よだつかワンライ:ひまわり畑

※すこしふしぎ

 夜鷹はひまわり畑に立っていた。
 辺り一面にはひまわりが咲いている。頬を撫でる生温い風が背の高いそれらを揺らした。
 それよりもあの子は。
 夜鷹は辺りを見渡した。ひまわりしか見えない。自分よりも優に三十センチも背の高いひまわりがあたりを囲っているせいだろうか。それでもあの子を見つけなくちゃいけない。夜鷹の頭にはあの子が貸してくれた麦わら帽が乗っていた。熱中症になるといけませんから、と渡されたそれ。半ば無理矢理被らされたそれは被ったら被ったであまりに似合わない、と笑われた。飛んでいくといけないからとご丁寧にあご紐までつけられている。被らされた夜鷹はよっぽどあの子の方が似合っていたと思った。それでも太陽の下で見る金髪はきらきらと輝いていて、それに目を奪われてしまったのがいけなかった。すっかり帽子を返しそびれてしまったのだ。
 そうだ、あの子は帽子も被らずにどこかへ行ってしまった。こんなひまわり畑でどうはぐれるというのかーー勝手に歩いてきてしまった自分が悪かったのかもしれない。しかしそんな自分に着いてこない方が悪いだろうと勝手に決めつけ、夜鷹は司を探すために動き始めた。
 最初は右往左往歩いているだけの夜鷹だったけれど、次第に足を速めてひまわり畑の中を半分駆けるようにして移動する。だっていくら動いても先が見えない。ひまわり畑というよりひまわりの森と言った方が正しいんじゃないかと思えるくらいの広さ。
 そんな中であの子は迷っているらしいーー決して自分が迷っているとは思わなかった。だって夜鷹はすぐに目的地に到着出来る自信があった。行く場所がそこと決まっていれば夜鷹は迷うこと無く行くことが出来た。普段だって目的地が決まっていればタクシーを手配すれば済む話だ。それだけであっさりと目的地に辿り着くことが出来る。
 それでもここは畑だった。呼び止めるタクシーは通りかからないし、目的地もきっと動き回っていることだろう。あの子のことだから走り回って自分の名を呼んでいるかもしれない。
 それはそれで悪くない。夜鷹は少しだけ気分が落ち着いた。最悪から少しだけマシになったくらいだけれど。

