、こういうのは突然貰うのが一種の醍醐味なのだ。
「ったく、色男は背負ってんなア。」
そういうバラエティーの企画でも出たのか、と聞いてみると、目下の恋人であるところの年下の男は、しれっとした顔で「僕が書きたいからです、あなたに。」と、からかう風でもなく、TETSUの顔を見た。
「馬ァ鹿。ラブレターなんてのは、相手が気持ちに気付いてねえ間に書くもんだ。」
セックスまでしといて、今更そんなとこまで戻ってどうする、とは思ったが、ついさっきまで、愛してるだのなんだのとこちらをかきくどいていた相手は、それなりに真剣な様子で「僕が初めて書いたラブレター、チャリティーの企画に取られちゃいましたもん。」と拗ねた顔をしている。
あっけにとられたTETSUは、素気無い封筒に入っていた例の一筆箋の文面を思い出して、つい笑ってしまった。
あれがラブレターなんて可愛いもんかよ。
死にたがりの男をこの世に引き留めるほどに重い手紙は、一種の誓約だ。
ただ恋心を綴っただけのものがラブレターだというなら、TETSUがこれまでの人生の中で貰った中では、譲介がいつかの旅行の後で送って来た葉書が、一番それに近い。

またふたりで海を見に行きましょう。

旅先の消印が付いた譲介からの絵葉書の裏に掛かれた短い言葉を見た時、「ふたりで」は余計だろう、と思ったが、同時に、こういうところが女にモテてんだろうな、と感心してしまった。
譲介にとって、TETSUと一緒に旅行に行くことにこそ意味があるなどとは、思いもしなかった頃の話だ。
「そもそも、もう一緒に暮らしてるってのに、ラブレターなんて必要か?」
互いに、好きだの、愛してるだのと言うのに、かしこまって手紙を交わす必要はない。
寝るぞ、とTETSUは首裏に当てていた手を枕元に伸ばし、電気を消した。
暗がりの中、「その話はもう明日にしておけ。」と恋人に身を寄せ、その暖かさを知る唇に、そっと唇を寄せた。

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