きらあこ in summer

夏のきらあこ掌編。きらあこにソフトクリーム食べてほしかったので書いた。
2018年に出したきらあこ本をBOOTH頒布した時におまけでつけたssペーパーの内容でもあります。


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「はい!あこちゃん!」
 そう言ってきららが手渡したのは、入道雲のようなもくもくと真っ白に渦を巻いたソフトクリームだった。
 ぐいっと手元に押し付けられて、あこは思わず受け取ってしまう。きららも同じものを手に持っているけれど、その先っぽは既にふにゃりと形が崩れていて、先に少し食べてしまったのだろうとすぐに分かった。
「これね、と~ってもおいしいんだよ!食べてみて!」
 きらきらした笑顔は夏の日差しのように眩しい。
 言われるがままにひとくち口に含むと、濃厚なバニラの風味がいっぱいに広がって、すぐに舌の上でスッと消えていった。
 うだるような暑さの中、カラカラに乾いていた喉が潤いを取り戻していく。生き返るような心地がした。
「確かに、おいしいですわね。こういう日は余計に——」
 そこまで言って、あこはハッとした。そうだ、今はこんなことをしている場合ではない。今やるべきことは。
「ちょっときらら、連絡手段を探してくるというのはどうしたんですの⁉」
「……あーっ!」
「あーっ!じゃありませんわよ!大方、ソフトクリームを見かけて目的を忘れていたんでしょう?わたくし達、早くロケ地まで戻らないといけませんのに!」
 あこは一気に捲し立てると、「まったく」と溜息をついた。
 昨日からきららとあこは夏の旅番組の撮影でこちらに来ている。
 今日は午前中、山間にあるひまわり畑を紹介する予定だった。
 しかし二人とも目覚ましアラームの2時間も前に目が覚めて、「朝のお散歩しよっ♪」ときららに手を引かれて、ホテル周辺の散策に出た。潮騒を感じながら砂浜を歩くというのは存外楽しくて、あこも「早起きは三文の徳とはこのことですわね」などと思ったものだった。
 そこまではよかった。
 しかし気付けば随分遠くまできてしまって、時間だってそんなに余裕がなくなってきた。そこへちょうどホテルの方向へ行きそうなバスが通りかかったので、それに飛び乗ったのだが、バスは途中で別の道に反れ、ホテルとは全然違うところに来てしまったのだった。
 アイカツフォンは圏外。
 時間は既に撮影の開始時刻を過ぎている。近くにぽつぽつと商店があったので、きららが「もしどこかにお店の人がいたら、電話とか借りられないか聞いてくる!」と飛び出して行った。
 ——というのがほんの数分前のことなのだった。
「本当にどうしますのよ。ここがどこかも分かりませんのに……」
 あこの瞳が不安に揺れる。
 きららも流石に反省したのか、眉毛を八の字にして押し黙ってしまった。
 ジジジジ……という蝉の声が二人を包む。閑散とした朝の田舎道を、軽トラックが一台通り過ぎていく。向こうの方でおばあさんが柄杓で水を撒いていたけれど、暑さに舌を巻いてすぐに家の中に引っ込んでしまった。
「あこちゃん!」
「な、なんですの⁉」
 急にきららが呼んだので、あこは思わず肩をびくつかせた。
「アイス、とけちゃう」
 先程からそんなに時間も経っていないというのに、手元のソフトクリームは既に表面がどろりととろけていた。そして、ほとんど液体のようになって、あこの指先にこぼれ落ちていく。
 それを、きららの舌先が追った。ぺろりと指を舐められてしまって、あこは思わず声を上げる。
「にゃっ⁉にゃにをしますの‼」
「えへへ、あこちゃん、とってもあまいよ」
 まるで溶けたソフトクリームみたいにへにゃりと笑うきららは、優しくあこを見つめている。
 顔が熱いのは、きっと暑さのせいだけじゃない。
「あっ、あなたの方もだいぶとけてるじゃありませんの!さっさと食べなさいな」
「うん、そうだね、一緒に食べようっ♪」
 灼けるような日差し。蝉の声。こめかみを流れ落ちていく汗。どこか遠くの軒先から風鈴の音が聞こえてくる。
 口の中は冷たくてあまくて。それから、隣にはあなた。
 ロケ地のひまわり畑がどうだとか、早く戻らないととか、考えなければいけないのはもちろん分かっているけれど、この夏の、このひとときをもう少し味わっていたい。
 二人で一緒に過ごせるこの瞬間を。

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