 ひまわり畑にはどこまで行ってもひまわりが咲いていた。ひまわりは夜鷹の背丈よりも大きいものの、ひょろ長く、夜鷹を覆うような影にはなってくれなかった。さんさんと降り注ぐ日光が夜鷹の身体を焼いていく。人を蒸発させてしまいそうな熱。それらに負けないよう虚勢を張って畑の上に立っている。一歩歩くごとにむせかえるような土の匂いがする。夜鷹が普段嗅ぎ慣れない匂いだった。それは原始的な匂いでもあった。
 そんな中で歩き回っているあの子が心配だ。とにかく会わなければ。夜鷹は頭上を見上げた。そこには恐ろしいほどの熱を放っている太陽とパッと明るく咲くひまわりの花が見える。大輪のひまわりたちは、頭上の太陽に向かってその明るい花を見せていた。
 こんな日が出ているうちに歩き回ったのは何時ぶりだろう。額から垂れてくる汗を適当に拭いながら夜鷹はひたすら歩く。時折吹く生温い風がまた夜鷹の不快感を刺激した。真夏の風はただの熱風だ。涼しさなんてちっとも運んでこない。まだいつもの黒シャツを着てこなかっただけマシだろうが、白シャツに反射した光は容赦なく夜鷹の目を刺した。せめてサングラスでも持ってくるべきだった。しかし今の夜鷹にあるのは麦わら帽だけだ。それも直射日光は避けてくれているものの、頭に熱が籠もって不快であることには変わりなかった。
 とにかくそんな思いをしながら夜鷹はひまわり畑の中を歩き回っていた。ただひたすらあの子を探して。
 どこをどれだけ歩いただろうかーー恐らく畑の隅の方、少しだけ開けた空間にその子はいた。みっしりと植えられていたひまわりがそこだけはほとんど植えられていなかった。
 そこにあの子は倒れていた。
 夜鷹は思わず駆け寄った。
「司!」
 あの子は、明浦路司は、土の上で倒れていた。目を閉じて、一見眠っているように身体を縮こめている。脱水症状だろうか。熱射病にでもなってしまったのかもしれない。とにかく身体を起こしてやってーーそう思いながら司の身体に目をやった。
 ひまわりが生えている。
 司の胸辺りから一輪のひまわりが生えている。よくよく見れば全身には根のようなものが這っている。それが司を覆っている。
 抜かなければ、と思う。だっておかしい。ひまわりが人の上に咲くはずがない。それよりも早く立たせてこんなところから出ていかなければいけない。そもそも司の今の体調や状態だって分かっていない。こんな所に倒れていて良いわけがないだろう。
 しかしひまわりが咲いている。
 夜鷹は立ってそれと対峙した。司の上から生えているひまわりは丁度夜鷹と同じ高さで、真っ直ぐに夜鷹の方を向いていた。
 いつの間にか日が傾いていて、辺りが朱色に染まっている。その中で一輪のひまわりが咲いている。ひまわりは花びらよりも中心部の茶色の部分の方が大きく、それに見つめられているような気がした。夜鷹の一挙一動が見られている。
 おかしい。抜かなければ。分かっている。分かっているのに夜鷹は動けなかった。ひまわりと目があっていたせいかもしれない。近くで見るひまわりが思いの外綺麗だったからかもしれない。それを自分の手で抜いてしまうのは惜しいような気もした。
 ひまわりは真っ直ぐ夜鷹を見つめている。
 しかし夜鷹はどうにかそれに手を伸ばす。抜くのは惜しかった。ならばせめて持って帰ってしまおう。このひまわりを抜いて、自分のものにして、それから司を起こそう。
 あと数センチで茎に触れるところだった。
 ひまわりは急激に枯れてしまった。美しく咲いていたひまわりはみるみるうちに枯れ、夜鷹を見ていた花は萎れ下を向いてしまった。あっという間に色を失ったそれは、先ほどまで咲き誇っていたそれと上手く結びつかなかった。同時に深い後悔が夜鷹を襲った。あの綺麗なうちに、自分を見ている内に摘んでしまえばよかった。躊躇ったから、こうなってしまったのだ。見るに堪えないような姿。枯れてしまったひまわりはもう花ではなく、別のものになってしまった。夜鷹はゆっくりと手を下ろした。
 その頃にはもう日はほとんど沈んで、空はすっかり見慣れた夜空に成り代わっていた。
 だからその枯れたひまわりが落とした種のことを夜鷹は全く見ていなかった。

       *

 ふ、と目を開ける暗闇が目に入った。しばし目を瞬かせて暗闇に慣れさせる。眠りから覚めてしまったらしい。
 何だか変なものを見たような気がするーーけれどそれ以上夜鷹は夢のことは考えなかった。夢は夢であるし、夢のことを覚えていたってしょうがないのだから。夜鷹は誰かに夢の話をしたことがない。夢は寝ている間に情報が整理される過程で見てしまうものであって、別に面白くもないことだ。そこには脈絡も意味もない。
 夜鷹は隣の気配を探るように右手を動かした。しかし思っていたものがない。少し身体を動かしてベッドの端に寄ると、ようやくそれはあった。司がベッドの隅の方で丸まって眠っている。司は遠慮なのか癖なのか、夜鷹のベッドで寝るといつも端の方で丸まって寝ていた。大きな身体を胎児のようにきゅっと丸めているのを見ると、何とも言えない気持になる。 
 だから夜鷹は司の身体をずるずると引きずって真ん中まで運んでやった。その間、司は全く身じろぎもせず大人しいものだった。それでも僅かに呼吸する音が聞こえる。それもまた体格に似合わないような、ごく僅かなものだった。
 司を自分の隣に寝かせ、そのまま腕の中に抱き寄せてやる。寝ている間も熱い身体がじわりと夜鷹に熱を移す。それも構わず夜鷹は司を抱き締めた。腕を絡め足を絡める。
 それはひまわりの根とよく似ている。

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